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福岡市美術館ブログ

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コレクション展 近現代美術

美術館でであう新たな体験と知覚

現在、福岡市美術館では「新収蔵品展」を開催中。2021年度に収蔵した作品の一部を展示しています(2022年5月29日まで)。
本ブログでは、新収蔵作品(近現代美術)のなかから2作家の作品を紹介します。この2作家は筆者が過去に企画した展覧会の出品作家であり、当時新作として発表された作品を今回収蔵しました。

一人目は川辺ナホさん。ドイツのハンブルグと福岡を拠点に活動するアーティストです。新収蔵品展では、壁面とケースの中に作品を展示しています。どちらも、当館の特別展として、2014年の1月5日から2月23日に開催した若手作家のグループ展「想像しなおし」に出品されていたものです。

川辺さんは一つのジャンルに留まることなく、映像、平面、インスタレーション、立体、と多岐にわたる作品を発表してきました。しかしながらそれらの作品には、国境をはじめとするさまざまな「境界線」についての考察や、一見繊細な素材を組み合わせ意味を「変換」させていく手続きが共通しています。


まず1つめの展示作品を見てみましょう。額縁が6枚、バラバラに傾いて展示壁面に設置されています。美術館の展示室では通常、作品を展示する際、水平を取って、目線が額縁の中央に来るように展示します。けれど本作品は額縁の内側のイメージを上下に分けている線が揃うように展示されます。6枚で1作品の本作は、《水平線は傾かない》。タイトルのとおり水平線は傾かず、代わりに額縁が傾いているというわけです。


作品に近づいてみましょう。ガラス面の黒い部分には、水辺の白鳥や木々や花々が表されています。これは実はレースのカーテンの上から木炭を砕いた粉を振りかけて模様をうつし取ったもの。「水平線」というタイトルから、黒いイメージ部分と余白の境を水面と捉えると、水の上にぷかぷかと額縁が浮かんでいるようにも見えてきます。ちょっと離れたところから見てみると、目の前の風景を額縁の部分のみが切り取っているようにも思えてきます。


展示ケースのなかには川辺さんの別の作品が並んでいます。照明を受けキラキラと光るものが6つ。それぞれなんらかの書籍の1ページであることはすぐわかるでしょう。光っているのは銀色の細い帯で、紙に印刷されているはずの言葉を覆っています。文字を隠すという行為は黒塗りや検閲を想起させますが、ページ番号以外がすべて隠されているのでどこの言語なのかも、なにが書かれているのかも、私たちには知る術がありません。タイトルも《One Leaf》、すなわち「一葉(一枚)」という意味なので、隠されたテキストについては何も教えてはくれません。ちなみに「想像しなおし」展では、たくさんのこの紙片が壁面に無造作に掛けられ、全体で《削除》というタイトルがついていました。


手に取っていただけないのが残念なのですが、実は本作は一枚一枚にずっしりとした重みがあります。なぜなら文字を隠す銀色が金属(錫)製だから(裏面も言葉は全て覆い隠されています)。もろく儚いはずの紙片の思いがけない重量や存在感は、文字を隠すという行為そのもの、そして隠された文字の重みとも重なります。
「想像しなおし」展で新作として発表された《水平線は傾かない》と《One Leaf》は、2010年代前半の日本で起きていた出来事や日本に生活する私たちが置かれていた状況をきっかけに発想されました。ここには書きませんが、具体的に何の出来事か、当時何が話題になっていたのか、振り返って考えてみるのもいいかもしれません。2010年代前半の出来事が普遍的な問題へとつながり、視覚的なおもしろさを持つ作品へと結実しています。

さて、もう一人のアーティストの作品は新収蔵品展のメイン会場である近現代美術室Aにはありません。「コレクションハイライト」が開催中の近現代美術室Cへと移動しましょう。
会場のちょうど真ん中あたりで普段閉まっている扉が開放されていることに気づくでしょう。なかを覗くと、いくつもの光が天体のごとく動き漂っています。その光は倉庫の壁や床面をめぐり、時には開口部から展示室に漏れ出ることもあります。

 

 

本作は、音楽、美術、舞台芸術の分野を横断しながら活動するアーティスト、梅田哲也さんによる《壁のおわり》というサイトスペシフィックな(特定の場所に帰属する)インスタレーション。2019年11月2日から2020年1月13日まで当館で開催した企画展「梅田哲也 うたの起源」において初発表されたものです。同展で梅田さんは、展示室だけでなくロビーや、コレクション展の出口に新たに設けられた白い壁等に、作品を設置していきました。1階の階段吹き抜けには拡声器がぶら下がり、ゆっくりと回転しながら光と音声を発し、展示室ではさまざまな日用品や廃材が動き、音、光とともに何かの演目を繰り広げているようでもありました。展示壁を押して動かすこともでき、入った先に何もない(ように思える)空間が広がっていたりしたのを覚えている方もいることでしょう。
《壁のおわり》の壁とは、展示壁のことでしょうか。それとも倉庫の壁のことでしょうか。どちらにしても、本作公開時にはそれらはつながり、(白い壁の)展示室という区切りも意味をなさなくなります。美術館の空間や機能を問い直す作品でもあるのです。
「うたの起源」展終了後に一旦撤去されたこのインスタレーションは、このたび梅田さんの手で再設置されました。この作品は今後この場所に設置されたままになるのですが、みなさまにご覧いただけるのはこの扉が開いているとき―「新収蔵品展」後は「コレクションハイライト」に出品されるとき―だけとなります。

新収蔵品展では、ほかにも2021年に開催した「ソシエテ・イルフは前進する」展に出品された《イルフ逃亡》をはじめとする前衛写真、様々な作品をご紹介しています。どんな作品が当館の収蔵品に仲間入りしたのか、ぜひ見にいらしてください!

(学芸員 近現代美術担当 正路佐知子)

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