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コレクション展 近現代美術

時間をかけて見つめよう

1970年代末から90年代にかけて多くの作品を手掛けた渡辺千尋(1944-2009)のエングレーヴィング作品を近現代美術室Bで展示中です。

エングレーヴィングは、ビュランと呼ばれる鉄の刃物を用いて銅の板に細かな溝をつけ、インクを詰めて刷る凹版の一種です。日本の紙幣も用いられている、慎重さと集中力が必要な技法を駆使した渡辺千尋作品。「超絶技巧」の絵画とも言えますが、それだけで片付けられるものではありません。例えば、《風の遺跡》という作品。遺跡のような構造物のなかに無数の線が引かれており、よく見ると人間の体や植物の様々な形が浮かび上がってきます。私はこの作品にこちらを向いている顔を見つけたとき、時を超え、作家と目が合ったような感触を得ました!緻密に作りこまれた渡辺の作品は、息をひそめて見つめられるのを待っているかのようです。

 

左:会場内にはルーペを置いています 右:展示風景

渡辺作品は時間をかけて見つめることでより深い意味を読み取ることができるのですが、実は「見ることを通した作家との対話」は彼の文筆活動にも通じる姿勢です。

『殉教(マルチル)の刻印』(2001年)は故郷である長崎県南高来郡有家町に伝わるキリシタン銅版画《セビリアの聖母》を復刻した際の経緯を綴ったルポルタージュです。《セビリアの聖母》は、日本で初めて制作された銅版画の一つで、1597年に26人がキリシタン弾圧によって殉教したその年に彫られたものです。渡辺氏は、制作の背景を理解するために26聖人のたどった京都から長崎・西坂までの道のりを徒歩で踏破し(!)、その後に模刻を行います。作業をする過程で、渡辺氏はイメージのもとになったスペインにある壁画や、中国に伝わる別のバージョンの版画にあったはずの鳩が消えていることを発見し、ここから、キリシタンであった作者がある心境の変化を迎え、手を加えたことを推察します。渡辺氏は、あくまで銅版画家の一意見だ、として、自身の考察が適当かどうかは保留していますが、真摯に作品を見ることで導き出した解釈には説得力が宿っています。

渡辺千尋『殉教(マルチル)の刻印』小学館、2001年

展示室で、「この作品のメッセ―ジは何ですか?」と聞かれることがあり、自分もまた、1つの正解を探すようにしてものを見てしまうときがあります。「作品の解釈は無限に開かれていて、答えは無限!」とは思わないのですが、まずは目の前の作品をじっくりと見て、それが発するものを受け止めることが第一歩なのでした。渡辺千尋作品はそんな姿勢を改めて教えてくれます。

渡辺千尋展は、4月19日(日)までです。是非お見逃しなく。

(学芸員 近現代美術担当 忠あゆみ)

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