2023年9月13日 15:09
2022年3月に「やさしい日本語」勉強中!というブログで、我々が「やさしい日本語」の研修を受けたことを紹介しましたが(ブログ執筆者は、当時の教育普及係長であった鬼本佳代子です)それから約1年半が経ち、当館でも「やさしい日本語」を使った多文化共生プログラムを始めています。
そもそも「やさしい日本語」とは何か?ですが、やさしい日本語は「難しい言葉を言い換えるなど、相手に配慮したわかりやすい日本語」*1 とされ、日本語を母語としない方へ災害情報を伝えたり、行政文書をわかりやすくしたりと、近年さまざまな利用方法が広がっています。
やさしい日本語が普及する中、福岡市に目を向けると、同市は全国的にみても外国人居住者が多い都市であり、2022年の調査では人口約160万人のうち、約4万人が外国人と報告されています。一方で、外国人居住者を対象にしたミュージアムでのプログラムは全国的にもほとんど例がなく、当館でもこれまで実施していませんでした。
また近年、国際的な博物館を取り巻く状況にも変化がありました。2022年にICOM(国際博物館会議)のプラハ大会で採択されたミュージアムの新定義で「博物館はインクルーシブであり、・・・多様性と持続可能性を育む。・・・」と定められました。ミュージアムは多様な文化的背景をもつ人々が、お互いの価値観を理解、尊重しながら、安心・安全に過ごせる場であることが使命のひとつであると定義されたことは、大変重要な出来事です。(博物館の新定義については2023年5月のブログに詳しく書きました。https://www.fukuoka-art-museum.jp/blog/85098/)
そこで、当館では2022年から、福岡市内に住む日本語を母語としない親子を対象に、当館のコレクション展を「やさしい日本語」で鑑賞するツアーを始めました。これは、福岡よかトピア国際交流財団と共催で実施しているプログラムで、まさに冒頭の2022年3月のブログで紹介した「やさしい日本語」研修で、同財団の高木美奈子さんと出会ったことで開催が実現しました。もともと、同財団では、福岡市に住む外国人や日本語を母語としない方へのさまざまな国際交流事業の実績があり、「やさしい日本語」を日常的に使っていたそうです。さらに多くの人に「やさしい日本語」を知ってもらう方法を探っていた高木さんと、私の考える美術館でのプログラムの方向性が重なり、今回このプログラムの実現となりました。
2023年は8月と11月に日本語を母語としない親子を対象に「やさしい日本語」の鑑賞ツアーを企画しました。8月の回には4組10名が参加してくれたのですが、実は、私にとって「やさしい日本語」を話すことはまだまだ初めてに近く、ツアーの前はとても緊張します。例えば、普段は、ツアーの前に参加者へ「これからコレクション展で作品鑑賞をします。コレクション展は観覧無料です。貴重品は身につけてご移動ください」などとご案内するのですが、これがやさしい日本語では「これから絵や彫刻(ちょうこく)を 見ます。お金はいりません。大切なものは もっていきます。」と言い換えられます。
やさしい日本語には、ひとつの決まった答えがある訳ではありません。ですので、自分の言葉が相手に伝わっているかを、参加者の表情やジェスチャーを見ながら確認し、必要に応じて言い換えるということを繰り返しながら、一緒に作品を鑑賞していきます。ツアーでは、異なる文化的背景をもつ参加者たちが、コレクション展から選んだ作品を一緒に鑑賞します。当然、同じ作品を見ても、それぞれの発見や気づきは異なるのですが、その違いを分かり合えないものと否定するのではなく、尊重し合い、新しい解釈を作っていくことが、ツアーの面白さであり醍醐味です
また、今回のツアーは対象と親子としましたが、それには理由があります。福岡市に居住する外国人には留学生の数も多く、その中には家族(配偶者やパートナー)の留学に同行し日本にやってきた人が一定数いるということです。そして、小さな子どもが一緒の場合も少なくありません。これは、仕事で滞在する場合も同じかもしれませんが、彼/彼女が大学で学んだり、仕事で出かけている間に、残された家族と子どもが安心して過ごせる場所がどのくらいあるのか。そんなことを考えて、今回は親子を対象としたツアーを行いました。
そして、今回参加してくれた親子が、次は自分たちでもう一度美術館へ行ってみようと思える手立てを作りたいと考え、福岡市美術館の利用方法や作品の説明を載せた「やさしいにほんご ガイドブック」を制作しました。今回のツアー参加者にも配布し、館内にも設置しています。
やさしい日本語のプログラムはまだ始まったばかりです。目に見える成果には時間がかかるかもしれませんが、昨年と今年と2年続けてツアーに参加してくれた9歳の女の子は「去年はやさしい日本語の話がわからなかったけれど、今年はわかって、作品のこともわかって楽しかった。」と嬉しそうに話してくれました。はにかみながら笑顔で手を振り帰っていった彼女のことが、忘れられません。今後もやさしい日本語のプログラムを続けようと心に誓うのは、こんな何気ない瞬間なのです。
*1 「在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン2020年8月」p3、出入国在留管理庁・文化庁、2020年。
(学芸員 教育普及係 﨑田明香)