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いきヨウヨウ講座「今日の気持ちを香りに変える」

 皆さんは、ある香りをかいだ時に、昔のことを急に、しかも鮮明に思い出したりしたことはありませんか?そういう現象を「プルースト効果」というらしいですが、私にも確かにそういう経験があり、雨が降る前の少し湿った空気の香りをかぐと、子どものころ住んでいた家のことをはっきりと思い出したりします。そのほかにもアロマテラピーなど、頭をスッキリさせたりリラックスさせたり、香りにはさまざまな効果があることは知られていますよね。
 そんな香りと美術を結びつけたプログラムができないか、と試行錯誤して実施したのが、3月19日に開催した、いきヨウヨウ講座「今日の気持ちを香りに変える」でした。余談ではありますが、このプログラムが実現できたのは、ある研修会で、まさに香りを扱う博物館である「大分香りの博物館」の大津留聡学芸員と知り合ったことが大きく、研修会には参加してみるものだと実感した次第です。そんなわけで、今回のプログラムのスペシャル講師として大津留さんをお招きすることとなりました。
 では、どんなことをしたかというと・・・まずは、参加者の皆さんと、ギャラリートークをするべく1階コレクション展示室へ行きました。この65歳以上のプログラムである「いきヨウヨウ講座」に限らず、当館の多くの教育普及プログラムは展示室で作品を見る事から始まります。ただ、今回は、なんといっても「香り」がテーマですから、作品を見るだけではありません。東光院仏教美術室にて仏像作品を見ながら、トークをする私たちが取り出したのは「お線香」(美術館は火気厳禁ですから、もちろん火はつけていません!)。お線香の香りをかぎながら作品を鑑賞しました。実は、お線香の中に入っている白檀(びゃくだん)や沈香(じんこう)といった香りは、仏教とともに日本にやってきたそうです。いにしえより、仏像のそばには香りがあったのですね。

仏像を鑑賞しながら・・・

お線香の香りをかいでみる

 そのような話をしながら、次は松永記念館室へ。仰木政齋による《鹿文蒔絵硯箱》を見ながら、今度は墨の香りをかぎました。墨は煤(すす)を膠(にかわ)で練ったものですが、香りづけに「龍脳(りゅうのう)」という香料を混ぜます。残念ながら墨は固形の状態ではかすかにしか香らなかったのですが、参加した皆さんは懐かしそうに「あ~、そうだ、墨をすったときに香りがしたよね」と口々にいいながら作品鑑賞をされていました。

 

硯箱を鑑賞しながら・・・

墨の香りを確認

 そして今度は2階へ移動し、ダリ《ポルト・リガトの聖母》の前で、「先ほどは仏教と香りの話をしましたが、キリスト教と香りもすごく深く結びついていて、聖書にはよく香料の話が出てきます」と伝えた後、聖書にも出てくる乳香(にゅうこう)と没薬(もつやく)の香りを楽しんでもらいました。こちらは参加者にはちょっとなじみのない香りだったらしく、不思議そうな顔をされたり、中には顔をしかめる方もいらっしゃいました。

《ポルト・リガトの聖母》を鑑賞しながらかいだ香りは・・・

乳香(フランキンセンス)と没薬(ミルラ)の香り。皆さんにはちょっとなじみがなかったようです。

 そして、最後は、グループに分かれて、横尾忠則《暗夜光路 旅の夜》と大浦こころ《水ぎわの人2》を、「作品からどんな香りがするか」を想像しながら鑑賞しました。私は《水ぎわの人2》を参加者の皆さんと鑑賞したのですが、潮の香り、熱した砂の香りや人物から発する香り、甘い花や緑の香りなど、実にさまざまな香りの話が出てきました。その香りの話から、子どもの頃に住んでいた故郷のことを思い出される方もいらっしゃいました。

香りを想像しながら作品鑑賞

 さて、鑑賞後は、アートスタジオで講師の大津留さんから「香り」についてのレクチャーをしていただきました。香りの歴史や効用や、香りの抽出方法などどれも興味深いものでした。さらに、大津留さんがお持ちくださったさまざまな「香り」を楽しみながら、「こんなにおいがする」「これは好きな香り」と感想を言い合うのは、参加者の皆さんにとっても、そして主催する私たちにとっても、とても楽しい時間でした。

参加者の机にならぶ香りの材料。大分香りの博物館よりお持ちいただきました。すべて天然の素材だそうです。

講師の大津留聡さん(大分香りの博物館学芸員)

 そして、いよいよ今回のプログラムのクライマックス、オリジナルの「匂い袋」作りです。参加者の皆さんの前には、ずらりと香りの材料が並んでいます。それぞれの材料の香りを確認しつつ、最初は大津留さんの指導で基本のレシピで調香しました。そして、できた香りに、鑑賞体験、そしてレクチャーのことを反芻しつつ、目の前の材料を吟味しながら、思い思いに好きな香りを足していきました。こうして出来上がった参加者20通りのオリジナルの香りを、皆さんにもお互いにかいで楽しんでいただきました。私も参加者の皆さんが作られた香りをすべてかいでみたのですが、不思議なことに、同じ材料を使いながらもほんの少しの量の違いで全く違った香りになっていました!しかも、その違いで、リラックスしたり頭が活性化したりと身体にも影響があるので、香りというのは本当に不思議です。出来上がった香りは、大津留さんがご用意くださったステキな袋に入れ、匂い袋として持って帰っていただきました。この香りは1年間くらい持つらしいので、きっとこれから1年、香りをかいでは、この日の体験が思い出されることでしょう。

香りの材料を混ぜてオリジナルの香りを作ります。

かわいらしい匂い袋と文香ができあがりました!

 話は最初に戻りますが、香りと人の記憶は非常に強く結びついているそうです。記憶を活性化させることから、高齢者向けプログラムに香りを応用する試みはこれからも盛んになっていくのではないかと思います。また、一方で、子ども達のことを考えると、今や小学校ではあまり墨をすらないらしいですし、また法事などでお寺に行く経験などをほとんどしないらしいので、こういう香りの文化がどうなるのかな、とも思います。個人的な体験を思い出すという意味でも、香りの文化を作品と共に守っていくという意味でも、つまり大人にとっても子どもにとっても、美術館で作品と香りの体験をすることは、もしかしたら今後大切になってくるのかもしれません。そんなことを思った「いきヨウヨウ講座」でした。
 ところで、私事ではございますが、私、3月末日をもって福岡を去ることになり、4月からは別の美術館で働くことになりました。私が当館でブログを書くのはこれが最後となります。ブログ読者の皆さま、そして教育普及プログラムに参加して下さった皆さまをはじめ利用者の皆さま、本当にありがとうございました。これからは、別の美術館の仕事仲間として、また、一利用者として福岡市そして福岡市美術館を訪れたいと思います
 とはいえ、これからも当館ではさまざまなプログラムが実施されると思います。皆さま、どうぞ今後とも福岡市美術館をよろしくお願いいたします。

(教育普及専門 主任学芸主事 鬼本佳代子)

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