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福岡市美術館ブログ

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カテゴリー:特別展

特別展

特別展「藤野一友と岡上淑子」が11月1日に開幕しました!

二人の美術家の名前を冠したこの展覧会。二人の名前を知っている方はおそらく待ち望んでおられたものと思います。

藤野一友(1928-1980)は、福岡市美術館が1982年に回顧展を開催した縁で代表作を含む多数の作品を所蔵している画家です。藤野は西洋の神話をもとにする物語や絵画、そしてシュルレアリスムの美術からインスピレーション得ながら、そこに独自のファンタジーを加味した幻想怪奇な世界を緻密な描写で表しました。51歳の若さで亡くなりますが、没後、代表作と言える《抽象的な籠》などがフィリップ・K・ディックのSF小説の表紙に抜擢され、二科展で活動した画家という以上に知られる存在となりました。

岡上淑子(1928年生まれ)は、1950年から1956年の間に制作したコラージュ作品が近年再び注目を集めている作家です。進駐軍が残していった『LIFE』や『VOGUE』等の洋雑誌を古書店で入手し、それらのページからモチーフを切り貼りして生まれた世界は、現実をとらえた写真をもとにしながらも、夢のような世界へと広がっています。その作品には戦後復興期の日本に生きる女性の揺れ動く心情や、自由への思いも読み取れ、多くの共感を呼んでいます。岡上のコラージュ作品が九州で展示されるのは、本展が初となります。

同じ年に生まれた二人は1950年頃から本格的に活動を開始し、1951年頃文化学院で出会い、1957年に結婚しています。同時期に活動を開始し、ともに「幻想」という言葉や「シュルレアリスム」とのかかわりのなかで語られてきた藤野と岡上の名前、そして作品は、不思議なことにこれまで一緒に並ぶことはありませんでした。というわけで、待ち望まれていた展覧会なのです。

二人展といってもやりかたは無数にあり得ます。高知にお住まいの岡上淑子さんにもご意見を伺いながら、本展では個々の活動や作品世界に没入してもらうため、二つの個展形式で構成することにしました。会場である特別展示室を思い切って左右で分け、およそ同等のスペースを確保。藤野一友編と岡上淑子編のどちらからも見ることができる動線をつくりました。筆者の知る限りでは、過去にない展示室の使い方なので、新鮮な気持ちで会場を回っていただけるのではないかと思います。

どちらから見てもいいのですが、藤野一友編と岡上淑子編の両方を見終えたときには、二人の作品の共通点と差異だけでなく、二人を取り巻く人たちや二人の活動を育んだ時代も見えてくるはずです。結婚という出来事が制作にどのように影響したか(あるいはしなかったか)も対比的に浮かび上がりますが、それは1950年代の日本における男女の非対称の状況、芸術家同士であってもそこからは自由ではなかった現実をも映し出します。二人がそれぞれに編んだ「ファンタジー」に浸りながら、その背後にも目を向けていただければと思います。

最後に、少しだけ展示内容にも触れておきましょう。今回初めて紹介される藤野作品に静物画(個人蔵)があります。描かれているのは洋ナシ。女性像が大半の藤野作品においては異質な主題ですが、本作は1955年頃、岡上さんが藤野に頼んで描いてもらい、藤野からプレゼントされた作品だそうです。この絵が壁にかかった岡上邸の応接室で撮られた二人のポートレイトは写真を始めていた岡上さんの撮影によるもので、これも初公開です。この写真は大きく引きのばして本展覧会の入口でもご紹介していますし、プリントもそれぞれ展示しています。

もう一つ。藤野は若い頃から多才で、絵画のほかに装丁や挿絵、舞台装置の仕事、映画製作などもおこないました。本展ではその一端もご紹介していますが、なかでも1963年に大林宣彦とともにつくった23分の実験映画『喰べた人』(演出:藤野一友、撮影:大林宣彦)は必見です。映画自体もとても興味深く、また、そのコンセプトについて触れた藤野のテキストは、現実世界とファンタジーの関係について書かれたものとも言え、藤野作品の読解にもヒントを与えてくれると思います。

展覧会は2023年1月9日までですが、明日11月12日には記念講演会として巖谷國士先生に以下の題目で講演いただきます。展覧会とあわせてぜひ足をお運びください。

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特別展「藤野一友と岡上淑子」記念講演会

題目:岡上淑子とその時代

講師:巖谷國士(仏文学者、美術評論家、明治学院大学名誉教授)

日時:2022年11月12日(土)14時~15時30分(予定)

会場:1階ミュージアムホール

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そして、本展覧会の公式図録を兼ねた作品集『岡上淑子・藤野一友の世界』(河出書房新社)も、当館ミュージアムショップにて本日販売スタートしています。ぜひ手に取ってみてください。

(学芸員 近現代美術担当 正路佐知子)

特別展

鳥獣戯画展開催中です

 9月3日(土)から開催中の特別展「国宝 鳥獣戯画と愛らしき日本の美術」。27日(火)から後期展示が始まりました。

《鳥獣戯画 乙巻》(京都・高山寺蔵)展示風景

 前期では、《鳥獣戯画》の甲・丁巻を展示していましたが、後期からは乙・丙巻をご紹介いたします。(10月4日(火)からは場面を変えて展示します。詳しい展示場面についてはこちら
https://www.fukuoka-art-museum.jp/uploads/chojugiga_scenechange.pdf

 「ウサギ、カエル、サルが出てくる有名な甲巻は展示されていないんでしょ?」なんてお思いのあなた。本展のみどころは鳥獣戯画だけではありません!(もちろん、「鳥獣戯画」もご覧いただきたいですが)ということで、今回のブログでは鳥獣戯画以外の出品作品の魅力をご紹介いたします。

黒田家と動物
本展では、鳥獣戯画にちなんで動物を表した美術作品を数多く紹介しています。中でも私が関心を持ったのが、福岡の人びとがどのように動物を表した作品を楽しんでいたのか?ということ。そこで、福岡藩を治めていた黒田家に関わりのある動物関連作品及び資料を調べてみることにしました。まず、ご紹介したいのが《黒田忠之像》です。福岡藩黒田家第二代藩主・忠之(1602~1652)の肖像画で、白い犬と視線を交わすように描かれるのが特徴です。

狩野探幽筆《黒田忠之像》(福岡市美術館蔵)

 殿様の肖像画といえば、武具甲冑に身を固めた勇ましい姿や、貴族の正装である束帯姿で威儀を正した様子で描かれる場合が多いです。こうした一般的な肖像画とは大きく異なる本作がどういった経緯で描かれたのか、ついつい妄想が膨らんでしまいます。「オレの肖像画はこの犬と一緒がいい!」「見つめ合っているところを描いてくれ!」などなど、絵師に注文をつける忠之の様子が目に浮かぶようです。残念ながらこの妄想を裏付ける資料は全く見つけることができていません。ですが、忠之がこの犬に深い愛情を注いでいたからこそ、本図のような作品が生み出されたのではないでしょうか。
妄想ついでにこの犬についてもう少し見て見ましょう。

《黒田忠之像》(部分)

 そこまでリアルに描かれてはいませんが、垂れ耳にシャープな顔立ちというのは、例えば、イタリアングレーハウンドのような洋犬の姿を思わせます。「江戸時代に洋犬なんていたの?」なんて声が聞こえてきそうですが、当時、洋犬は唐犬とも呼ばれ、外交や貿易を通して海外からもたらされていました。忠之をはじめ、黒田家の藩主たちは、海外との窓口であった長崎の警備を任されていた関係で舶来の動物に接する機会は多かったようです。忠之の時代に黒田家で唐犬(洋犬)が飼育されていたのかどうか、やはり、資料がなく不明と言うほかありません。ですが、忠之よりは時代が降るものの、ある時期より黒田家で唐犬が飼育されていたことは確かです。
それを物語るのがこちらの《カワウソのヒゲ》。

《カワウソのヒゲ》(福岡市博物館蔵)

 かつて、福岡藩士の子孫のお宅に伝来したもので、現在は福岡市博物館に所蔵されています。このヒゲの包紙には発見の経緯が記されており、慶應2年(1866)の9月4日、昼の12時から14時の間頃に福岡城の庭で唐犬とカワウソが戦って採取されたそうです。
福岡城の庭とは、地図にもお示ししている通り、福岡市美術館からもほど近い、舞鶴公園三の丸広場と思われます。

福岡城周辺の地図。赤枠の外側はかつてはお城を巡るお堀でした

どうです?だんだんと他にどんな動物についての作品があるか気になってきたのではないでしょうか?あとはどんな作品が展示されているか、ぜひ美術館にいらしてご覧いただければと思います。そして、展覧会場で動物たちをご覧いただいたあとは、広場にもお立ち寄りいただき、動物たちでにぎわっていたかつての様子に想いを寄せていただければ幸いです。

宮田太樹(福岡市美術館 学芸員)

特別展

皆川明さんの公開制作を見て

 開催中の特別展「ミナ ペルホネン/皆川明 つづく」は、もうご覧になりましたでしょうか。ミナ ペルホネンは、デザイナーの皆川明さんが1995年に立ち上げたファッションブランドです。今回の特別展は、オリジナルの布地や、創作の裏側を示す資料を展示して、ミナ ペルホネンのこれまでの歩みとこれからを体感できるものです。

 本展の関連イベントとして、4月12日から14日までの3日間、皆川明さんが美術館2階ロビーで公開制作を行いました。本ブログでは、この期間の制作の様子について紹介し、見学しながら感じたことを書きたいと思います。

 今回皆川さんが選んだ支持体は、3m×6mのキャンバスです。2階のロビーに突如として現れた白い画面は、とても大きく感じます。朝のロビーはとても静かで、これからどんなふうにこの画面が変わっていくのか、見ている側も少しドキドキです。

 毎朝9時30分。黒い半袖シャツを着た皆川さんが画面の前に立つと、空気が動き出します。ミナペルホネンの田中さん、川村さんがアクリル絵の具を出したり、パレットを洗ったりとアシストしながら進んでいきます。制作の途中では、お客様と皆川さんがお話することもあり、非常に穏やかな、でも緊張感もある時間が流れていました。


 一手目はどんな線から始まるのか…と見ていて、意表をつかれたのが、水の使い方でした。注ぎ口がとがったプラスチックの容器(いわゆる洗浄瓶)を使って、弧を描くように画面に吹き付けていきます。容器は柔らかいプラスチックでできているので、手の力加減に応じて水が出てきます。色はもちろん着きませんが、ここにアクリル絵の具を重ねることで、絵具はじんわりと滲み出し線と面を作り出します。淡い黄色、緑がつぎつぎと書き足されて、円弧に様々な表情が生まれます。後ほどお話をお伺いすると、予測できない要素を入れたかった、とのこと。勝手ながら単色のドローイングを予想していた私にとっては、コントロールできない要素を取り込んでいく様子がとても新鮮でした。

 ここから画面は、つぎつぎと表情を変えていきました。初めに展開したのは、山の稜線のような、動物の背中のような円弧のつらなりです。皆川さんは、身長よりも高い画面に対し、上下左右に動きながら、脚立を使って軽やかに色を置いていきます。この時、画面から離れて全体を見ることは少なかったように思います。脚立を片手で支えジャンプするように筆をおいていく様子はさながらアスリートのようでした。
 少し時間をおいてまた観察すると、10センチほどの線が散りばめられました。微妙な色のコントラストを持ったこの線が、エネルギーの気配のようなイメージに見えて、画面全体がそよそよと動いているように見えてきます。この3日間、初日、2日目のお天気は最高気温20℃を超す快晴でした。福岡の景色や光や風は影響したのでしょうか?


 出来上がった作品についてお話していて感銘を受けたのは、その日に何を描くかは全く決めてない、とおっしゃっていたことでした。私が作る側だったとしたら、手を動かす中で方向性が見えてきたら、仕上げたときの姿をなるべく早いうちに決めてしまいたいと思ってしまいます。効率や期限を意識するからでしょう。しかし、皆川さんは、それを限定しないようにしているようでした。自分が何を描くかを決めずに画面に向かい、描き始めるうちに、色や形が立ち上がってくるとおっしゃるのです。もちろん経験に裏打ちされて、描く行為に迷いはないのですが、効率を意識しないことによって、見る人に様々なものを想い起こさせるイメージの豊かさにつながっている気がしました。見ているお客さんとともに過ごした時間もまた、絵の中に織り込まれているのでしょう。
 最終日は、濃い紺色、水色、ピンク色が描き足されました。タッチや彩度が異なるので、この部分に自然と目線が集まります。これは、見る人にとっての絵の入り口だとのことです。

 はじめは大きく見えた画面ですが、皆川さんが描きこむことによって絵に豊かな広がりが生まれ、作品のサイズをあまり意識しなくなっていきました。いわゆる絵画空間に引き込まれ、四角いフレームは視界から消えます。完成した作品には、「unreachable landscape」というタイトルがつきました。“たどり着かない風景”とは、心の中にももうひとつの世界がある、と考えている皆川さんの考え方ともどこかリンクしているタイトルです。
 完成した作品は、現在特別展示室でご覧いただけます。展示室内の「種」のゾーンに設置された皆川さんと建築家の中村好文さんの共作による宿「shell house」からの風景として、ロビーで見るのとはまた別の表情を見せています。

 「ミナ ペルホネン/皆川明 つづく」展は、6月19日まで開催中です。ぜひ直接ご覧ください。

(近現代美術係 忠あゆみ)

 

 

 

 

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