2020年9月30日 15:09
2020年8月29日、30日、そして9月26日の3日間、福岡市美術館は新たなチャレンジとして「バリアフリーギャラリーツアー」を実施しました。本当なら、パラリンピックに合わせて開催する予定だったこの企画。パラリンピックは、新型コロナウイルス感染症のために、来年に延期になってしまいましたが、でも、こんな時だからこそさまざまな人に美術を味わってほしいと実施に踏み切りました。今回のブログでは、その様子をお伝えします。
2020年8月29日(土)視覚障がい者のためのおしゃべりとてざわりのツアー
「新たな挑戦」と書きましたが、実は、視覚障がい者と晴眼者と一緒に作品鑑賞をするというツアー自体は、15年ほど前に当館で開催されています。ただ、その時は主催ではなく、当館は少しお手伝いをしただけでした。今回、この「おしゃべりとてざわりのツアー」の講師にお迎えしたのは、その15年前にツアーを行った石田陽介さん、濱田庄司さん、松尾さちさんです。3人の講師の皆さんは、現在も、「ギャラリーコンパ」という視覚に障害のある人とない人が一緒に作品鑑賞をする活動を各地でされていて、ずっと「福岡市美術館でまたツアーができればいいね」とおっしゃってくださっていました。満を持しての「おしゃべりとてざわりのツアー」です。
さて、13:30から受付を始め、いよいよ14:00の開始の時間になりました。なんとなく、私たちスタッフも緊張気味。この日は、視覚障がい者の方5人、晴眼者の方は介助者の方も含め5人のご参加でした。まずは全員で2階の近現代美術室Aへ。講師の3人がダリ《ポルト・リガトの聖母》でデモンストレーションを行いました。
それから石田さん、濱田さん、松尾さんの3つのグループにわかれ、各々好きな作品を鑑賞しにいきます。
さらに、その合間に順番に、朝倉文夫《墓守》を触って鑑賞しました。普段、美術館では保存の観点から、作品を触ることはできません。ただ、視覚に障害のある方は、むしろ触って知ることが多いので、ほかの学芸員とも相談し、ブロンズでできた比較的堅牢なこの作品を触って鑑賞することにしました。ただし、作品の傷みの原因になる汗や油がつかないよう、参加者の皆さんには手袋をして触っていただきました。
最後はまた全員で集まって東光院仏教美術室へ行き、仏像を鑑賞。でも、それだけで終わりではありません。実は、事前に下見をしていた濱田さんから「仏像は全く見えない人には情報量が多くて、よくわからないんですよね」という言葉を聞き、ずっと気になっていました。しかし、さすがに古い木製の仏像を触って鑑賞するのは保存上よくありません。そこで、薬師如来坐像の縮小レプリカを作ることにしたのです。展示室へ行った後、その仏像レプリカをアートスタジオに準備し、触って鑑賞してもらいました。
ちなみに、かなり細かく精巧に作っていただいたので、手袋をしていると触ってもわかりにくいということと、レプリカということもあり、ここではコロナ感染防止に手の消毒をしっかりしてもらって素手で触っていただきました。すると「わ~!そうか~!」や「ここはこうなっていたのか・・・」「もっと触れるものがあるといいのに」という参加者の方々からは驚きや納得の声が聴かれたのです。言葉を通して、見える人、見えない人と一緒に鑑賞するのももちろん楽しいですが、作品によっては「触る」ことで、より鑑賞が深まることを実感。これは、視覚障がい者に限ったことではないかもしれません。作品の保全上「触っちゃダメ」が通常の美術館ですが、何か方法はないか、考えていきたい部分です。
2020年8月30日(日)聴覚障がい者のための目で聴くツアー
1日目の視覚障がい者が終わって、少し勝手がわかってきたつもりの2日目。この日は聴覚障がい者の方々向けに、手話通訳さんと一緒に対話型鑑賞をする「目で聴くツアー」を開催しました。参加者は10人でした。
ただ、実は、難聴の方で、手話はあまりわからないという方も参加されており、その方たちには、教育普及のスタッフが1人つき、要約筆記でサポートしました。聴覚障がい者=手話という思い込みは禁物です。
さて、14:00になり、ツアー開始です。まずは東光院仏教美術室で仏像を鑑賞。
いつの時代のものですか?どんな仏様?などなど参加者の手話で繰り出される質問を瞬時に訳して伝えて下さる手話通訳さん!すごい!次はサルバドール・ダリ《ポルト・リガトの聖母》を鑑賞。「この真ん中の子ども、この世に存在できなかった子どもの象徴なんじゃないかしら?」と哲学的な意見も。そしてバスキア《無題》。声は出ていないのに「え~、ナニコレ?」というのが参加者の表情に表れていました。
最後はインカ・ショニバレCBE《桜を放つ女性》を鑑賞しました。この作品が一番皆さん気になったようで、「サクラはきっと平和の象徴ね」「この女性は実は疲れているんじゃない?」などなどたくさんの意見がでました。それにしても、私の質問もちょっとした解説も、的確に手話へと変換して下さる手話通訳さん、やっぱりすごい!
事前に下見をしていただき、作品についての資料もお渡ししていたとはいえ、私自身、手話はわからずとも、その的確さは参加者の顔をみているとわかりました。参加して下さった皆さんからは「またしてほしい」というリクエストに加え、「手話通訳者を常においていてくれたらいいのに」というというご意見もありました。ともかくも、声は発していないはずなのに、にぎやかに過ぎた1時間半でした。
2020年9月26日(土)車いす利用者のためのみんなで車いすツアー
台風10号のお陰で、9月6日(日)から延期となってしまった「みんなで車いすツアー」。9月26日(土)に無事開催することができました。当日は晴天。この日は9人の方が参加してくださったのですが、普段から車いすを利用されている方は4人。他は初めて車いすに乗る、という方がほとんどでした。そこで、ツアー開始の前に、車いすの初心者のために乗り方をレクチャーする時間を設け、その後、2グループに分かれて展示室をまわりました。
実は、鑑賞する作品は、「目で聴くツアー」と同じだったのですが、ツアーというのは参加者によって変わるものです。この回は、じっくり、ゆっくり自分のペースでご覧になる方が多かったように思いました。
また、当事者の方とそうでない方の感想に大きな違いがあったのも、このツアーでした。筆者自身もそうだったのですが、普段車いすを利用しない人は、目線の違いのお陰で作品がいつもと違って見えたり、美術館の設備や展示の配慮されている点、そうでない点にも気づかされたり、とさまざま「気づき」があったようです。一方で、普段車いすを利用されている方には、普段も今回も同じ目線なので、「その違いを言われてもなぁ」というのはあったと思います。筆者にとっては、楽しくも、一番考えることの多かったツアーでした。
さて、やってみて思ったことは「やってみないと分からない」ということです。想像や憶測では測れない、当事者の「生の声」や反応を今回聞くことができました。来年度は、その「生の声」を活かして、そして、もうちょっと回数を増やして・・・などと野望を抱いております。もう一つ、実はいずれの日にも、西日本新聞の「こども記者」が取材で同行していたのですが、子どもたちの自由闊達な発言が、参加した大人に新鮮な発見をもたらしたというのは、ステキな副産物でした。この体験も、もしかしたら今後何かのプログラムにつながるかもしれません。
美術館は誰もが美術が楽しめる、そういう場でありたい。そのために、これからも新しいチャレンジをしていきたいと思います。
(主任学芸主事 教育普及担当 鬼本佳代子)