2023年9月21日 17:09
9月13日(水)より企画展「朝鮮王朝の絵画―山水・人物・花鳥―」が開幕いたしました。(10月22日まで、会場:古美術企画展示室)
展示風景
本展は、1392年に創建され500年以上も続いた朝鮮王朝の時代に描かれた絵画44件を山水・人物・花鳥というジャンルごとに紹介するものです。朝鮮王朝といえば、『チャングムの誓い』などの韓国歴史ドラマの舞台としてご存じの方も多いことでしょう。ですが、この時代に描かれた絵画、と言われてパッとイメージできる方はほとんどいらっしゃらないのではないでしょうか。
それもそのはず。日本において、朝鮮王朝の時代に描かれた絵画をまとまって所蔵している美術館、博物館は数えるほどしかありませんし、それらを体系的に紹介するような展覧会は5~10年に1度開催される程度です。
かく言う私も展覧会準備を始めた頃は、「全部の作品が同じに見えるぞ…」なんて思いながら調査を進めていました。ところが、不思議なものでたくさんの数を見ていくうちに目が慣れてきて作品ごとの個性や見どころが自然と分かるようになっていきます。朝鮮王朝の絵画なんて見たことがない、という方でもご心配なく。この展覧会を見終わる頃にはその魅力のとりこになっているはずです。それでは、本展の出品作品を通して展覧会の見どころについてご紹介いたします。
まずは展覧会のポスター画像にも使用している「文清」印《倣郭煕秋景山水図》について。
「文清」印《倣郭煕秋景山水図》
本作の見どころはなんといっても、画面の真ん中に大きな山を配置したスケールの大きさにあります。この作品には山の巨大さを伝えるための様々な工夫が施されています。例えば、画面の右には流れ落ちる瀧が見えます。
文清」印《倣郭煕秋景山水図》(部分)
上空から真下を見下ろすような視点で描かれており、この山がいかに高いかがお分かりいただけるでしょう。また、画面の左へ目をやると、なだらかな丘が連なっており、分厚い山が奥へと続いている様子がうかがわれます。
「文清」印《倣郭煕秋景山水図》(部分)
また、画中に小さく描かれた人物も山の巨大さをあらわすのに一役買っています。
「文清」印《倣郭煕秋景山水図》(部分)
このような山水画は中国・北宋時代に活躍した郭煕が得意としたもので、本作は郭煕が描いた山水図を朝鮮時代に忠実に写した作品と考えられています。
朝鮮時代は、このような大自然の雄大さ崇高さを伝えるような山水画が多く描かれた一方で、より身近さを感じさせる山水画も多くあります。
例えば、「秋月」印《楼閣山水図》を見てみましょう。
「秋月」印《楼閣山水図》
先ほどと違って、山や楼閣などのモチーフが画面の右側へ寄せられています。これにより左半分が余白となり、開放感のある画面構成となっています。また人物が大きく描かれているのも特徴です。拡大してみると、笑顔で談笑している様子が分かります。
「秋月」印《楼閣山水図》(部分)
とぼけたようなロバの表情も愛らしく、全体に親しみやすい作品に仕上がっています。
本展では、山水画以外にも様々な作品を展示しています。官僚たちが宴席に興じる様子を描いた契会図にも是非ご注目ください。
夏官契会図
会の参加者に記念品として配るための作品で、出席者の名前や役職、出身地まで記載されているのが大きな特徴です。この作品を作るためには会の出席者を確定させ、それぞれの個人情報を調べて、絵を発注して…、と様々な準備が必要だったことは想像に難くなく、現在の飲み会の幹事さんのような様々な苦労があっただろうと思うのです。当時の官僚たちが様々な権力争いを繰り広げたことは韓国ドラマがお好きな方であれば、よくご存じのことでしょう。宴会の記念品とはいえ非常に緊張感のある仕事だったのではないでしょうか。
他にも、動植物の華麗な姿を描いた花鳥図にも魅力的な作品が数多くあります。このブログで紹介できたのは、ほんの一部だけ。残りは会場で是非ご覧ください!
(学芸員 古美術担当 宮田太樹)
2023年9月13日 15:09
2022年3月に「やさしい日本語」勉強中!というブログで、我々が「やさしい日本語」の研修を受けたことを紹介しましたが(ブログ執筆者は、当時の教育普及係長であった鬼本佳代子です)それから約1年半が経ち、当館でも「やさしい日本語」を使った多文化共生プログラムを始めています。
当館で開催しているやさしい日本語ツアーの様子
そもそも「やさしい日本語」とは何か?ですが、やさしい日本語は「難しい言葉を言い換えるなど、相手に配慮したわかりやすい日本語」*1 とされ、日本語を母語としない方へ災害情報を伝えたり、行政文書をわかりやすくしたりと、近年さまざまな利用方法が広がっています。
やさしい日本語が普及する中、福岡市に目を向けると、同市は全国的にみても外国人居住者が多い都市であり、2022年の調査では人口約160万人のうち、約4万人が外国人と報告されています。一方で、外国人居住者を対象にしたミュージアムでのプログラムは全国的にもほとんど例がなく、当館でもこれまで実施していませんでした。
また近年、国際的な博物館を取り巻く状況にも変化がありました。2022年にICOM(国際博物館会議)のプラハ大会で採択されたミュージアムの新定義で「博物館はインクルーシブであり、・・・多様性と持続可能性を育む。・・・」と定められました。ミュージアムは多様な文化的背景をもつ人々が、お互いの価値観を理解、尊重しながら、安心・安全に過ごせる場であることが使命のひとつであると定義されたことは、大変重要な出来事です。(博物館の新定義については2023年5月のブログに詳しく書きました。https://www.fukuoka-art-museum.jp/blog/85098/)
そこで、当館では2022年から、福岡市内に住む日本語を母語としない親子を対象に、当館のコレクション展を「やさしい日本語」で鑑賞するツアーを始めました。これは、福岡よかトピア国際交流財団と共催で実施しているプログラムで、まさに冒頭の2022年3月のブログで紹介した「やさしい日本語」研修で、同財団の高木美奈子さんと出会ったことで開催が実現しました。もともと、同財団では、福岡市に住む外国人や日本語を母語としない方へのさまざまな国際交流事業の実績があり、「やさしい日本語」を日常的に使っていたそうです。さらに多くの人に「やさしい日本語」を知ってもらう方法を探っていた高木さんと、私の考える美術館でのプログラムの方向性が重なり、今回このプログラムの実現となりました。
2023年は8月と11月に日本語を母語としない親子を対象に「やさしい日本語」の鑑賞ツアーを企画しました。8月の回には4組10名が参加してくれたのですが、実は、私にとって「やさしい日本語」を話すことはまだまだ初めてに近く、ツアーの前はとても緊張します。例えば、普段は、ツアーの前に参加者へ「これからコレクション展で作品鑑賞をします。コレクション展は観覧無料です。貴重品は身につけてご移動ください」などとご案内するのですが、これがやさしい日本語では「これから絵や彫刻(ちょうこく)を 見ます。お金はいりません。大切なものは もっていきます。」と言い換えられます。
美術館でできないことをイラストで確認しているところ。
ツアーの前にみんなで自己紹介タイム。
やさしい日本語には、ひとつの決まった答えがある訳ではありません。ですので、自分の言葉が相手に伝わっているかを、参加者の表情やジェスチャーを見ながら確認し、必要に応じて言い換えるということを繰り返しながら、一緒に作品を鑑賞していきます。ツアーでは、異なる文化的背景をもつ参加者たちが、コレクション展から選んだ作品を一緒に鑑賞します。当然、同じ作品を見ても、それぞれの発見や気づきは異なるのですが、その違いを分かり合えないものと否定するのではなく、尊重し合い、新しい解釈を作っていくことが、ツアーの面白さであり醍醐味です
近現代美術室の作品を鑑賞中
また、今回のツアーは対象と親子としましたが、それには理由があります。福岡市に居住する外国人には留学生の数も多く、その中には家族(配偶者やパートナー)の留学に同行し日本にやってきた人が一定数いるということです。そして、小さな子どもが一緒の場合も少なくありません。これは、仕事で滞在する場合も同じかもしれませんが、彼/彼女が大学で学んだり、仕事で出かけている間に、残された家族と子どもが安心して過ごせる場所がどのくらいあるのか。そんなことを考えて、今回は親子を対象としたツアーを行いました。
そして、今回参加してくれた親子が、次は自分たちでもう一度美術館へ行ってみようと思える手立てを作りたいと考え、福岡市美術館の利用方法や作品の説明を載せた「やさしいにほんご ガイドブック」を制作しました。今回のツアー参加者にも配布し、館内にも設置しています。
やさしいにほんごガイドブックは館内でも配布中
やさしい日本語のプログラムはまだ始まったばかりです。目に見える成果には時間がかかるかもしれませんが、昨年と今年と2年続けてツアーに参加してくれた9歳の女の子は「去年はやさしい日本語の話がわからなかったけれど、今年はわかって、作品のこともわかって楽しかった。」と嬉しそうに話してくれました。はにかみながら笑顔で手を振り帰っていった彼女のことが、忘れられません。今後もやさしい日本語のプログラムを続けようと心に誓うのは、こんな何気ない瞬間なのです。
*1 「在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン2020年8月」p3、出入国在留管理庁・文化庁、2020年。
(学芸員 教育普及係 﨑田明香)
2023年9月7日 14:09
8月26日(土)から9月3日(日)の間の3日間で、福岡市美術館では今年もバリアフリーギャラリーツアーを開催しました。これは、美術館にやってくる様々な背景をもった方たちそれぞれが、安心して学び、楽しく過ごせる場となるよう、アクセシビリティの向上を目指して2020年よりスタートしたものです。具体的には聴覚に障がいがある方のための「目で聴くツアー」、車いす利用者のための「ゆったり車いす鑑賞ツアー」、視覚に障がいのある方対象の「おしゃべりとてざわりのツアー」、など、3つのツアーを毎年9月頃に開催しており、今年で4回目となります。
いずれも基本は当館のコレクション展で平時に行っている、参加者全員で作品を囲み対話しながら鑑賞するツアーを基本にしていますが、手話通訳の方に入っていただいたり、視覚に障がいのある方向けのツアーでは作品に触れていただく機会を設けたりと、ツアーに合わせて少し工夫をしながら開催しています。
当日始まってみるまではどのような方が参加され、どのような反応や言葉が出ることとなるのか、予想のつかないまま準備をして当日を迎えたのですが、ツアーが始まると、ハッとするような鋭い観察をされる方や新鮮な言葉を発する方がいて、主催側のひとりとしてツアーに参加しながらもとても充実した鑑賞体験となりました。
例えば「聴覚障がい者のための目で聴くツアー」では、古美術企画展示室に展示中の着物《単衣 御所解文様(水辺春景)》を見てもらうとすぐに、着物の前身頃と後側全体に刺繍で表された文様が、糸の色や縫い方、モチーフの大きさで裾から上半身部分へ向けて、遠景と近景に縫い分けられていることに気がつく方が。言われて観察してみると、裾から下部分にはこげ茶の濃色の糸で刺繍された岩や、松の木の文様が大きく目立つのに対して、肩のあたり、上方には波文や笹の葉が金糸や淡色の糸で細やかに刺繍されていて、一枚の着物の中に自然と景色の広がりを感じるような表現がされています。6月に展示が始まってから何度も立ち止まって見ていたはずの着物でしたが、参加者の指摘でその刺繍の技の素晴らしさが急に実感され、違ったものに見えてくる時間でした。
《単衣 御所解文様(水辺春景)》 江戸時代19世紀、福岡市美術館蔵
刺繡と染で文様が表された着物を鑑賞。参加者の言葉を通訳の方が細やかに手話で伝えます。(8月26日開催、「聴覚障がい者のための目で聴くツアー」)
通常のギャラリーツアーでもそうなのですが、言葉にして他の参加者が伝えてくれることで、自分でわかっているつもりになっていても通り過ぎている様々な事柄が意識され、それによって一層よく作品が見えてくるということがあります。バリアフリーギャラリーツアーでも、そうしたベースの部分は変わらず、他の人と一緒に作品を見る醍醐味であると言えます。
翌週、9月2日(土)には車いす利用者の方むけの「ゆったり車いす鑑賞ツアー」と、普段車いすを利用していない方への「車いすで美術館ツアー」を開催しました。「ゆったり車いす鑑賞ツアー」では、約90分ほどをかけて、じっくり作品を見たり、それぞれの部屋の展示テーマについて紹介したりしながら美術館の常設展示スペース全体を周りました。ツアー後に感想をお聞きしてみると、車いすを利用している方やそのご家族は、興味をもった時に自分たちで個別に美術館に行くことはこれまでもしてきたけれど、他の参加者と一緒に作品を見たり、美術館プログラムに参加するということ自体はあまり無く、今回は車いすツアーと謳ってあることで安心して参加でき、楽しめたということを仰ってくれました。今後も興味をもったテーマや展示で機会があれば参加したいということも仰っていただき、色々な方にこれからも気軽に美術館の催しに参加してもらうには、こちらの受け入れ準備や、工夫も重ねていかねばという思いも強くなる言葉でした。こうした直接の声を聞けるのも、美術館の人間にとって貴重な機会となりました。
そして車いすのツアーでは回を分けて、普段車いすを利用していない人向けのツアーも行いました。これは過去にも開催してきたもので、展示室での鑑賞へ向かう前にはじめに車いすの基本的な乗り方や操作を練習してからスタートするのですが、実際に操作してみると自力で車いすの車輪を回しながら、わずかな段差など足元に気をつけ、人とぶつからないよう建物の中を動くだけでもかなりの体力を使います。2階の近現代美術の展示室を巡り半分を過ぎた頃には、「明日は腕が筋肉痛になる!」という声が上がりはじめ、1時間後、スタート地点に戻るころには皆さんかなりお疲れの様子でした。参加者からは作品を見ること以上に、常に色々なことへ意識を向けなければならず、作品鑑賞だけに集中できないのがよくわかりました、という感想があがり、実際に車いすに乗り、目線を変えてみることで気がつくことが多くある体験になったかと思います。
車いすのツアーは、車いす利用者に向けてだけではなく、普段車いすを使っていない方を対象にしたツアーも開催しました。(9月2日開催、「ゆったり車いす鑑賞ツアー」と「車いすを利用しない方の車いすで美術館ツアー」)
9月3日に行った「おしゃべりとてざわりのツアー」では、これまでもこのツアーをお願いしている“ギャラリーコンパ”メンバーの石田陽介さん、濱田庄司さん、松尾さちさんに今年も講師としてご参加いただきました。ギャラリーコンパは、視覚に障害のある人とない人が一緒に作品鑑賞をする活動を長く続けている3人のユニット名であり、福岡市美術館でも何度かプログラムをお願いしています。
9月3日開催、「おしゃべりとてざわりのツアー」の様子。
おしゃべりとてざわりのツアーでは、作品鑑賞をスタートする前にまずはコンパの皆さんがデモンストレーションを行い、皆で一緒に見る時のことを確認しました。身体をスケールにして作品の大きさを伝えたり、作品の色づかいを季節に例えてみたりと、なるほど!というコツ(のようなもの)を教えてもらってから、グループに分かれてツアーをスタート。作品選びはグループごとに参加者がその場で決めようということで、それぞれ鑑賞する作品は異なりましたが、始まってみると両手を広げて作品を測ったり、距離を変え、例える言葉を工夫して作品の内容を伝えようと試みるなど、皆さんが協力し合って楽しく鑑賞しているのが印象的でした。
「おしゃべりとてざわりのツアー」では、手を洗って指先の油を取り、鑑賞前に状態を確認するなど準備した後に、実際に手でさわって作品を鑑賞しました(写真:山内重太郎のブロンズ彫刻、《原型》)。
「福岡市美術館を含め、同じ場所で何度も鑑賞会をすることもあるけれど、何を食べるかより、誰と食べるかで食事の満足度が変わるのと一緒で、作品鑑賞も一期一会、いつも新鮮なのは、何を見るかよりは『誰と見るか』なんです」、とプログラムが終わる頃に講師の石田さんが仰っていたとおり、初対面の参加者同士も互いに気楽に会話を交わしながら、「コンパ」のようにワイワイと過ごせる、優しく明るい時間を共有するツアーとなりました。
3日間のいずれのプログラムにも共通しますが、このバリアフリーギャラリーツアーは、参加者が自分の感覚を広げ、働かせてキャッチしたものを、それぞれの手段で伝えようとすることで、色々な発信や交流が生まれる場となっていたように感じます。それは、自分だけでなく他者のことを気にすること、少しだけ他の人の存在や感覚をイメージしたり想像してみることを参加者が自然に行っていたからかもしれません。当館では今後もこれまで参加してくれた方の声を受け、工夫を重ねながら、こうしたギャラリーツアーを継続していきたいと思っています。
(教育普及係長 髙田瑠美)