2026年9月30日 13:09

《山内光枝展 潮ノ記》のメインビジュアル
真っ黒の背景に銀色の文字が光るシックなポスター。目にされた方はいらっしゃるでしょうか?チラシはぜひ手に取って斜めにしてみてください。銀色が光る様子を間近で見ることができます。

《潮ドローイング》の細部
メインビジュアルになっているこの作品は、《潮ドローイング》という山内光枝(やまうち てるえ)さんの作品です。しぶきのような箇所は、海水と塩のみで描かれています。当館では、9月8日から山内さんの個展「山内光枝展 潮ノ記」を開催しています。
山内さんは福岡県に生まれ、高校を卒業した後、イギリスのロンドン大学ゴールドスミスカレッジで、「絵画」や「彫刻」といった分野にとらわれず「美術」について学びました。帰国した山内さんが制作のテーマとしたのが「ナメクジ」です。私はナメクジというと梅雨の時期などに地面でうねうねしている生き物というイメージでしたが、私たちの身近にいながら実は詳しいことがあまり分かっていない生き物なのだそうです。山内さんはその部分に、社会という枠組みからするっと(ナメクジのイメージからするとぬるっと?)はみ出していて、縛られていないという性質を見出しました。
そして、ナメクジに生き方そのものを学ぶような姿勢で制作活動をしていた頃、褌(ふんどし)のみの素の身体で海辺に立つ海女の写真を目にし、衝撃を受けました。システム化され、監視、管理されている現代からそう遠くない時代にこのような人たちがいたのだ―という衝撃だったといいます。
その写真は、長崎県対馬の曲(まがり)という地域の海女さんが写ったものでした。初めて知る海女、海士として生きていた、そして生きている人々。そのしなやかな生命力に強く惹かれ、ひたすら調べるうちに、日本海側の海女の祖先が自身の地元福岡の宗像市、鐘崎という地域につながることを知った山内さんは、鐘崎に足を運びます。さらに鐘崎海女が渡った対馬の曲、鐘崎に潜水技術を伝えたとされる済州島、海女の祖先とのつながりがあるとされるフィリピンのダバオなど、潮の流れによってつながる各地に赴き、そこで生きる人々のコミュニティに身を置いて関係を築いていきました。人々と同じように潜るため、済州島に開校したハンスプル海女学校に入学して素潜りや水中での撮影技術を習得し、制作を続けています。
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さて、今回の展示室は大きく二つのゾーンに分かれており、まず《つれ潮》と《泡ひとつよりうまれきし》の映像作品に映っている、曲の現役最後の海女であった「おばちゃん」こと香月ツルエさんにフォーカスしたゾーンを見ていただけます。《つれ潮》は当館の所蔵作品で、曲の海女の祖先とされる鐘崎に行ってみたいというツルエさんのつぶやきをきっかけに、鐘崎への旅を山内さんが記録者としてだけでなく、同じ時間を共にする者としてとらえた映像作品です。《つれ潮》と《泡ひとつよりうまれきし》は上映時間を設定していますので、時間をご確認の上、鑑賞していただければ幸いです。また、映像作品の近くには、民俗写真家の芳賀日出男さんが1962年に撮影したツルエさんの写真をライトボックスに仕立てて展示しています。ツルエさんは昨年亡くなられ、私は、映像や写真、山内さんのお話を通してしかお会いできませんでしたが、ツルエさんの人生を辿れるような、存在を感じられるような空間になっているのではないかと思います。

鐘崎の海に潜る前のツルエさん
生きることの根源である「呼吸」という行為に着目した映像作品《潮汐 2012-2021》のゾーンでは、出演者6名のダイバーと山内さんのエピソードとともに、出演者にまつわるものも展示しています。山内さんがもらったものや、それぞれが漁で用いる道具など、6名の方のゆかりのものたちです。タイトルが示す「潮の満ち引き」のように、「呼吸の達人」である素潜り漁のダイバーたちが放つ呼吸が岸から岸へとつながり、循環している様子は、私たちの息づく世界が呼吸によってつながっていること、この世界に生きる上ですべてはつながっていること、さらに、山内さんが人々と関係を築き制作するなかで思い至った、自分という存在が過去からつづく人々の営みによってつむがれているということ、まで想起させるようです。

《潮汐 2012-2021》は二つのスクリーンに鏡面のように映し出されています

タペストリーの裏に吊るされたものの影が浮かび上がっています
本展では、これまでの山内さんの活動や、人々とのつながりをたどるとともに、これからの活動の出発点となる作品《눈(ヌン)》も展示しています。ぜひ実際に目にしていただき、これは何を表しているのだろうと考えてみてください。つながる言葉がキャプションにあります。そこから調べ、知っていただく方々が増えたらよいなと思います。

天井から吊るした《潮ドローイング》。長さが6mあるため、下を巻いています。
ところで、展示作業の期間を1週間取っていたのですが、「うんうん順調に進んでる!」と思いきやあれやこれやのちょっとしたハプニングが出てきて、ドキドキしながら顔には出さないということを頑張りました(何を頑張っているのやら)。上の写真のように天井から《潮ドローイング》を吊る作業は初めて見るもので、(出来ることを手伝いながら)興味深く観察していました。そのほかにも色々あったのですが、展示作業の様子はつきなみ講座でお話したいと思います。
今回、初めて担当する企画展ということで、山内さんをはじめ色々な方のお手を煩わせながら何とか進められました。改めて、この場を借りて、ご協力いただいた皆様に感謝申し上げます。出来上がっていく会場を見ながら、作品が放つエネルギーを肌で感じていました。山内さんが追い求め、模索していることは「人間と世界の流動的な在り方」です。画一的ではない、縛られないような在り方を表しているのが海であり、その流動的でしなやかな在り方を海に生きる人々の姿にも見出しました。ご来館いただいた方々にとって本展が、枠組みにとらわれず自身の生き方や世界の在り方を考えるきっかけとなり、また、海と人々の関係を知り、見つめ直すことにつながれば幸いです。
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10月12日(月・祝)には、《つれ潮》と《潮汐》に出演されている宗像・鐘崎の海女、松尾美智代さんと、《潮汐》に出演されている輪島の海女、早瀬千春さんにお越しいただき、山内さんがモデレーターとして、作品に出演することや自身の生き方が作品に用いられることについてどのように考えているのか、また、海の状況や暮らし、能登半島で起きた地震の影響について、話していただく場を開催します。ぜひ足を運んでいただけると嬉しく思います。詳しくはコチラ
そして図録をミュージアムショップで販売しています!山内さんが本展に際して書かれたテキストが満載です。また、芳賀日出男さんが設立した芳賀ライブラリーの棚木晴子さん、山内さんの活動をずっと見てきた国立国際美術館の正路佐知子さんにも寄稿していただきました。ぜひお手に取ってご覧ください。
(学芸員 近現代美術係 花田珠可子)
2026年7月22日 09:07
当館2階のコレクション展示室では、年に1度、大規模な展示替えを行っています。
今年度も、室内を大胆に模様替えし、ご覧のとおり、入口も明るくわかりやすく改装しました。

なんだかキラキラ・ピカピカです。この入口もさることながら、窓外の緑滴る樹々の美しさもまぶしく、清新なロビーになっています。
でも、アレ?と思われた方も多いのでは?
実は、つい先頃まで、ここには小錦をモデルにした中ハシ克シゲ《Nippon Cha Cha Cha》がデ~ンと鎮座していたのです。その引っ越し先は後ほど紹介いたしましょう。
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入口で迎えるのは、おなじみのシャガール《空飛ぶアトラージュ》です。アイキャッチな作品として展示しました。加えて、展示の伏線に重要なポイントとして最初に置きました。伏線のことはまた後ほど…(「後ほど」が多くてスミマセン)。

マルク・シャガール《空飛ぶアトラージュ》1945年
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さて、「コレクションハイライト」とは、12,000点以上に及ぶ近現代美術のコレクションから、20世紀以降の優品を通年展示する企画です。
場所は、当館2階コレクション室のA室とずっと奥のC室。この離れた2室をゆるやかに結びながら、同時にそれぞれ独立した展示としてもご観覧いただくため、今回注目したのがモナ・ハトゥムの《+と-》です。

モナ・ハトゥム《+と-》1994/2024年
当館ではこの作品を、2024年に、コレクション室の各部屋をつなぐロビーに恒久設置しました。砂時計のような円の中をバーがゆっくりまわり、模様を形づくりながら、一方でそれを掻き消していくサイクルが永遠に続く作品です。その形とタイトルから、陽と陰、創造と破壊、生と死など対になる力が相互に作用しながら巡る理を伝えています。
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展示室A:「花と銃─予測不可能な地球に生きる」
今回、モナ・ハトゥムの《+と-》に通じるコンセプトをもつ作品として、最初の部屋には、インカ・ショニバレCBE《桜を放つ女性》1点だけを展示しました。

インカ・ショニバレCBE《桜を放つ女性》2019年
まるい部屋に入ると目に入るのは、咲き誇る桜とライフル銃を構えた地球儀の頭をもつ女性です。花と銃は、平和と暴力、創造と破壊、生と死を表象していますが、殺傷力のある銃から放たれているのが銃弾ではなく満開の花であることに、希望を感じさせます。
わたしたちは、ある日勃発する戦争で日常が一変し、のどかな翌日には自然の猛威にみまわれるうような、予測不可能な地球に生きています。今回の展示が、混迷する現実を直視しながら、なおも希望を見出そうとした各時代のアーティストの考えを伝え、また、現在に生きるわたしたちが、未来へのビジョンを想い描くうえで一助となるよう願っています。
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展示室C:「マイナスからプラスへ─予測不可能な地球に生きる」
C室では、マイナスのイメージの強い作品群からプラスのイメージが濃い作品群へとストーリーが展開します。
1. 怒りのるつぼ─暴力・矛盾・混沌

右 横山操《熔鉱炉》1956年
左 戸谷成雄《28の死 I》1989-90年
ここは、アーティストが怒りを込めて社会の矛盾や暴力がもたらす混沌や苦悩に向き合った作品群で構成しています。負のイメージを強烈に発する作品を見ると気鬱に感じられるかもしれませんが、各作品に渦巻くエネルギーは圧倒的です。ここでは、横山操《熔鉱炉》や戸谷成雄《28の死 I》のほかに九州派の作品、バスキア、ジム・ダイン、ウォーホル、キーファーなど欧米の錚々たる作家の作品をご覧いただくことができます。
2. 静かなる聖堂─祈りの絵画

右 サルバドール・ダリ《ポルト・リガトの聖母》1950年
中 マーク・ロスコ《無題》1961年
左 ジョアン・ミロ《ゴシック聖堂でオルガン演奏を聞いている踊り子》1945年
次のコーナーにはあえて3点だけを展示しました。
中央にロスコの作品をおいたのは、ロスコが美術を宗教的体験を与えるもので、絵に向き合うことで人は精神的な経験をすると考えていたことによります。まさに祈りのための絵画です。
なお、この部屋は岩窟のイメージでデザインしています。照明も作品が浮き上がるように当てており、ロスコ作品の前には「ロスコチェアー」(勝手に名付けました)も置いています。もし、あなたに何か辛いことがあったら、どうぞこの椅子に座って気持ちを静めてみてください(もちろん懺悔でもOK)。
3. 生命いずるところ─アニシュ・カプーアとオチ・オサムの宇宙

右 オチ・オサム《球の遊泳》1979年、《カラスウリは不思議Ⅰ》1977年
中 アニッシュ・カプーア《虚ろなる母》1989-90年
左 アニッシュ・カプーアの版画 1988年
次のコーナーには、未来への希望を暗示させる作品として、アニシュ・カプーアの彫刻《虚ろなる母》と関連の版画、オチ・オサム《球の遊泳》等を展示しています。子宮や生殖器のようなカプーアの作品も、天体や体内の細胞構造のようなオチの作品も、何かを生み出す宇宙のように見えないでしょうか。
ちなみにこの細長い空間は子宮に通じる産道のように感じられるかもしれません。
4. 共生の明日へ─飛翔・調和・対話

中ハシ克シゲ《Nippon Cha Cha Cha》1993年
最後のコーナーは、「未来へ向かって立ちあがり共に生きる喜びを見出す」というイメージで作品を選びました。やはり最後は明るいプラス気分で鑑賞を終えてほしいからです。
そして、中ハシ克シゲ《Nippon Cha Cha Cha》はここにお引越ししました。外国人であっても日本で文化の担い手として共に生きる人々の存在に光をあててみました。白い空間で、これまでとは違った小錦に出会っていただけます。
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最後に伏線回収。

ザオ・ウーキー(趙無極)《僕らはまだ二人だ-10.3.74》1974年
展示室入口でご覧いただいたシャガール《空飛ぶアトラージュ》は、愛妻ベラを亡くして悲しみに沈んだ画家が再び絵筆をもったときの作品です。鑑賞者はそこから出発して、最愛の妻ガラを聖母に見立てたダリの《ポルトリガドの聖母》を経由し、最後にザオ・ウーキーの《僕らはまだ二人だ-10.3.74》に辿り着くことになります。
ザオもまた、妻の陳美琴を失って制作できなくなりました。この作品は、その深い喪失感から立ち上がった時期のものなのです。ふたつの尾根が果てしなく続くような雄大な自然はダイナミックで清浄。画家の苦悩を浄化するかのようです。「僕らはまだ二人だ」と語るこの絵は、亡き妻への切ない想いに満ち溢れています。
さて、うまく伏線回収できているでしょうか?
全体に通底する「+と-」「花と銃」のストーリーとともに、これら3点のラブストーリーにうなずいていただければ、企画者冥利に尽きます。
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本展の会場は、一年にわたり建築家、デザイナー、照明デザイナーとともに設計し、厳しいスケジュールの中でも丁寧な施工や作品設置を担当してくださった作品展示、施工、照明の各会社のスタッフ皆さんのご尽力で実現いたしました。この場をかりて、厚くお礼を申し上げます。
(近現代美術係長 ラワンチャイクン寿子)
2026年6月24日 09:06
美術館の作品は、一度完成したら、その姿のまま長く残っていく。そんなイメージを持つ方も多いかもしれません。
けれど、その裏側では、作品を未来へつないでいくための地道な調査や修復が続けられています。今回、福岡市美術館では、所蔵作品であるアンゼルム・キーファー《メランコリア》の公開修復を実施します。普段は見ることのできない、修復家が実際に作品と向き合う現場を間近で見られる貴重な機会です。(開催情報については末尾に記載しています。)
作品の基本情報や画像は、本ウェブサイトの作品紹介ページをご覧ください。
今回対象となる《メランコリア》は、1989年に制作された立体作品です。内部は木材とウレタンフォーム、外側は薄い鉛板で覆われています。
しかし2021年、この作品頭部で鉛の一部が膨張・崩壊し、脱落するという損傷が発生しました(図1)。

図1 頭部から鉛板の一部が脱落して出来た穴
調査の結果、原因は作品の外側ではなく内部環境にありました。内部の木材やウレタンフォームから放出された有機酸やホルムアルデヒドといったガスが、長い時間をかけて鉛を腐食させた可能性が高いことが判明したのです。
ただし、原因が分かったからといって、簡単に内部を作り替えることはできません。
現代美術の保存修復では、「元通りに直す」ことだけが正解ではなく、素材や変化そのものが作品コンセプトの根幹を担っている場合もあるからです。
キーファーは、15~16世紀の画家アルブレヒト・デューラー《メランコリアⅠ》や、錬金術の思想に着想を得てこの作品を制作しました。鉛は、金(ゴールド)へ変化していく始まりの金属として古くから特別な意味を持っていました。また、柔軟に変形する能力を持つ一方で、密度が高いためにX線等の放射線から保護できるという特質も、作家が特に鉛に惹かれた理由でした。
つまり作家にとって鉛は作品を制作するうえで重要な構成要素であると同時に、鉛が変成すると作家が知った上で、あえて採用しているため、作品のコンセプトにも着目しなければなりません。そのため修復にあたり、美術館と作家側に確認した上で修復方針を検討しました。
「積極的に修復するのか」「現状を維持するのか」「劣化そのものを受け入れるのか」。
検討の結果、損傷した部分のみを補修し、作品の現在の姿を維持するという考え方を採用しました(図2、3)。

図2 修復中

図3 修復後
そして現在、さらに劣化が進行した鉛板について、追加の修復作業を行うことにしました。
今回の公開修復では、作品の保存と向き合う現場そのものをご覧いただけます。
完成した作品を鑑賞するだけでは見えてこない、「作品は時間とともに変化し、その変化と向き合いながら受け継がれている」という事実。美術館が担うもう一つの活動そのものを、ぜひ鑑賞ください。
【公開修復概要】
日時:令和8年7月7日(火)~7月18日(土)
午前9時30分~午後5時30分
※日曜・休館日を除く
会場:福岡市美術館 2階 近現代美術室C
参加費:無料(コレクション展観覧券が必要)
※修復家の休憩等により、作業を中断する場合があります。
※作業進行状況により、修復家へのお声がけをご遠慮いただく場合があります。
作品を「見る」だけでなく、「守る」現場に出会える期間限定の機会です。ご来館をお待ちしています。
(学芸員 作品保存管理担当 渡抜由季)