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コレクション展 古美術

悪夢の展示替え

ある日の古美術展示室。
独立展示ケースに飾っている壺を、展示替えする日です。
いつも一緒に作業をする相棒の学芸員は、この日は居ません。ひとりきりの作業です。

展示ケースの扉を開けます。
壺は高さ30センチ程で、豊満な器体には華やかな色絵が施されています。重要文化財に指定されていて、当館の古美術コレクションを代表する一品です。

壺は、転倒防止のために掛けられた6号の太いテグスでしっかり固定されています。壺の首まわりをぐるりと締めるテグスは、そこから四方へ、肩を押さえながら斜め下へまっすぐ伸びて、展示台に打ち付けられた4つのピンに、しっかり巻き付けられています。まずは、このテグスを外さなければなりません。

ハサミでチョキン!

あれ?切れない…おかしいな。

じゃあ、カッターで、シュッ!

あれれ?切れない…なんでかいな。

しかたがない、ピンごと抜いちゃおう。

ラジオペンチでピンの頭をグイッと引っ張る。

…スポン、…スポン、…スポン、…ググッ!

くそ~、最後の一本が抜けないな。もっと力を入れて引かないと。

グググググ~、スポン!

「よし、抜けた!」と喜んだ刹那、私は勢いあまって後ろに倒れ、尻もちをついてしまいました。しかも右手は、ピンを掴んだラジオペンチを強く握りしめたまま。

美しい壺は、首をテグスに引っ張られて横転し、一瞬宙を舞って、スローモーションで私の方へ落ちてきます。まるでリードを引かれたセレブ犬が飼い主の胸に飛び込んでくるように。
「恒、落ち着け!ゆっくり落ちてきているから、両手と胸でキャッチすれば大丈夫。」と自分に言い聞かせる。しかし、腕が動かない!金縛りにあったみたいに。

壺は、私の胸に当たって跳ね返り、床に落ちてゆきます。
目を背けます。そして聞くに堪えない破裂音が。

ついにやってしまった…。収蔵品を、市民、国民の財産を!

上司に伝えなければ。

走って事務室に戻りますが、足が思うように動きません。

やっと事務室に着きましたが、誰もいません。

隣の課をのぞきますが、誰もいません。

警備員さんもいません。

とりあえず、文化庁に電話しなければ。

しかし、電話機がない。部屋中どこを探しても見つかりません。

じゃあスマホで…うわっ、バッテリーが切れとる!

どうしよう、どうしよう…

取り乱し、誰もいない館内を彷徨している最中に、目が覚めました。

*   *   *

以上、先月の寝苦しい夜に見た夢の内容を、記憶する限り描写しました。当館に奉職して17年、年に1、2回は見てしまう悪夢です。大体は、ハードな展示替え作業日が近づいた頃に見るように思います。

同業者にこの話をすると、同じように収蔵品を壊してしまう夢を見るという人は少なくありません。「学芸員あるある」の一つのようです。

この夢も最初の頃は、壺を持つ手をすべらせたとか、壺の口を握ったらパカッと割れたとかで、青ざめた瞬間に目が覚めるというシンプルなストーリーでした。同じ夢が続くと「あ、これ、あの夢だな」と夢の中で気づくようになります。そうすると、夢も次は私に気づかれまいと、ストーリーをアレンジしてくるのです。しかも回を重ねるごとに演出が細かく、しかもドラマティックになってきています。テグスを介して壺を落下させるなんて、なんとも巧妙な仕掛けではありませんか。

壺が、昔飼っていた愛犬の姿に変身したこともあります(日頃テグスで固定された壺をみていて、無意識のうちに、リードに繋がれる犬を連想していたのでしょう)。無人の館内を半泣き状態でさまよい歩く絶望的な時間も、どんどん長くなっているように思います。

目覚めるたびに、もう二度と見ませんように!と願いますが、しかし、この夢には感謝をしなければなりません。
「初心不可忘」の意識を、都度新たにしてくれるからです。

次の展示替え作業は、8月31日です。

(主任学芸主事 古美術担当 後藤 恒)

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