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“てのひらのほとけ”をたずねて一千里 「東南アジア美術を旅する」展にあわせて

ちょうど17年前の今ごろ、福岡市美術館の学芸員として3年目の私はタイにいて、そろそろカンボジアへ移動しようかというところでした。2006年の1~3月、タイとカンボジアに約2ヶ月滞在していました。初めての東南アジアでした。帰国すると、今度は5月にミャンマーへ2週間。財団法人ポーラ美術振興財団の研究助成をいただき、展覧会開催を前提とした現地調査でした。調査成果は『てのひらのほとけ―インドシナ半島の塼仏』展(会期:2008年1月5日~3月2日、会場:古美術企画展示室)の開催に結実しました。

『てのひらのほとけ―インドシナ半島の塼仏』展
ちらし表・裏、図録

正味ふた月半も職場を離れて何を調査していたかというと、寺院や仏塔に奉納される小型の仏像、すなわち奉献仏(votive tablets)です。多くは粘土を型押しして成形、焼成した小型の仏像、日本では「塼仏(せんぶつ)」と呼ばれるものです。
きっかけは就職間もない頃、東南アジア美術研究家・島津法樹さんの紹介で、コレクターである川村俊雄さんに知遇を得、川村さんが蒐集された東南アジアの塼仏コレクション(川村コレクション)を拝見したことです。タイ、カンボジア、ミャンマー(旧ビルマ)の各時代の遺物を中心とする約300点の作品リストを手にし、主要な作品を一点一点拝見しながら、ゾクゾクするような興奮を覚えました。予備知識など殆どなかったのに、です。そもそも東南アジア塼仏に関する情報は日本国内では図鑑や研究論文にわずかに紹介されるのみ。自分は今、未知の仏教美術の得たいの知れない魅力に引き込まれているという実感でした。これを詳細に調査して、いずれ展覧会の開催に結びつけたいと思うようになりました。それならば、と川村さんは塼仏関係の作品を当館に一括寄託して下さいました。
受託した作品は全て調書をとりましたが、時代、出土・制作地域等、詳しい情報を得るためには、3国に赴いて、博物館に多数収蔵展示されているであろう資料を調査し、遺物とそれに付帯する情報を少しずつ集めてゆくしかありませんでした。まずは3国のうち奉献仏を多数収蔵展示する国立博物館の情報を集めました。タイはバンコク、スコータイ、チェンマイの各国立博物館、カンボジアはプノンペン国立博物館、ミャンマーはヤンゴン、パガンの国立博物館…全てに対し熟覧調査の許可申請を出しました。タイ、カンボジアの各館は無事に芸術省の許可をいただきましたが、ミャンマーは中々許可が下りず1月の出発に間に合わなかったので、一旦帰国してから仕切り直しとなりました。ともあれ許可を得た各館を拠点として、現地にて周辺各地の館や遺跡の情報を集め、さらに踏査してゆく計画でした。
タイには各地に数多の国立博物館があります。最初にバンコク国立博物館で調査した折、同館の学芸課長だったジャルニーさんは、訪れるべき各地の博物館と関連する遺跡の情報の提供のみならず、現地で仏教美術を研究する優秀な日本人学生を各地への同行者として紹介、さらに各館の調査許可の仲介まで、終始お世話になりました。私がバンコク3日目にして屋台のトムヤムガイで食あたりを起こして丸2日を無駄にした時も、宿まで「特効薬」を届けて下さったり、快復後もなかなか食欲が戻らない私を案じて日本料理店でご馳走して下さったり…。冒頭に述べたちょうど17年前の今は、ジャルニーさんらのサポートで実現したタイ各地の奉献仏調査行を全て終え、バンコクに戻った頃でした。訪れた館は、上記3館の他、ウートン、カンペーン・ペット、コーン・ケン、ロッブリー、サワンカローク、スパンブリ、チェンセン、ハリプンチャイ、ピマーイ、アユタヤの各国博で、全ての館長及び館員が快く対応して下さいました。各地の関連遺跡の情報を得て現地踏査できたことも、大きな収穫でした。
タイの国立博物館の展示室には、例外なく「奉献仏」の展示コーナーが設けられており、各時代、各地域で制作された小さな仏像の数々が見られます。タイを訪れたことのある人なら、「プラクルアン」と呼ぶ、種々の尊像を表現した小さなお守りを首に掛けたりして携行する現地独特の風習をご存知かと思います。大きな街にはプラクルアンの市場や露店があり、お客はルーペを片手に、神聖な護符に対する真剣な品定めに余念がありません。このように、てのひらに収まるほどの小像に注がれた並々ならぬ情熱と、それに大いなる祈りを捧げる人々の信心には、古来インドシナで作り続けられた奉献仏と、それに絶えず篤い信仰を寄せた名もなき人々のはるかな記憶が潜在するように思えてなりません。

バンコクのプラクルアンの露店。店主の首にもジャラジャラと

 

 

 

 

 

 

さて博物館での調査は、展示物(場合によって収蔵物)をすべて撮影し、館の所蔵データを可能な限り閲覧させていただき、くまなくチェックして出土地の情報があれば抽出して調書に加えてゆくという作業でした。もっとも、いずれもが携行しやすい小品ゆえ、出土地の情報をそのまま制作地とみなすことは出来ないのですが、数をこなすことによって、だんだんと地域と時代の特徴差がみえてくるようになります。ある特徴が明らかになると「あ、川村コレクションのこの作品、まさにこれだ」という風に、作品の一つ一つが新しい顔を見せてくれます。
カンボジア、ミャンマーでの調査も、書き出すときりがないので割愛しますが、それぞれに充実した調査成果が得られました。それは川村コレクションの素晴らしさを改めて確認することでもありました。

ヤンゴン国立博物館(ミャンマー)での調査風景

3国各館で調査した資料(約600件)の写真と所蔵、出土地等の情報を一覧にしたリスト。今なお有用な宝物です。

かくして2008年に開催した『てのひらのほとけ』展は、私にとって初めての自主企画展でもあり、特別な想いがあります。ポスターのメインビジュアルで奉献仏を手にしているのは、当時、大名にあったアジア料理店のタイ人料理長ご夫妻の手です。自分の手ではあまりに貧相なので、せっかくならタイ人にお願いしたいと、オーナーを通して「出演」を依頼したところ、快く応じて下さいました。撮影後、謝礼をお渡ししようとすると、夫妻は合掌しながら「こんな貴重な奉献仏に触れることができるなんて、なんと光栄なことでしょう。こちらこそ感謝します」と、決して受け取られませんでした。出品作品の絞り込みにはずっと悩んでいて、最後の最後でなかなか出品リストの確定ができずにいたときの総数が108件。なんと、煩悩と同じ数じゃないか、こんな縁があろうかとスパッと決断できたことも良い思い出です。800冊製作した図録は、日英バイリンガルにしたことで海外からの注文もあり、お蔭様で完売しました。ふりかえれば、章立て、内容構成、展示手法にもっと工夫の余地があったと思います。とくに展示レイアウトに関しては、赤面するほどに不親切で、メリハリに欠け、今ならこうするのになぁ~ということばかり。
それでも川村さんは寄託したコレクションの殆どを、その後、当館に寄贈して下さいました。東南アジア古美術を活動の柱の一つとする当館にとって、国内に類のない貴重な仏教美術コレクションとして活用されています。
現在、古美術企画展示室で開催中の「東南アジアを旅する タイ、カンボジア、ミャンマー」展(4月9日まで)では、その主要な奉献仏(塼仏)を出陳しています。解説の仕方、見せ方を含めて、反省点を活かして陳列したつもりです。東南アジアの熱気に満たされた、賑やかな空間となりました。

出品作品リスト:List_Exploring_Art_in_Southeast_Asia

是非ともご来場いただきたく、お待ちしております。

(主任学芸主事 古美術担当 後藤 恒)

「東南アジア美術を旅する」展 会場風景

 

 

 

 

 

 

 

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