2026年5月27日 09:05
5月16日、ミュージアムホールで、現在開催中の「小磯良平展 幻の名作《日本髪の娘》」展(~6月21日)の記念講演会「幻の名作《日本髪の娘》との出会い」を開催しました。講師は、岡泰正先生(神戸市立小磯記念美術館 顧問)です。
長年にわたる作品研究に基づき、小磯良平の生きざま、出品作品の見どころ、そして、この度の展覧会の目玉作品《日本髪の娘》をめぐるエピソードを教えていただきました。時おりジョークを交えてお話しされる姿に、会場からも笑いや感嘆の声が上がり、楽しい講演会となりました。
今回のブログでは、担当者が印象深く感じたエピソードの一部をご紹介します。

講演会場の様子
小磯を巡るファミリーヒストリー
小磯良平(1903-1988)は、兵庫県・神戸の旧三田(さんだ)藩の会計書記係の家系で、明治大正期に神戸居留地の貿易商に勤めていた岸上家の下に生まれました。この三田藩は、とても先進的な藩として知られ、英語学習もいち早く取り入れていたといいます。小磯の実母である岸上こまつ、養母である小磯英はいずれも神戸英和女学校(現・神戸女学院)の卒業生で、クリスチャンでもありました。また、国際的な文化人として知られる白洲次郎(妻、白洲正子)も三田藩儒者の家柄であり、三田藩の菩提寺・心月院に葬られています。
岡先生が実際に現地を歩いて撮影された写真をご紹介いただくことで、土地勘のない私にも、神戸が古くから様々な文化の混ざりあう場所であったことを知ることができました。小磯は神戸に生まれ育ったからこそ、和洋折衷、コスモポリタンな感性をはぐくみ、制作することができたのです。
物質感を見る
小磯は、単なる写実にとどまらず、油彩画という表現を追求していました。講演では初期作品から主に1930年代にかけての図版をたっぷりとご紹介いただきました。
フランス留学中に描いた《ブルターニュ・ソーゾン港》(1929年)のような初期作品には、ラウル・デュフィ等に代表されるフォーヴィスム(野獣派)の流れとシンクロするような勢いあるタッチが見られます。岡先生はこれを絵の具の「物質感」と呼んでいました。
写実的で正確なデッサン、肌・布・髪の質感の繊細な描き分けが小磯の特徴ですが、よく見れば、絵具の乗り方や筆運びには写実を超えたものが感じられます。彩色の物質感を目で追っていくことで、時代ごとに変化する小磯の野心や、描くことにかける情熱が伝わっていきます。筆のスピード感と、「物質感」を見る鑑賞法、おすすめです!

ブルターニュ・ソーゾン港1929年 神戸市立小磯記念美術館蔵
イメージソース
《日本髪の娘》は、画面の真正面を見つめ返す記念写真的な構図ではなく、画面左に体を傾け、ふっと、視線を画面左手にそらしています。スナップショット的な構図です。このことによって、この絵のモデル(上田種子さんといいます)の持っている気品・アトリエのモダンな空気が伝わってくるのです。(このかつらを脱いで、早く街に買い物にでも行きたいわ…)という心の声をアテレコするのもありでしょう。
岡先生は、この構図に影響を与えたものとして、エドガー・ドガの作品もご紹介いただきました。《アプサント酒を飲む人(カフェにて)》《ディエゴ・マルテッリの肖像》など、エドガー・ドガは、当時普及し始めた写真に触発されてこうした作品を描いたといいます。小磯は、ドガに学び、空気までも描きこむ人物像に到達していたのです。
《日本髪の娘》との出会い
所蔵館である韓国国立中央博物館での調査時のお話も伺いました。2020年の調査まで、岡先生は《日本髪の娘》の実作品を見る機会がなかったそうで、複製でしか知らなかった作品と対面したときの喜びはいかばかりだったでしょう。貴重な現場の写真を投影しながら、その際のことを教えていただきました。
実際に作品を前にし、岡先生は、「日本髪の娘の顔立ちが《着物の女》と同じであること」、「《踊り子》と額縁が同じであること」に気づかれたといいます。《日本髪の娘》と《踊り子》のこの2点は、どちらも1935年の第二部会展の出品作で、日本髪の娘が李王家美術館に収蔵されたことで、時代の流れの中で離れ離れになっていました。しかしながら、二つの作品のつながりはとぎれてはいなかったのです。
会場では、この2点が90年ぶりの再会を果たしていますので、是非ご覧ください!

会場風景:《踊り子》と《日本髪の娘》の再会です!
「日本髪の娘」のモデル、上田種子の写真との出会い
先ほど述べたように、《日本髪の娘》は上田種子さんという女性をモデルに描かれました。
上田種子は、公選の神戸市議会議長・上田實の娘で、小磯のもとに絵を習いに来ていた生徒でもありました。関西の美術展や全国規模の美術展に入選するほど洋画制作に真剣に取り組んでおり、会場では彼女の手腕が見て取れるスケッチブックもご覧いただけます。
岡先生は、小磯の「指向性」という言葉を用いながら、上田種子の姿が小磯にとって理想的なモデルであったこと、彼女をモデルとした作品が複数存在することを紹介されました。
今回、上田種子さんのお姉様のご親族と岡先生とのご縁により、若き日の上田種子さんが、和服を着て立つ姿をとらえた写真が会場で初公開されました。その姿はまるで小磯作品から抜け出してきたかのようで、「上田種子の存在が小磯の和装婦人像を生み出したのだ」と思わずにはいられませんでした。
こちらも、《日本髪の娘》との出会いをテーマとする講演会にふさわしい、心に残るエピソードでした。上田種子さんのお姉様は福岡にお住まいだったとのことで、福岡と小磯とをつなぐ縁があったのだ、と感慨深く思いました。

会場に並ぶ、上田種子がモデルと考えられる《洋和服の二人》(神戸市立小磯記念美術館蔵)《和服の婦人像》(姫路市立美術館蔵)《着物の女》(神戸市立小磯記念美術館蔵)

このたび見出された振り袖姿の上田種子さんの初公開写真 個人蔵
「アヒルの水かき」
岡先生の講演中で印象的だった言葉に、「アヒルの水かき」という表現があります。 ためらいなく線を引き、一発で決めることができたように「まわりには見えた」小磯ですが、その制作の裏には人知れぬ努力の積み重ねがあったという意味です。うまくいかないデッサンもあったのです。
小磯作品の美しさの奥にある絵画への熱意や人間ドラマ、努力する天才=水かき、の部分を知ると、作品を見る楽しみはいっそう増しますね。
「小磯良平展―幻の名作《日本髪の娘》」の会期はあと1か月を切りました。ぜひお見逃し無いようお越しください。
忠あゆみ(近現代美術係)
2026年5月6日 09:05
2022年から始まった福岡アートアワードについて、ついに昨年度で4回目を迎えました。51名の応募の中から、市長賞は宮本華子さん、優秀賞が谷澤紗和子さん、川辺ナホさん、平野薫さんの4名が選ばれ、偶然にも全員女性という結果となりました。

授賞式の様子(左から順に、谷澤紗和子さん、宮本華子さん、高島市長、川辺ナホさん、平野薫さん)
第4回福岡アートアワード受賞作品展が3月28日(土)から始まり、初日に開催した授賞式において、受賞者の方々の記念挨拶をいただきました。その挨拶文を作家許諾の上掲載いたします。
宮本華子氏(市長賞)

宮本 華子《在る家の日常》(2024年/インスタレーション)
本日は、お忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます。本作「在る家の日常」は、個人的に非常に大切な作品です。
相容れない家族という他者と、向き合うために制作を続けてきました。近年、両親よりも長く一緒に暮らした祖父母を家から見送りました。彼らの老いていく姿と、終わりは私にはとても悲しく、同時にとても美しく見えました。「在る家の日常」は、何処にでもある家の出来事を「家」を作ることで形にした作品です。
祖父母は大正 11・12 年生まれでした。 2 人は私にとって安心できる「家」 という存在を与えてくれた存在でした。 祖父母は彼らの時代の出来事をあまり語らない人たちでした。ただ彼らが、今在る日常を大切にして、人を大事にして生きていることは、一緒に暮らす中で感じていました。人は一人では生きていないのだと、誰かの手に助けられながら、生きているのだと 2 人は知っていたんだと思います。
この作品を作るために沢山の人が手を貸してくれました。それらの人たちは、今では大切な友達になりました。私は広い世界を知りません。 直ぐに自分のことで手一杯になります。目の前のことしか見えていないことが多いです。ただ友達になった人には、強く関心を持ちます。その人が過ごす土地にも興味を抱きます。4月から、母校の女子美術大学のプログラムでパリに 1 年間滞在します。大学の恩師である高間夏樹先生に「平和外交」が出来るねと言っていただき勇気が湧きました。祖父母が大切にしていたとを私も大切にしたいと思います。
最後にこの作品が地元九州の美術館・福岡市美術館に収蔵されることが本当に嬉しく、 心から有難く、ほっとしています。この作品は観た通り、家なので大きいです。家は家の中に置くには大き過ぎました。とても困っていました。そんな状況を知って、福岡アートアワードに応募することを助言し、そのために協力してくれた九州の大人たちに心から感謝しています。この作品に関わってくれた全てのみなさま、そしてこれから作品を観て下さるみなさま、本当にありがとうございます。在る家の日常を楽しんでいただけたら幸いです。
谷澤紗和子氏(優秀賞)
-scaled.jpg)
谷澤 紗和子《お喋りの効能》(2025年/切紙)
こんにちは、谷澤紗和子です。
本日はこのような賞をいただき、ありがとうございます。
近年、異性愛男性中心的な美術の構造を問い直し、女性や多様なバックグラウンドをもつ芸術家の再評価が世界中で進められています。福岡市美術館は、日本において早い段階から収蔵作品における女性作家の作品調査を行い、その再評価の視点を明確に打ち出してきた先駆的な美術館です。
そのような視点のもとで築かれてきたコレクションに、自作を加えていただくことを大変光栄に思います。
今回の受賞作の制作発表にあたりお力を貸してくださった皆さま、そして、女性の表現が十分に評価されることのなかった時代から、その歴史を丁寧に掘り起こす研究に携わられてきた方々に、心より感謝申し上げます。
かつての日本では、権力に迎合することでしか表現の場を持ち得なかった時代がありました。とりわけ女性にとっては、自らの声を社会の中で言葉やかたちにすること自体が難しい歴史がありました。
そうした歴史を思うとき、いま私がこの場に立ち、自分の思いを表現できていることに深い幸せを感じています。
表現者が自らの声を率直に届けられる世界は、決して当たり前のものではありません。
「表現の自由」が強い力によって脅かされることのない社会が、社会に参加する人々の力によって守られていくことを、切に願っています。
本日はどうもありがとうございました。
川辺ナホ氏(優秀賞)
.jpg)
川辺 ナホ《樂園を探して(-Et in Arcadia Ego)》(2024年/インスタレーション)
この度は、第4回福岡アートアワードにおいて《樂園を探して(-Et in Arcadia Ego)》の優秀賞をいただきありがとうございます。以前より、その活動を追い、素晴らしい作品を作られていると感じていた作家の皆様と、一緒にこの賞をいただけたことを、本当に光栄に思っております。
この作品で福岡の賞をいただけたこと、私はとても特別で嬉しく思います。というのも、本作は2023年度に福岡アジア美術館でのレジデンスの機会に制作したものであり、インスタレーションに使っている石炭とシャモットは、福岡の地理と自然があってこそ形成されたものだからです。そしてまた、制作プロセスそのものが福岡の町で育った1980年代の記憶を、自分自身が改めて辿り直すような体験でもありました。この作品では、福岡の炭鉱の歴史とカーボンナノチューブの研究が、異なる時代でありながらも炭のリサーチを軸としてつながっています。かつて炭鉱はエネルギーとして社会を支え、現在では原子から人工的に生成される新素材が未来の技術として研究されています。かつて、当時、そして今も語られる技術革新がもたらす豊かな生活や輝かしい未来。未来がしばしばユートピアとして語られますが、私たちが生きている現在もまた、先人たち、そしてかつての私たち自身にとっての未来です。ではその中で私たちはどのような今を生きているのか、そしてこの社会や情勢の中でどのように生きていきたいのか。その問いを自分自身にも問いかけています。本作の制作にあたり、本当に多くの方に支えていただきました。たくさんの話を聞かせていただき、またそのコーディネートや制作にはレジデンス事業の皆様、技術協力の皆様、インストールチームの皆様のご尽力がありました。この場を借りて関係者の皆様に感謝申し上げます。
今日は本当にありがとうございました。
平野薫氏(優秀賞)
》(2025年/インスタレーション作品).jpg)
平野 薫《空の衣服(untitled -war kimono-)》(2025年/インスタレーション)
こんにちは、平野薫です。この度はこのような賞をいただき、大変嬉しく思っております。
私は誰かが使ったものに残る気配に着目して制作をしています。これまでは主に布に残る気配に注目して古着などの布を一本ずつほどき、それらを結び、繋ぎ合わせていくという方法で制作してきました。25年の間、その方法を用いて制作をしてきましたが、私は長崎の生まれでありながら、九州での発表の機会がなく、去年初めて福岡のエウレカで発表することができました。九州での初めての展覧会のために制作した作品が、このような賞をいただけたことに大変光栄に思っております。今後は福岡をはじめ、実家の長崎、そして広く九州での活動を視野に入れながら制作を続けていきたいと思っております。
今回、福岡での展覧会の機会をくださったエウレカの牧野さんをはじめ、この賞にかかわるすべての皆様と、これまで私の活動を支えてくださった方々に心より感謝を述べたいと思います。ありがとうございます。
選考委員のコメントや作家による作品の説明等はリーフレットにも掲載しています。
https://www.fukuoka-art-museum.jp/uploads/list_the4th_Fukuoka_art_award.pdf
授賞作品はどれも本当に素晴らしいもので、改めて収蔵することの責任を強く感じるものでした。美術館としてしっかり保存・活用していきます。
受賞者のみなさま、選考委員のみなさま、また応募していただいたすべてのアーティストのみなさま、また関わっていただいたすべての方々に感謝申し上げます。
(学芸員 作品保存管理担当 渡抜由季)
2026年3月25日 09:03
当館の目玉作品の一つであるサルバドール・ダリ《ポルト・リガトの聖母》。昨年の9月から、スペインのフィゲラスにあるダリ劇場美術館での展覧会「The Madonna of Portlligat. An Oneiric Explosion」に貸出されていました。展覧会タイトルが示すように、この作品のための展覧会だったので、1部屋に本作1点という贅沢な空間が作られていました。今回はその作品撤去で、クーリエとして行った際のことをお話しようと思います。クーリエは、他の美術館に作品を貸し出す際に作品の輸送や展示に立ち合い、作品の状態をチェック・管理する業務です。
いざ、スペインへ
展覧会が2月22日までで、翌日23日に撤去だったので、私は21日にフランクフルト空港経由でバルセロナに向かいました。初のヨーロッパで、しかも海外に1人で行くのは初めて!ということで、スリ対策も万全にして出発しました。
スペインには、現地時間の21日夜11時過ぎに到着し、22日の午後、バルセロナサンツ駅から高速鉄道でフィゲラスへ向かいました。1時間ほどで着く距離です。日本の新幹線や鉄道などに慣れていると驚いたことが、出発するホームが直前まで分からないこと!待合スペースで掲示板を見ながらホームが表示されるのを待ちました。ところで、列車で移動中、スーパーらしき建物の裏に羊の群れがいるのを見たのですが、あれは何だったのでしょう…。スーパーで飼育しているのかな。
ダリ劇場美術館は、ダリの故郷フィゲラスに建てられた美術館ですが、故郷のために作品一点を作ってほしいと言われたダリが、一点どころか美術館をまるごと作ってしまったのでした。もともとは劇場があり、その建物でダリの最初の展覧会が開催されたそうです。美術館のある方向に向かって行くと、あ、あれか!とすぐにわかる外観です。赤い外壁にパンのオブジェがびっしり付いていて、屋根には卵が並んでいます。奇抜な外観に惹かれて皆さん写真を撮っていました。

館内には様々な部屋があり、ダリや交流のあった作家たちの作品が展示されていました。そのうちの一部屋には、ダリの遺体が眠っているとのこと。暗く静謐な空間でした。
2階の窓から作品を下ろす!
フィゲラスに着いた翌日の朝、美術館に集合し、関係者に挨拶をした後、作品の撤去を始めました。まず、作品の前に設置された台座を解体し、作品を壁から下ろして、横向きにして壁に立てかけます。作品が大きいため、その状態で点検を行いました。ダリ劇場美術館の保存管理担当の方と、9月に展示されたときの作品の状態の記録と照らし合わせながら変化がないかを確認しました。
その後、作品を入れる木箱を搬入したのですが、エレベーターに入らない大きさであったため、中庭に面した2階の窓から入れていました。作品を展示するときも同じ経路で搬入していました。ベランダがあり、柵もあったのですが、その柵を一部切って通路を確保していました。また、その窓の近くにはダリが植えた植物が伸びているため、その植物が傷まないよう保護しつつ、搬入するという工夫もされていました。

木枠で植物を押し上げて木箱が当たらないようにしています。

木箱を入れるためには、あと2,3㎝高さが足りないということで、窓の下の部分も切ったそうです。
梱包材で作品を包んだあと、木箱に入れ、周囲をウレタンで保護します。さらに輸送中の温湿度を記録する機械も一緒に入れています。作品が戻ってきたときに状態に変化(画面が割れているなど)があった場合、その原因が何なのかを調べるために入れています。

その後、作品を2階からクレーンで下ろし、台車に乗せてトラックまで運びました。

かなり大がかりですが、携わった人たちの丁寧で素早い作業によって、作品が載ったトラックが無事に出発できました。ちなみに、美術館の方から聞いた話では、当時ちょうど美術館の前の道の工事が行われていたのですが、作品を搬出するルートだけは早く完了してほしいとお願いして、撤去の2日前に終えてもらったのだとか。様々な人の協力を実感した出来事でした。

きれいな道を通って搬出できました。
余談ですが…
休憩時間には、できるだけ他の美術館を見て回り、展示の工夫や作品のレイアウトなど、色々な学びを得ました。また、本場ということで楽しみにしていたチュロスを食べました!さすが本場、サクサクでおいしかったです。

チュロスの写真じゃないのかいという声が聞こえてきそうですが、バルセロナの
街中で見かけた、高さ150㎝くらいあるゴミ箱の大きさに驚いて思わず写真を撮りました。

帰りの飛行機から見えた雪山(イタリアのベルガモ付近)の美しさにうっとりしつつ、ひとまず作品を無事に撤去するという業務を終えられたことに安堵して帰路に着きました。
次は夏に展示します
その後当館に戻ってきたダリ作品に問題はなく、現在収蔵庫で休憩中です。久しぶりの収蔵庫で、仲間たちに、故郷はどうだった?と聞かれているかもしれません。
次は2026年7月4日からのコレクションハイライトで展示されます(9月からは別の美術館に貸出されます)ので、ぜひ会いにきてくださいね。
花田珠可子(近現代美術係)