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目で聴き、手で見る-福岡市美術館のバリアフリーギャラリーツアーを今年も開催しました

 8月26日(土)から9月3日(日)の間の3日間で、福岡市美術館では今年もバリアフリーギャラリーツアーを開催しました。これは、美術館にやってくる様々な背景をもった方たちそれぞれが、安心して学び、楽しく過ごせる場となるよう、アクセシビリティの向上を目指して2020年よりスタートしたものです。具体的には聴覚に障がいがある方のための「目で聴くツアー」、車いす利用者のための「ゆったり車いす鑑賞ツアー」、視覚に障がいのある方対象の「おしゃべりとてざわりのツアー」、など、3つのツアーを毎年9月頃に開催しており、今年で4回目となります。

 いずれも基本は当館のコレクション展で平時に行っている、参加者全員で作品を囲み対話しながら鑑賞するツアーを基本にしていますが、手話通訳の方に入っていただいたり、視覚に障がいのある方向けのツアーでは作品に触れていただく機会を設けたりと、ツアーに合わせて少し工夫をしながら開催しています。
 当日始まってみるまではどのような方が参加され、どのような反応や言葉が出ることとなるのか、予想のつかないまま準備をして当日を迎えたのですが、ツアーが始まると、ハッとするような鋭い観察をされる方や新鮮な言葉を発する方がいて、主催側のひとりとしてツアーに参加しながらもとても充実した鑑賞体験となりました。

 例えば「聴覚障がい者のための目で聴くツアー」では、古美術企画展示室に展示中の着物《単衣 御所解文様(水辺春景)》を見てもらうとすぐに、着物の前身頃と後側全体に刺繍で表された文様が、糸の色や縫い方、モチーフの大きさで裾から上半身部分へ向けて、遠景と近景に縫い分けられていることに気がつく方が。言われて観察してみると、裾から下部分にはこげ茶の濃色の糸で刺繍された岩や、松の木の文様が大きく目立つのに対して、肩のあたり、上方には波文や笹の葉が金糸や淡色の糸で細やかに刺繍されていて、一枚の着物の中に自然と景色の広がりを感じるような表現がされています。6月に展示が始まってから何度も立ち止まって見ていたはずの着物でしたが、参加者の指摘でその刺繍の技の素晴らしさが急に実感され、違ったものに見えてくる時間でした。

 

《単衣 御所解文様(水辺春景)》 江戸時代19世紀、福岡市美術館蔵

刺繡と染で文様が表された着物を鑑賞。参加者の言葉を通訳の方が細やかに手話で伝えます。(8月26日開催、「聴覚障がい者のための目で聴くツアー」)

 通常のギャラリーツアーでもそうなのですが、言葉にして他の参加者が伝えてくれることで、自分でわかっているつもりになっていても通り過ぎている様々な事柄が意識され、それによって一層よく作品が見えてくるということがあります。バリアフリーギャラリーツアーでも、そうしたベースの部分は変わらず、他の人と一緒に作品を見る醍醐味であると言えます。

 翌週、9月2日(土)には車いす利用者の方むけの「ゆったり車いす鑑賞ツアー」と、普段車いすを利用していない方への「車いすで美術館ツアー」を開催しました。「ゆったり車いす鑑賞ツアー」では、約90分ほどをかけて、じっくり作品を見たり、それぞれの部屋の展示テーマについて紹介したりしながら美術館の常設展示スペース全体を周りました。ツアー後に感想をお聞きしてみると、車いすを利用している方やそのご家族は、興味をもった時に自分たちで個別に美術館に行くことはこれまでもしてきたけれど、他の参加者と一緒に作品を見たり、美術館プログラムに参加するということ自体はあまり無く、今回は車いすツアーと謳ってあることで安心して参加でき、楽しめたということを仰ってくれました。今後も興味をもったテーマや展示で機会があれば参加したいということも仰っていただき、色々な方にこれからも気軽に美術館の催しに参加してもらうには、こちらの受け入れ準備や、工夫も重ねていかねばという思いも強くなる言葉でした。こうした直接の声を聞けるのも、美術館の人間にとって貴重な機会となりました。

 そして車いすのツアーでは回を分けて、普段車いすを利用していない人向けのツアーも行いました。これは過去にも開催してきたもので、展示室での鑑賞へ向かう前にはじめに車いすの基本的な乗り方や操作を練習してからスタートするのですが、実際に操作してみると自力で車いすの車輪を回しながら、わずかな段差など足元に気をつけ、人とぶつからないよう建物の中を動くだけでもかなりの体力を使います。2階の近現代美術の展示室を巡り半分を過ぎた頃には、「明日は腕が筋肉痛になる!」という声が上がりはじめ、1時間後、スタート地点に戻るころには皆さんかなりお疲れの様子でした。参加者からは作品を見ること以上に、常に色々なことへ意識を向けなければならず、作品鑑賞だけに集中できないのがよくわかりました、という感想があがり、実際に車いすに乗り、目線を変えてみることで気がつくことが多くある体験になったかと思います。

車いすのツアーは、車いす利用者に向けてだけではなく、普段車いすを使っていない方を対象にしたツアーも開催しました。(9月2日開催、「ゆったり車いす鑑賞ツアー」と「車いすを利用しない方の車いすで美術館ツアー」)

 9月3日に行った「おしゃべりとてざわりのツアー」では、これまでもこのツアーをお願いしている“ギャラリーコンパ”メンバーの石田陽介さん、濱田庄司さん、松尾さちさんに今年も講師としてご参加いただきました。ギャラリーコンパは、視覚に障害のある人とない人が一緒に作品鑑賞をする活動を長く続けている3人のユニット名であり、福岡市美術館でも何度かプログラムをお願いしています。

9月3日開催、「おしゃべりとてざわりのツアー」の様子。

おしゃべりとてざわりのツアーでは、作品鑑賞をスタートする前にまずはコンパの皆さんがデモンストレーションを行い、皆で一緒に見る時のことを確認しました。身体をスケールにして作品の大きさを伝えたり、作品の色づかいを季節に例えてみたりと、なるほど!というコツ(のようなもの)を教えてもらってから、グループに分かれてツアーをスタート。作品選びはグループごとに参加者がその場で決めようということで、それぞれ鑑賞する作品は異なりましたが、始まってみると両手を広げて作品を測ったり、距離を変え、例える言葉を工夫して作品の内容を伝えようと試みるなど、皆さんが協力し合って楽しく鑑賞しているのが印象的でした。

「おしゃべりとてざわりのツアー」では、手を洗って指先の油を取り、鑑賞前に状態を確認するなど準備した後に、実際に手でさわって作品を鑑賞しました(写真:山内重太郎のブロンズ彫刻、《原型》)。

 「福岡市美術館を含め、同じ場所で何度も鑑賞会をすることもあるけれど、何を食べるかより、誰と食べるかで食事の満足度が変わるのと一緒で、作品鑑賞も一期一会、いつも新鮮なのは、何を見るかよりは『誰と見るか』なんです」、とプログラムが終わる頃に講師の石田さんが仰っていたとおり、初対面の参加者同士も互いに気楽に会話を交わしながら、「コンパ」のようにワイワイと過ごせる、優しく明るい時間を共有するツアーとなりました。

 3日間のいずれのプログラムにも共通しますが、このバリアフリーギャラリーツアーは、参加者が自分の感覚を広げ、働かせてキャッチしたものを、それぞれの手段で伝えようとすることで、色々な発信や交流が生まれる場となっていたように感じます。それは、自分だけでなく他者のことを気にすること、少しだけ他の人の存在や感覚をイメージしたり想像してみることを参加者が自然に行っていたからかもしれません。当館では今後もこれまで参加してくれた方の声を受け、工夫を重ねながら、こうしたギャラリーツアーを継続していきたいと思っています。

(教育普及係長 髙田瑠美)

 

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