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福岡市美術館ブログ

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カテゴリー:コレクション展 近現代美術

コレクション展 近現代美術

女性×衣服に着目する理由

先日、岡山県倉敷市にある倉敷芸術科学大学で開催されたゲリラ・ガールズの展覧会「『F』ワードの再解釈:フェミニズム!」を見てきました。ゲリラ・ガールズは、アメリカを拠点に美術業界における性差別や人種差別を告発する匿名のアーティスト集団。ゲリラ・ガールズの代表作ともいえる《女性がメトロポリタン美術館にはいるには、裸にならなきゃいけないの?》(1989、2005、2012年)は、メトロポリタン美術館の近代美術部門の展示状況を分析し、男女の非対称について告発する作品です。1989年版では「近代美術部門にある作品のうち女性アーティストは5以下しかいないが、描かれたヌードの85%が女性である。」、最新の2012年版は「近代美術部門にある作品のうち女性アーティストは4%しかいないが、描かれたヌードの76%が女性である。」と記されています。

ゲリラ・ガールズにならって、福岡市美術館の近現代美術の常設展示の状況を調べたことがあります。2014年度末、近現代美術室(現:近現代美術室C)内に展示されていた50点(50作家)中、作家の男女比は49:1(2%)、ヌードを描いた/表わした作品は12点、ヌードを描いた/表わした作品中の女性ヌードは12点(100%)でした。数字を出してみるとかなり衝撃的に感じます。

担当ではなかったとはいえ、出品作品についてコメントしてもよかったのかも…と今となっては思います。でも、テーマに合致した作品を選ぶとこうなってしまったこともよくわかるのです。

というのも、当時、約12000点の近現代美術コレクションに占める女性作家の割合は約4%、作品数は約2%だったからです。所蔵品にこれだけの不均衡があると、コレクション展示は所蔵品研究の成果でもあるので、どうしても展示内容にも影響してしまうのです。

あれから5年以上が経ちました。現在2階コレクション展示室で展開している「コレクションハイライト①②」にて展示中の43作家中6作家(13%)が女性であることからわかるとおり、非対称であることには違いないけれど、リニューアル前と比較すると徐々にわたしたちの意識も、状況も変わってきています。所蔵品にも、女性美術家の作品が毎年加わっています。今年度末発行予定の『研究紀要』では、福岡市美術館の活動をフェミニズムの観点から振り返り、2020年の最新状況を交えて報告しようと、ただいま準備しているところです。完成したら、ぜひご一読いただきたく思います。

さて、近現代美術室Bで開催中(12月27日まで)の「纏うわたし、見るわたし――やなぎみわとリサ・ミルロイ」は、女性アーティスト2人の当館所蔵作品を全点展示している展覧会です。展覧会を企画する動機はひとつではありませんが、背景には上記のような視点もありました。本展では女性の美術家による、着衣姿の女性あるいは衣服を表わした作品が並んでいるのです。

〔念のため付け加えておくと、ここで問題としたいのはあくまでも美術館の展示・所蔵作品における男女の不均衡であって、生物学的性の観点からなんらかの判断をくだそうとするものではありません。『フェミニズムはみんなのもの』(堀田碧訳、エトセトラブックス、2020年復刊)でベル・フックスはフェミニズムを次のように定義しています。「フェミニズムは、ひと言で言うなら、『性差別をなくし、性差別的な搾取や抑圧をなくす運動』のことだ」。問題は「差別」であり、それを生む構造です。〕

(学芸員 近現代美術担当 正路佐知子)

コレクション展 近現代美術

自分でも描けそう、と思いきや

現在、コレクション展示室 近現代美術Aでは、『抽象と具象のあいだ-甲斐巳八郎を中心に』を開催中です。水墨画家・甲斐巳八郎(1903-1979)の新収蔵作品を中心に、彼の作品の特徴を紐解く様々なジャンルの作品を展示しています。

先日、展示をご覧になった方から、「甲斐の絵はうちの子でも描けるかも」と言われました。展示を通じて自分も何か作ろうという気持ちになっていただけたなら、ありがたいことですが、思わず「自分でも描けそう」と感じてしまう甲斐の作品の要素とは、いったい何なのでしょうか。

もしかすると、「フリーハンドの線」がその要因でしょうか?甲斐は学校で日本画の基礎的な訓練を積んでいますが、いわゆる日本画としてイメージしやすいのびやかで端正な輪郭線とは無縁で、いびつな線を引きます。

今回展示している中で、線が特に際立っているのが《題不詳(らくだ)》。

筆者は、この作品を一目見たときからこの線の引きかたが気になっていました。最初に思い浮かんだのは、画家の松本竣介が息子の鉛筆画に基づいて制作された油彩でした。手の可動域の限界と闘いながらおっかなびっくりマーキングしていくような線の引き方か…?しかしよく観察してみると、小さく波打っていて、筆の勢いに緩急があり、いびつでありながら、妙に緻密なのです。

この線は、どうやって生まれたのでしょう?

甲斐巳八郎の線の系譜の一つに、甲斐が青年期に出会ったジョージ・グロスのペン画が挙げられます。1930年、甲斐は中国東北部(旧満州)に渡り、翌年から現地で働き始めます。満州鉄道社員会の報道部に所属し、機関誌『協和』に挿画とルポルタージュ記事を執筆する仕事をしていました。このとき、甲斐はグロスの絵を目にしていました。

「グロッスがすごく勉強になりました。それに、グロッスの日本での紹介者である柳瀬正夢(故人、福岡県出身)となかよしになりまして、彼が満州に来た時、話がはずみましてね。線がとてもハイカラですよ(…)これらの人たちは、気の弱い庶民的な物への愛情がはっきり出てますね。」(註1)

グロスは、第一次世界大戦後の社会の荒廃を生々しく伝えるルポルタージュを手掛けていました。日本では1929年に柳瀬正夢が画集を刊行し、紹介しています。掲載図版と甲斐の満州時代の絵を並べてみると、影響関係が一目瞭然です。

左:甲斐巳八郎《碧山荘 午後四時》『協和』第40号1930年、12月15日発行 /右:ジョージ・グロス(題不詳)1925年(柳瀬正夢『無産階級の画家、ゲオルゲ・グロッス』1929年、鐵塔書院、p49所収)

労働者を描いたこの2点は、くたびれた人々の姿勢や表情、荒廃した街並みを捉えている点で共通しています。抑揚のある線の質感までもが似ています。

甲斐は1940年代に満州国美術展覧会の審査員になるなど、画家として着実に評価を上げていきます。「満州という環境が育てた作家」とも言われますが(註2)、この時代に日本人画家として満州で評価を受けることは、植民地政策に加担することと背中合わせでもありました。時には描いた絵の内容を満鉄に叱られながら、甲斐はグロスの絵を参照しつつ、満州の人々と暮らしを観察し描き続けていたのです。

さて、改めて《題不詳(らくだ)》の細部に目を移してみると、ぼんやりとグロスのエッセンスが感じられないでしょうか?ラクダのあごのライン、ラクダ使いの横顔の輪郭は、働く人々の険しい表情と重なって見えます。

水墨画を描く理由を尋ねられたとき、晩年の甲斐は「大きくて単純なものの方が多彩で複雑な物より深味があって面白い。」(註3)と言いました。フリーハンドの線にもまた、単純ながら彼の画家としての深味が秘められているのではないでしょうか。

(おまけ)

実は甲斐の作品は、老舗和菓子店・石村萬盛堂の湯飲みや喫茶店「ばんじろ」のロゴマーク、福岡歯科大学の壁画など、福岡市内のいろいろな場所で見られます。先日、「ばんじろ」の関係者の方からマッチを頂きました。ここにもフリーハンドのチャーミングな線が!

「ばんじろ」のマッチ。鹿にのっている人物は、店主がモデルだそう。

(学芸員 近現代美術担当 忠あゆみ )

註1「九州の顔〈151〉甲斐巳八郎 根っからの“自由人”の画境」フクニチ新聞、1971年6月9日
註2「東京・ソウル・台北・長春-官展にみる近代美術」展図録、府中市美術館、2014年
註3「人物新地図(226)日本画・版画」朝日新聞、1971年1月

コレクション展 近現代美術

菊畑茂久馬さんを偲んで(3・完結編)

2011年1月。私はニューヨーク近代美術館(MoMA)のアーカイブ(資料室)で、ある展覧会に関する資料を調査していました。かつて菊畑さんが《ルーレット》3点を出品した「The New Japanese Painting and Sculpture(新しい日本の絵画と彫刻)」(以下、NJPS展)。前回のエッセイで触れた、菊畑さんの記念すべき米国デビューの展覧会です。

なぜ調べようと思ったのかといえば、この時の出品作品である《ルーレット》3点のうち1点が所在不明だったからです(ちなみに、3点のうちの1点はMoMA所蔵。もう1点はロックフェラー3世夫人の所蔵を経て、現在大阪中之島美術館所蔵)。MoMAのアーカイブの充実ぶりは有名で、しかも事前に資料調査の申し込みをすれば閲覧も可能です。私は、かつてここに在籍したリーバーマンが遺した展覧会資料を調査して、捜索対象である作品の所蔵先をつかもうとしたのです。

結果から言えば、行方不明の《ルーレット》の所在は結局わからずじまいだったのですが、別のことがわかりました。NJPS展のために、日本から送られた菊畑作品は3点ではなく4点で、しかも、そのうち出品されることのなかった1点は企画者であったリーバーマンが個人で購入・所蔵し、NJPS展に出品されることはなかったのです。ちなみに、リーバーマンほかMoMAのキュレーターたちも、出品作家の作品を購入していました(ちょっと今だと考えられない所業ですね。。。)

ではリーバーマンが所蔵していた《ルーレット》はどんな作品で、それはどうなったのか? リーバーマンはメトロポリタン美術館にも在籍していたので、実は、メトロポリタン美術館にも問い合わせてみましたが確たる情報は得られず。資料に記されたサイズと、米国側がつけたと思しき「Hero」(ヒーロー)というニックネームから推察して目星は付けることができましたが、結局ここまでで時間切れ。7月開幕の回顧展では、上記のことを図録と展示に反映させました。

こうした調査結果を帰国後にお伝えしたところ、驚くことに、この辺の経緯は、当の菊畑さんはまったく知らなかったそうです。そもそも、MoMAとの交渉役となったのが、当時、菊畑さんを若手作家として売り出していた南画廊ですが、事の詳細を菊畑さんにほとんど伝えていなかったようです。ニューヨーク~東京~福岡、の距離感は、ネット社会となった現在と1960年代とではあまりにかけ離れています。国際舞台から遠く隔たった地で、菊畑さんは一切を知らないまま、炭鉱画家・山本作兵衛の作品と人柄にのめりこんでいっていきました。いや、知ってたとしても、きっと菊畑さんはそうした「メジャー」な動向には背を向けていたことでしょう。

さて回顧展が無事終了してほっと一息ついたところ、(なぜか)ふと気になって、私は「Mokuma Kikuhata」でネット検索をしてみました。すると、あるオークションサイトに、リーバーマンが所蔵していたものと推察される《ルーレット》が掲載されているのを発見してしまいました! しかし残念ながらその時点ではもう落札済み。残念であると同時に、所在が確認され、少し安心。そのうちどこかの美術館か個人に所蔵されるかもしれないな…と思っていた矢先の2011年末。福岡市のあるギャラリーから電話がかかりました。「《ルーレット》の情報があるっちゃけどあんたのとこで買わん?」。え、その《ルーレット》ってもしかして? 作品写真を送ってもらったところ、ずばり、私が推測した通りのもの、つまり、リーバーマンがかつて所蔵し、ネットオークションで落札されたあの作品でした。それからいろいろ経緯あり、2012年度の新収蔵品として、かつて「Hero」とよばれた《ルーレット》は、当館の所蔵となりました。菊畑さんは、この作品の約50年ぶりの「里帰り」をことのほか喜んでおりました。リーバーマンさん、菊畑さんには「よろしく」伝えましたよ。いやーしかし、気が付けばあれから18年、結構時間かかりましたね…。

現在、本作品は、当館の近現代美術室Cにて、アメリカの美術家ラウシェンバーグとニーヴェルスンの間に展示されています。9月1日から近現代美術室Bにて「菊畑茂久馬:『絵画』の世界」も始まりますので、一緒にご覧いただくこともできます。菊畑さんの長年の功績とともに、日米をまたにかけた作家とキュレーターの、実にわずかで、しかし深い絆の証も、ぜひ、見てください!

かつて、リーバーマンが所有していた《ルーレット》。
「Hero」という副題名をつけられていたが、ずいぶんと痩せている。
頭部に見立てられたドーム状の物体は、旧日本兵のヘルメット。

■ブログ「菊畑茂久馬さんを偲んで(1)」
https://www.fukuoka-art-museum.jp/blog/11324/

■ブログ「菊畑茂久馬さんを偲んで(2)」
https://www.fukuoka-art-museum.jp/blog/11751/

(学芸係長 近現代美術担当 山口洋三 )

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