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「どこでも美術館」の版画ボックス

現在福岡市美術館は、新型コロナウィルス感染症拡大防止のため、5月7日(木)まで休館しております。

みなさま、こんにちは。教育普及係の上野です。

新型コロナウィルスの流行により福岡市美術館は休館中ですが、その間にも、少しでも“美術や美術館”を届けられないかと思い筆をとりました。そこで今回は当館の教育普及事業のひとつであるアウトリーチ活動「どこでも美術館」の一部をご紹介します。

まず「どこでも美術館」とは、小中学校や公民館へ、オリジナルの美術教材を持って出向き、鑑賞活動や制作活動をするという美術体験プログラムです。この取り組みはリニューアル休館をきっかけにスタートしました。休館時は、展示を見にきてもらうことができないのでこちらから館外に行くことにしました。

さて、この「どこでも美術館」の教材ですが、当館の所蔵品を題材に、教育普及係のスタッフが企画しました。またこの教材は美術館の外へ持ち運びしやすいよう、スーツケースなど、箱状の容器に全て収納されています。なので、わたしたちはこの教材たちを“ボックス”と呼んでいます。現在は『やきものボックス』や『染め・織りものボックス』、『油彩画ボックス』、『日本画ボックス』など全部で11種類のボックスがあります。今日はそのなかのひとつ、版画ボックスをご紹介します。

 

版画ボックス制作のきっかけー言葉だけで技法を伝えるのは難しい

『シルクスクリーン』、『エングレーヴィング』、『リトグラフ』…
美術館のキャプションで見かけるこれらの横文字、なんだと思います?実はこれ、すべて版画の技法の名前です。もちろんご存知の方もいらっしゃるでしょう。ただこれらの技法、原理はわかっていたとしても言葉だけの説明で相手にわかってもらうのはなかなか難しいです。私自身も難しいと思った経験があります。学生時代に『シルクスリーン』を習ったときのことです。実際に制作しなければならなかったのに、文字と線だけで書かれたモノクロ印刷の「シルクスクリーン指南書」(恐らく先生が何年も前に手作りされたもの)がまったく理解できず、不安に駆られたのを覚えています。当時は、結局、実際に手を動かし道具を触りながら制作していくことで約3週間かけて理解できました。でもこのとき思ったのは、最初の段階である程度おおまかな作り方がわかっていればよかったなと…。

そんな経験も活かしつつ(?)制作したのが「版画ボックス」です。ボックス制作にあたって、たいへんありがたいことに、収納するものの選定や作品サンプルの制作など、九州産業大学芸術学部の古本元治教授、三枝孝司教授、加藤恵助手に多大なるご協力いただきました。ご協力いただいた先生方、お忙しいなか本当にありがとうございました。

さて、出来上がった版画ボックスはこんな感じです。

どこでも美術館「版画ボックス」(左:銅版画、右:木版画)

どこでも美術館「版画ボックス」(左:リトグラフ、右:シルクスクリーン)


版画ボックスの中身

版画は版の形式から凸版・凹版・平版・孔版の4つに分類されます。版の形式のなかでもポピュラーでわかりやすく、当館の所蔵作品にも使われている技法のものを選び、その技法の道具と作品サンプルを上の写真のように2つのボックスに納めました。余談ですが、こちらのボックスケースは某魔法使いが持っているトランクのイメージで作ってもらいました。なんと紙製!なので、軽いです。

まず凸版の代表として木版画を選びました。木版画については恐らく学校の授業で一度は目にした道具もあるのではないでしょうか。そんな道具にも一歩踏み込んで知ることができます。

インクを紙に転写するために使うバレン。

竹皮の包みをはずすと中身はこんなふうになっています(下記写真の上の部分)。

写真下の部分は、バレンの中芯の種類です。上から順に、本バレンに使われる16コ、8コ、そして棉、金属ボールです。16コと8コは撚った竹の皮を編みこんだものです。また、最近は金属ボールでできたバレンもあります。金属ボールは上の右下のイラストのように点在しています。またボールの点圧で刷るので、摩擦が少なく綺麗に刷れるのが特徴です。

凹版は代表的なものとして銅版画を選びました。銅版画は銅の表面に先の尖ったニードルや刃物で傷をつけ、その傷(凹み)にインクをつめてプレス機で刷るものです。

作品サンプル(銅版画)

銅版画にはさらにいろいろな技法があります。上の作品サンプルには全部で6つの技法が使われています。そのなかから2つ、ご紹介します。1つ目はエングレーヴィング(青矢印)です。こちらはビュランという先の尖った道具で直接銅板に傷をつけて版をつくる技法です。

 

画像の拡大(エングレーヴィング)


ビュラン

2つ目はディープエッチング(緑矢印)。こちらはエングレーヴィングとは違い腐食液を使った技法です。

 

作品サンプル拡大(ディープエッチング)

ディープエッチングは、液体のにじみのような独特な表現ができます。
ちなみに、残念ながら、会期途中で休館となってしまったコレクション展「渡辺千尋展」では銅版画の作品を展示していました。そして、この展覧会で作品とともに「版画ボックス」の銅版画の道具と技法サンプルも展示しました。

渡辺千尋展で展示されたどこでも美術館「版画ボックス」の中身

平板は代表的なものとしてリトグラフを選びました。平版というのは、平らな面に水と油の反発作用を利用して版を作る技法です。水と油は互いに反発し合い混ざりませんが、水と水、油と油はくっつく性質があります。実際の版を見てみましょう。

アルミ板にダーマトグラフで書き込んだ版

右の筆記具(ダーマトグラフ)でアルミ板に描き込みます。この筆記具は油性です。

アラビアゴム

そしてアラビアゴムを水でといたものをさきほどの版の上に塗り乾かします。ちなみにこのアラビアゴム、水彩絵の具にも入っています。水彩絵の具は一度乾いても水でとくと何度も使うことができますよね。アラビアゴムは水溶性だからです。水分が乾いたら版面を、スポンジを使って再びたっぷり水で湿らせます。その上にインク(油性)をつけたローラーを転がすと、描画した部分にだけインクが残り、それ以外の部分は水によってインクが弾かれます。その上に紙をのせてプレス機に通すと刷ることができます。

左からインクがのった版、刷り上がり(1版)


左からインクがのった版、刷り上がり(2版)

完成

孔版は代表的なものとして、シルクスクリーンを収めることにしました。シルクスクリーンは、枠に張ったメッシュ生地の穴からインクを押し出して刷るものです。版は感光乳剤を使って作ります。感光乳剤とは紫外線で固まる薬品です。

メッシュ生地なので小さな穴が無数に存在しています。目の細かい網戸のようなかんじです。青い部分は感光乳剤が固まってメッシュの穴を塞いでいます。

左から原稿、感光乳剤を塗り原稿を焼き付けたスクリーン版、刷り上がり(1版)

左から原稿、感光乳剤を塗り原稿を焼き付けたスクリーン版、刷り上がり(2版)

完成

この「どこでも美術館」の教材は実際に手にとってみることができます。美術館では普段は展示しないような版そのものや作品のサンプル、それらを制作するための道具に触れて間近にみることができるので、目で見るだけの鑑賞とは一味違った体験ができます。実際にこのボックスを使うと、道具や版というモノがあることによって、子どもからおとなまで興味を惹かれるようです。昨年8月のつきなみ講座で紹介させていただいたときには、参加された皆さん興味津々でボックスの中身を手にとって見ていました。さまざまな人たちが楽しめるかたちにできて本当によかったです。

また、今後もいくつか「どこでも美術館」のボックスをご紹介していく予定です。ぜひ次回もお楽しみに。

(教育普及係 上野真歩)

 

 

 

 

 

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