2026年10月21日 16:10
こんにちは 岩永です。お久しぶりです。今年の4月に福岡市美術館を離れて、福岡アジア美術館の館長専任となりました。ので、このブログからもフェイドアウトしておりましたが、監修をした展覧会である「カルン・タカール・コレクション インド更紗 世界をめぐる物語」(〜2026年12月20日)がオープンし、その魅力を伝える機会をいただきました。
今回は、染織のコレクターとして世界的に著名なカルン・タカールさんのコレクションを日本で初めて紹介する展覧会で、昨年の東京ステーションギャラリーでの展示を皮切りに、日本全国6会場を巡回します。
カルンさんは、インドにルーツを持ち、若い頃から染織をはじめとする工芸品を収集してこられました。そして、ご自身のコレクションを一人で楽しむことをよしとせず、できるだけ多くの人とシェアしたいと考えておられます。日本の染織文化に深い関心を寄せてこられたカルンさんは、日本でのコレクションの紹介を大変喜んでおられました。

会場風景 第2章には、東南アジアに輸出された大型の作品が並んでいます。
今回の展示については、カルンさんと事前に話し合い、インド更紗を愛し、求めた、世界の様々な「地域」に着目して展覧会を構成することにしました。第1章ではインド地域で求められた更紗を展示しています。そのほとんどが世界に類品のない、貴重な作品ばかりです。第2章では東南アジア向けの更紗が並びます。東南アジア向け更紗の代表的な作品が揃う、とても充実した章になっています。第3章ではヨーロッパの好みにあわせて発注された更紗を紹介します。ヨーロッパ人がオーダーした花柄の更紗は、インド人の職人が加えた繊細な表現とあいまって、新たな流行を生みました。第4章では、ヨーロッパ×インドの美意識が、世界で受け入れらている様子と、各地で生まれたローカルな更紗も取り上げます。
インド更紗の美しさとともに、更紗を求めた世界の様々な地域とその歴史についても思いを馳せていただければ幸いです。
さて、せっかくですから、本展と開催時期が重なっている、福岡アジア美術館の「アジア美術の歩き方 南アジア特別編」(〜2027年1月11日)についても、少し触れておきましょう。インドを含む南アジア地域の展覧会ということで、実は、この展覧会でもインド更紗の大作を展示しています。また、インド更紗の文様をベースにした現代美術作品も展示されています。ぜひ、どちらも見ていただき、今年の秋から冬にかけては、インドが生んだ美術と工芸の魅力を堪能していただきたいと思います。

左:福岡アジア美術館のロビーで展示中の花樹文様の掛布。福岡市美術館の作品No.18と比較してみてください。
右:同じく福岡アジア美術館の「アジア美術の歩き方 南アジア特別編」に出品中の作品。美しい更紗文様に黒い影が…。どんな物語を秘めているのか、ぜひ、アジ美に確かめに来てください。
(福岡アジア美術館館長 岩永悦子)
2026年10月14日 10:10
神の川から福の岡へ
はじめまして。9月より近現代美術の学芸員に着任しました、加藤と申します。
神奈川県出身の私はこの夏、縁もゆかりも無い福岡に突然やってきました。これまでは東京の某女子大学の美学美術史学科で学び、大学院ではエドヴァルド・ムンクが描いたオスロ大学アウラ講堂壁画を研究し、修士論文を書きました。その間、美術館の教育普及にも関心を持ち、都内2館でのインターンや神奈川県の美術館で非常勤学芸員として教育普及の経験を積みつつ、国内外の美術館が発行する教育普及ツールを収集・分析していました。
神奈川から福岡、神の川から福の岡へ。うむ、なんだか縁起が良い!(“かみ”「なし」では?とか、ここで難しい話はとやかく突っ込まないでくださいね。) 土地に呼ばれているのかも、、、。
私の珍道中紹介
専門分野というと西洋をはじめ海外の美術が好きで、ギリシャ、イタリア、フランス、スペイン、ドイツ、オーストリア、ノルウェー、韓国、台湾、ニューヨーク、、、と、たまに外国に行っては怒涛の過密スケジュールで美術館やアート系のスポットを巡りまくるという弾丸旅行をしています。一度の旅で、だいたい一週間から二週間くらいの日数をかけ、複数の都市に滞在します。一人旅も多く、珍道中を重ねるごとに、非常事態が起きても持ち物の中で使えそうなものを組み合わせてサバイブする対応力や、人情か欺罔かの肌感覚、洗濯の効率、ちょうど良いパッキング量などが身についてきました。
美術館という職場でせっかくいただいた初めての公式ブログ執筆の機会なのですが、初めてだからこそ、美術と関係ないことを自己紹介と称して書けるのは今のうちかもしれません。誰かに言いたい私の珍道中9選、この場をお借りして紹介させてください。
①ミラノのホテルで深夜に蟻が大量発生した事件。フロントスタッフは大したことないと言わんばかりにまじめに取合ってくれず、強力白濁スプレーを借りたものの異臭を放つので部屋を開ける時にしか使えないと言われ、たまたま持っていたハッカスプレーを撒き散らし太いマスキングテープを床と壁の境目に張り巡らして蟻を収めたこと。(建物の木が腐っていると推測)
② パリのホテルにて、変圧器だと思っていた器具がただのプラグ変換器で、持参したドライヤーを差したら送風口から火が出たこと。
③ 同じくパリ。同室の3人でトーク中に私のベッドが傾いたプチ事件。ホテルの適当さに腹を立ててくれた添乗員さんがホテルマンと口論の末、「ロックして平気だから乗ってみろ」と言われるや否や私のベッドの上で膝を曲げるくらい思い切りジャンプを繰り返し、取り囲む皆が引き気味で見守った深夜のできごと。
④ノルウェー調査旅行への道中、トランジットのアムステルダムでスマホを紛失。捜索やら届け出やら何やら右往左往して汗と冷や汗が入り交じり、そのままオランダ航空に乗り込むと意外や意外アットホームな雰囲気。席を順繰りに回されていくパイロット帽をせっかくだからと被り、困惑顔で自撮りしたこと。スマホは結局戻らず、旅は続行。たまたま持ってきた予備のご機嫌斜めな古いスマホでかろうじて撮影は可能に。
⑤ノルウェーの港町オースゴールストランのムンクの家の前でノルウェー人と運命の出会いを果たし、北欧の太陽光と初夏の爽やかな風に包まれ、めくるめく白夜を過ごしたこと。(※調査はきちんと終えました)
⑥ ノルウェーの港町ベルゲンのフロイエン山で、フィヨルドと街と霧と太陽が織りなすこの世のものとは思えない絶景に感動し、身をもって北欧の神秘を感じたこと。
⑦ 帰りのオランダ航空で珍しく貧血(?)で倒れ、床に寝かされてCAさんたちが口にコーラとコーラ味のグミを突っ込んでくれ、いつかずっと聞いてみたかった「どなたか医療関係者はいらっしゃいませんか~?」のセリフを当事者として朦朧と聞いたこと。その後、アムステルダムの空港の病院に連れていかれて陽気な検査と脳神経外科風の診察を受けるというレアな体験をし、ダッシュで搭乗口へ。
⑧ ベルリンで、地下の水回りが臭う綺麗でないカプセルホテルに泊まったり、別れを惜しむ涙のハグを横目にミュンヘンまで長距離夜行バスに乗ったりと、ちょっぴり寂しい過酷な日もあったこと。
⑨ ドイツの田舎町のだだっ広い草原と青空に挟まれた一本道を、ドイツ人友だちの車でウィーンへ飛ばしてもらった青春の晩夏。道中、合唱したりアウトバーンを時速130キロで走ったり、迷子になって牛に道をふさがれたりしたのも良い思い出。
などなど、どれも「なんだこれ?(笑)」という思い出ばかりですが、一つでも多くの作品を見よう、ここでしかできない体験をしようと、食事もそこそこにパンを齧りながら汗だく&がむしゃらに歩き回る冒険の中で、こうした様々な可笑しいできごとがありました。そして、すべて人の温かさがどこかに感じられるエピソードなのです。どれも小さいけれど、振り返れば、輝くお宝のような経験です。
福岡に住み、福岡の街を探検し、また福岡市美術館で働くなかでも、これからたくさんの面白いことや大変なことがあると思います。その経験一粒一粒が自分を成長させ、振り返る頃には納得のいく学芸員になれていたらいいな、と想像する今日この頃です。
旅は道連れ
もちろん、福岡に来た目的は旅行ではなく美術館で働くため。関東から持ってきた自前の物だけでなく、どんどん学び吸収して新しいアイテムを加え、引き出しの多い学芸員になれるよう一生懸命努めてまいります。
旅は道連れ世は情け、と言っては新人の分際で太々しいでしょうか(笑)。弱冠25歳、どうぞ、皆さま温かく見守っていただけますと幸いです。
季節の変わり目ですのでご自愛くださいませ🌿
(学芸員 近現代美術係 加藤優奈)

KLMオランダ航空パイロットフライトキャップ

ドイツの田舎道で牛に遭遇
2026年9月30日 13:09

《山内光枝展 潮ノ記》のメインビジュアル
真っ黒の背景に銀色の文字が光るシックなポスター。目にされた方はいらっしゃるでしょうか?チラシはぜひ手に取って斜めにしてみてください。銀色が光る様子を間近で見ることができます。

《潮ドローイング》の細部
メインビジュアルになっているこの作品は、《潮ドローイング》という山内光枝(やまうち てるえ)さんの作品です。しぶきのような箇所は、海水と塩のみで描かれています。当館では、9月8日から山内さんの個展「山内光枝展 潮ノ記」を開催しています。
山内さんは福岡県に生まれ、高校を卒業した後、イギリスのロンドン大学ゴールドスミスカレッジで、「絵画」や「彫刻」といった分野にとらわれず「美術」について学びました。帰国した山内さんが制作のテーマとしたのが「ナメクジ」です。私はナメクジというと梅雨の時期などに地面でうねうねしている生き物というイメージでしたが、私たちの身近にいながら実は詳しいことがあまり分かっていない生き物なのだそうです。山内さんはその部分に、社会という枠組みからするっと(ナメクジのイメージからするとぬるっと?)はみ出していて、縛られていないという性質を見出しました。
そして、ナメクジに生き方そのものを学ぶような姿勢で制作活動をしていた頃、褌(ふんどし)のみの素の身体で海辺に立つ海女の写真を目にし、衝撃を受けました。システム化され、監視、管理されている現代からそう遠くない時代にこのような人たちがいたのだ―という衝撃だったといいます。
その写真は、長崎県対馬の曲(まがり)という地域の海女さんが写ったものでした。初めて知る海女、海士として生きていた、そして生きている人々。そのしなやかな生命力に強く惹かれ、ひたすら調べるうちに、日本海側の海女の祖先が自身の地元福岡の宗像市、鐘崎という地域につながることを知った山内さんは、鐘崎に足を運びます。さらに鐘崎海女が渡った対馬の曲、鐘崎に潜水技術を伝えたとされる済州島、海女の祖先とのつながりがあるとされるフィリピンのダバオなど、潮の流れによってつながる各地に赴き、そこで生きる人々のコミュニティに身を置いて関係を築いていきました。人々と同じように潜るため、済州島に開校したハンスプル海女学校に入学して素潜りや水中での撮影技術を習得し、制作を続けています。
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さて、今回の展示室は大きく二つのゾーンに分かれており、まず《つれ潮》と《泡ひとつよりうまれきし》の映像作品に映っている、曲の現役最後の海女であった「おばちゃん」こと香月ツルエさんにフォーカスしたゾーンを見ていただけます。《つれ潮》は当館の所蔵作品で、曲の海女の祖先とされる鐘崎に行ってみたいというツルエさんのつぶやきをきっかけに、鐘崎への旅を山内さんが記録者としてだけでなく、同じ時間を共にする者としてとらえた映像作品です。《つれ潮》と《泡ひとつよりうまれきし》は上映時間を設定していますので、時間をご確認の上、鑑賞していただければ幸いです。また、映像作品の近くには、民俗写真家の芳賀日出男さんが1962年に撮影したツルエさんの写真をライトボックスに仕立てて展示しています。ツルエさんは昨年亡くなられ、私は、映像や写真、山内さんのお話を通してしかお会いできませんでしたが、ツルエさんの人生を辿れるような、存在を感じられるような空間になっているのではないかと思います。

鐘崎の海に潜る前のツルエさん
生きることの根源である「呼吸」という行為に着目した映像作品《潮汐 2012-2021》のゾーンでは、出演者6名のダイバーと山内さんのエピソードとともに、出演者にまつわるものも展示しています。山内さんがもらったものや、それぞれが漁で用いる道具など、6名の方のゆかりのものたちです。タイトルが示す「潮の満ち引き」のように、「呼吸の達人」である素潜り漁のダイバーたちが放つ呼吸が岸から岸へとつながり、循環している様子は、私たちの息づく世界が呼吸によってつながっていること、この世界に生きる上ですべてはつながっていること、さらに、山内さんが人々と関係を築き制作するなかで思い至った、自分という存在が過去からつづく人々の営みによってつむがれているということ、まで想起させるようです。

《潮汐 2012-2021》は二つのスクリーンに鏡面のように映し出されています

タペストリーの裏に吊るされたものの影が浮かび上がっています
本展では、これまでの山内さんの活動や、人々とのつながりをたどるとともに、これからの活動の出発点となる作品《눈(ヌン)》も展示しています。ぜひ実際に目にしていただき、これは何を表しているのだろうと考えてみてください。つながる言葉がキャプションにあります。そこから調べ、知っていただく方々が増えたらよいなと思います。

天井から吊るした《潮ドローイング》。長さが6mあるため、下を巻いています。
ところで、展示作業の期間を1週間取っていたのですが、「うんうん順調に進んでる!」と思いきやあれやこれやのちょっとしたハプニングが出てきて、ドキドキしながら顔には出さないということを頑張りました(何を頑張っているのやら)。上の写真のように天井から《潮ドローイング》を吊る作業は初めて見るもので、(出来ることを手伝いながら)興味深く観察していました。そのほかにも色々あったのですが、展示作業の様子はつきなみ講座でお話したいと思います。
今回、初めて担当する企画展ということで、山内さんをはじめ色々な方のお手を煩わせながら何とか進められました。改めて、この場を借りて、ご協力いただいた皆様に感謝申し上げます。出来上がっていく会場を見ながら、作品が放つエネルギーを肌で感じていました。山内さんが追い求め、模索していることは「人間と世界の流動的な在り方」です。画一的ではない、縛られないような在り方を表しているのが海であり、その流動的でしなやかな在り方を海に生きる人々の姿にも見出しました。ご来館いただいた方々にとって本展が、枠組みにとらわれず自身の生き方や世界の在り方を考えるきっかけとなり、また、海と人々の関係を知り、見つめ直すことにつながれば幸いです。
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10月12日(月・祝)には、《つれ潮》と《潮汐》に出演されている宗像・鐘崎の海女、松尾美智代さんと、《潮汐》に出演されている輪島の海女、早瀬千春さんにお越しいただき、山内さんがモデレーターとして、作品に出演することや自身の生き方が作品に用いられることについてどのように考えているのか、また、海の状況や暮らし、能登半島で起きた地震の影響について、話していただく場を開催します。ぜひ足を運んでいただけると嬉しく思います。詳しくはコチラ
そして図録をミュージアムショップで販売しています!山内さんが本展に際して書かれたテキストが満載です。また、芳賀日出男さんが設立した芳賀ライブラリーの棚木晴子さん、山内さんの活動をずっと見てきた国立国際美術館の正路佐知子さんにも寄稿していただきました。ぜひお手に取ってご覧ください。
(学芸員 近現代美術係 花田珠可子)