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福岡市美術館ブログ

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コレクション展 近現代美術

80年前の海辺に思いをはせる

明日は海の日ですね。
海の日だから何がある、というわけでもないですが、ちょっと海に散歩に行きたくなってきます。海のない県で育ってきた身としては、少し歩けば海にたどり着くことって、かなり異常事態なのです。福岡市美術館のある大濠公園から草ヶ江の方までぶらぶらしていると、磯の香りがしてきて、えも言われぬうきうきを覚えます。百道浜へ向かうバスに乗った日には、きらめく水面やさびれたコンテナ(と読解不能な文字)が海の果てへと想像力を刺激します。

福岡市美術館の中で貝殻を発見!

今から80年ほど前に活動していた前衛美術グループ、ソシエテ・イルフにとっても、海は重要なモチーフでした。ソシエテ・イルフは、1930年代に福岡市を拠点に前衛写真や絵画を制作していた7人組です。実は、来年1月に開催する企画展「ソシエテ・イルフは前進する 福岡の前衛写真と絵画」に向けて、彼らの作品と資料についての情報を集めているところなのですが(ご存じの方がいらしたら、ぜひ情報をお寄せください!)、彼らの作品には頻繁に海が登場するのです。

久野久《海のショーウインドウ》1938年

例えばこの作品《海のショーウインドウ》は、彼らが海辺での創作を楽しんでいたことがよくわかる作品です。
アクリル板のようなものを組み合わせ、海岸に絶妙なバランスで作り上げられた構造物。板と板の隙間にできた四角形・三角形のなかには海で拾ったと思われる様々なものが配置されていて、砂からカニの手がぬっと伸びていたり、海藻のようなものがびろーんと垂れ下がったりしています。「ショーウインドウ」のマネキンのように、貝殻や海藻は三角形・四角形の中でポーズをとり、そのポーズが整然とした空間に動きや物語を生みだします。余白が多くすっきりとした印象の写真ですが、8枚の板を崩れないように組み合わせ、貝殻や、カニのはさみを集めてそっと乗せる作者の姿を想像すると、なかなかチャーミングです。
作者の久野久(1903-1946)は結核療養のために12歳で宗像郡津屋崎に転居し、生涯津屋崎を拠点にしていました。療養のため身動きを制限された久野にとって、撮影場所は必然的に身近な場所が多くなり、海岸をたびたび写しました。1939年にはソシエテ・イルフのメンバーを津屋崎に招いています。
やがて貝殻に魅せられ、貝の幾何学的な形態をクローズアップした作品を集中的に撮り始めます。この時代は愛好家向けのカメラ雑誌に、被写体を効果的に写し取るための技術がさかんに紹介されていました。久野にとって、レンズを通して貝殻の造形を精密に記録することは写真家としての使命となっていきます。

久野久《貝殻その5》1941年

浜で拾つた小さい貝の、レンズによつて拡大された像、それは肉眼で見る貝とは丸で違つた感覚を持つた貝となつて、私の前に現れたのであつた。之れは私にとつて大変な発見であつた。小さい生命を宿す此の貝にも、造形の神は想像を絶した美を与へ給ふた。正に想像を許さないその美しさではある。私は此の美しさを究めなければならぬと思つた。写真する私の、世の人々への解答を此の貝によつてこそと考へたのであつた。
(久野久「貝の話」『寫眞文化』1941年8月、アルス)

ソシエテ・イルフのメンバーにとって海がどのような場所だったのかについては、いくつもの読み取り方ができます。まっさらな砂浜と水平線は、「ここではないどこか」の象徴、とも解釈できます。しかしその一方で、福岡を拠点にしていた彼らにとって、海は自分たちの生活と地続きの場所でもあり、何よりも、創作意欲をそそられるモチーフとの出会いの場だったのかもしれません。

(学芸員 近現代美術担当 忠あゆみ)

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