2026年8月5日 11:08
6月30日に開幕したコレクション展「宇宙にいきたい」。おかげさまで多くの方に足を運んでいただいております(展覧会については担当した姜が7月8日のブログでも紹介しています)。毎年開催しているこの「夏休みこども美術館」。なんと初開催は1990年。つまり36年前から続くとても歴史の長いコレクション展です。
普段、当館では、コレクション展(主に所蔵品の展示。一部の展示室を除き2~3か月に1回展示替えをします)は、古美術係と近現代美術係の学芸員が展示内容を企画します。しかし、この「夏休みこども美術館」は私が所属する教育普及係が企画しています。
教育普及係が企画する展覧会の醍醐味は何か。今年の夏休みこども美術館を例に話をしたいのですが、その前に、そもそも美術館の「教育普及」って何だろう?ということから始めてみようと思います。
まず「教育普及」という言葉。「教育」して「普及」するなんて、なんだかとっても偉そうですよね・・・。この「教育普及」係という名称自体が、すでに時代とズレている感じも否めません。最近は代わりに「ラーニング」という言葉も使われるようになり、美術館の「ラーニング」担当者という肩書もよく耳にします。さあ、では美術館の「ラーニング」とは何でしょうか?―――振り出しに戻ってしまいました。
「教育普及」や「ラーニング」と称される活動は、美術館のコレクションを軸に、その館のミッションに基づいて、利用者と美術館をつなぎ、人と美術のつながりを、時間をかけて育んでいく活動だと、私自身は捉えています。ですから、教育普及・ラーニングの仕事は、美術館の中で最も「人」に向かっていて、「人」と直接かかわることの多い仕事でもあります。
さて、ずいぶん回りくどくなりましたが、今年、教育普及係が担当した「夏休みこども美術館」で起きた2つの初めてを、ご紹介しようと思います。コレクションを基に、展覧会を通して、どのように利用者と美術の関係を結ぶ「初めて」を構築できたのでしょうか。
【初めて① やさしい日本語の作品解説文】
「初めて」の1つは、「やさしい日本語」の作品解説の制作です。当館では、福岡市在住の日本語を母語としない方を対象に、2022年からやさしい日本語を用いた活動を実施していますが、(やさしい日本語の活動については過去のブログをご覧ください)本展では、展示作品のやさしい日本語の解説文に初めて取り組みました。
これまでも「夏休みこども美術館」の展覧会では、こどもを対象に据え、さまざまなキャプション(作品解説文)を制作してきました。今回、展示作品と共に設置したキャプションには、作品の見どころやコンセプトと、担当学芸員がなぜその作品を本展に選んだのかの2点に絞って、小学校高学年を対象に設定し、150字程度の解説文を制作しました。
そして、その解説文を全てやさしい日本語で書き換えたものを、別途制作し、冊子にして設置しました。当初、作品横の解説文を「やさしい日本語」にすることも検討しましたが、当館の利用者層や英語併記などを鑑みて、別刷りの冊子形式を採用しました。
ここで1つ実例をあげてみましょう。展示室に設置した靉嘔(あいおう)《絵物語Ms. and Mr. Rainbow》の作品解説文(背景が青)と、やさしい日本語の解説文です。

展示中の靉嘔(あいおう)《絵物語Ms. and Mr. Rainbow》とキャプション

同作品の解説文(キャプション) 日英併記・小学5年生以上で習う漢字にはルビを振りました。

同作品のやさしい日本語の解説文(冊子形式で設置)
読み比べてみると、2つの解説文の違いがよくわかると思います。やさしい日本語では、分かち書きをし、全ての漢字にルビをふっています。また、1文を短くし、難しい言い回しを、やさしく言い換えています。例えば同作では「共通言語」という表現の言い換えに悩みました。
また、今回は外部のやさしい日本語の専門家(髙栁香代氏)に監修を依頼し、何度も推敲を重ねながら、最終的に全ての作品解説をやさしい日本語にしました。元の解説文から情報を抜粋するのではなく、基本的に同じ情報を載せることも心掛けました。
この冊子は、日本語が母語ではない方はもちろん、障がいのある方や、こどもを含め、どなたでも利用することができます。ぜひ手に取ってご利用いただけると嬉しいです。

展示室に設置した、やさしい日本語の解説文(冊子)
【初めて② 宇宙のイメージをデザインする制作スペース】
もう1つの初めてが、「宇宙にいきたい」の展示室の最後に設えた制作スペースです。今回は展示空間の最後に大きな展示壁を設置し、展示を見終えた来館者が、紙やマスキングテープで宇宙のイメージを表現し、壁に展示するスぺ―スを設けました。毎日増殖していく宇宙のイメージは、見ていてとっても楽しく、来館者がイメージした宇宙が形になって、最終的に壁面を埋め尽くすといいなと期待しています。

制作スペースの案内

制作スペースの様子(7月中旬)
展示室といえば、「美術館=展覧会」というのが、昔も今も一般的な美術館のイメージだと思います。例えば、当館が開館した1979年当時、展覧会を市民に見せてあげること(あえて上から目線な言い方をします)自体、美術館が担う主要な教育普及活動でした(※1)。それから47年。時代とともに社会における美術館の役割が変容し、来館者が美術館に期待することも変わり、美術館職員の意識も変化したことが、今回の展示室での「初めて」が実現した理由の一つと言えるのかもしれません。

来館者が制作した宇宙のイメージ(一部)
2つの「初めて」を振り返って感じることは、変化を恐れず、新しい価値観にも向き合うことの大切さと難しさ。そしてその態度が、翻って変わらないものの大切さも気づかせてくれるということ。これからも変化を恐れずに、新しい一歩を踏み出せる美術館の教育普及活動を継続していきたいと考えています。
※1 教育普及活動と展示室の関係性については、当館の『研究紀要14号.pdf』「対象者を軸にたどる福岡市美術館の「教育普及活動」 の変遷:①1979-1994」でも詳しく論じています。
(学芸員 教育普及係 﨑田明香)
2026年7月22日 09:07
当館2階のコレクション展示室では、年に1度、大規模な展示替えを行っています。
今年度も、室内を大胆に模様替えし、ご覧のとおり、入口も明るくわかりやすく改装しました。

なんだかキラキラ・ピカピカです。この入口もさることながら、窓外の緑滴る樹々の美しさもまぶしく、清新なロビーになっています。
でも、アレ?と思われた方も多いのでは?
実は、つい先頃まで、ここには小錦をモデルにした中ハシ克シゲ《Nippon Cha Cha Cha》がデ~ンと鎮座していたのです。その引っ越し先は後ほど紹介いたしましょう。
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入口で迎えるのは、おなじみのシャガール《空飛ぶアトラージュ》です。アイキャッチな作品として展示しました。加えて、展示の伏線に重要なポイントとして最初に置きました。伏線のことはまた後ほど…(「後ほど」が多くてスミマセン)。

マルク・シャガール《空飛ぶアトラージュ》1945年
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さて、「コレクションハイライト」とは、12,000点以上に及ぶ近現代美術のコレクションから、20世紀以降の優品を通年展示する企画です。
場所は、当館2階コレクション室のA室とずっと奥のC室。この離れた2室をゆるやかに結びながら、同時にそれぞれ独立した展示としてもご観覧いただくため、今回注目したのがモナ・ハトゥムの《+と-》です。

モナ・ハトゥム《+と-》1994/2024年
当館ではこの作品を、2024年に、コレクション室の各部屋をつなぐロビーに恒久設置しました。砂時計のような円の中をバーがゆっくりまわり、模様を形づくりながら、一方でそれを掻き消していくサイクルが永遠に続く作品です。その形とタイトルから、陽と陰、創造と破壊、生と死など対になる力が相互に作用しながら巡る理を伝えています。
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展示室A:「花と銃─予測不可能な地球に生きる」
今回、モナ・ハトゥムの《+と-》に通じるコンセプトをもつ作品として、最初の部屋には、インカ・ショニバレCBE《桜を放つ女性》1点だけを展示しました。

インカ・ショニバレCBE《桜を放つ女性》2019年
まるい部屋に入ると目に入るのは、咲き誇る桜とライフル銃を構えた地球儀の頭をもつ女性です。花と銃は、平和と暴力、創造と破壊、生と死を表象していますが、殺傷力のある銃から放たれているのが銃弾ではなく満開の花であることに、希望を感じさせます。
わたしたちは、ある日勃発する戦争で日常が一変し、のどかな翌日には自然の猛威にみまわれるうような、予測不可能な地球に生きています。今回の展示が、混迷する現実を直視しながら、なおも希望を見出そうとした各時代のアーティストの考えを伝え、また、現在に生きるわたしたちが、未来へのビジョンを想い描くうえで一助となるよう願っています。
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展示室C:「マイナスからプラスへ─予測不可能な地球に生きる」
C室では、マイナスのイメージの強い作品群からプラスのイメージが濃い作品群へとストーリーが展開します。
1. 怒りのるつぼ─暴力・矛盾・混沌

右 横山操《熔鉱炉》1956年
左 戸谷成雄《28の死 I》1989-90年
ここは、アーティストが怒りを込めて社会の矛盾や暴力がもたらす混沌や苦悩に向き合った作品群で構成しています。負のイメージを強烈に発する作品を見ると気鬱に感じられるかもしれませんが、各作品に渦巻くエネルギーは圧倒的です。ここでは、横山操《熔鉱炉》や戸谷成雄《28の死 I》のほかに九州派の作品、バスキア、ジム・ダイン、ウォーホル、キーファーなど欧米の錚々たる作家の作品をご覧いただくことができます。
2. 静かなる聖堂─祈りの絵画

右 サルバドール・ダリ《ポルト・リガトの聖母》1950年
中 マーク・ロスコ《無題》1961年
左 ジョアン・ミロ《ゴシック聖堂でオルガン演奏を聞いている踊り子》1945年
次のコーナーにはあえて3点だけを展示しました。
中央にロスコの作品をおいたのは、ロスコが美術を宗教的体験を与えるもので、絵に向き合うことで人は精神的な経験をすると考えていたことによります。まさに祈りのための絵画です。
なお、この部屋は岩窟のイメージでデザインしています。照明も作品が浮き上がるように当てており、ロスコ作品の前には「ロスコチェアー」(勝手に名付けました)も置いています。もし、あなたに何か辛いことがあったら、どうぞこの椅子に座って気持ちを静めてみてください(もちろん懺悔でもOK)。
3. 生命いずるところ─アニシュ・カプーアとオチ・オサムの宇宙

右 オチ・オサム《球の遊泳》1979年、《カラスウリは不思議Ⅰ》1977年
中 アニッシュ・カプーア《虚ろなる母》1989-90年
左 アニッシュ・カプーアの版画 1988年
次のコーナーには、未来への希望を暗示させる作品として、アニシュ・カプーアの彫刻《虚ろなる母》と関連の版画、オチ・オサム《球の遊泳》等を展示しています。子宮や生殖器のようなカプーアの作品も、天体や体内の細胞構造のようなオチの作品も、何かを生み出す宇宙のように見えないでしょうか。
ちなみにこの細長い空間は子宮に通じる産道のように感じられるかもしれません。
4. 共生の明日へ─飛翔・調和・対話

中ハシ克シゲ《Nippon Cha Cha Cha》1993年
最後のコーナーは、「未来へ向かって立ちあがり共に生きる喜びを見出す」というイメージで作品を選びました。やはり最後は明るいプラス気分で鑑賞を終えてほしいからです。
そして、中ハシ克シゲ《Nippon Cha Cha Cha》はここにお引越ししました。外国人であっても日本で文化の担い手として共に生きる人々の存在に光をあててみました。白い空間で、これまでとは違った小錦に出会っていただけます。
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最後に伏線回収。

ザオ・ウーキー(趙無極)《僕らはまだ二人だ-10.3.74》1974年
展示室入口でご覧いただいたシャガール《空飛ぶアトラージュ》は、愛妻ベラを亡くして悲しみに沈んだ画家が再び絵筆をもったときの作品です。鑑賞者はそこから出発して、最愛の妻ガラを聖母に見立てたダリの《ポルトリガドの聖母》を経由し、最後にザオ・ウーキーの《僕らはまだ二人だ-10.3.74》に辿り着くことになります。
ザオもまた、妻の陳美琴を失って制作できなくなりました。この作品は、その深い喪失感から立ち上がった時期のものなのです。ふたつの尾根が果てしなく続くような雄大な自然はダイナミックで清浄。画家の苦悩を浄化するかのようです。「僕らはまだ二人だ」と語るこの絵は、亡き妻への切ない想いに満ち溢れています。
さて、うまく伏線回収できているでしょうか?
全体に通底する「+と-」「花と銃」のストーリーとともに、これら3点のラブストーリーにうなずいていただければ、企画者冥利に尽きます。
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本展の会場は、一年にわたり建築家、デザイナー、照明デザイナーとともに設計し、厳しいスケジュールの中でも丁寧な施工や作品設置を担当してくださった作品展示、施工、照明の各会社のスタッフ皆さんのご尽力で実現いたしました。この場をかりて、厚くお礼を申し上げます。
(近現代美術係長 ラワンチャイクン寿子)
2026年7月8日 12:07
みなさんこんにちは。7月に入り、本格的に暑くなってきました。そして2026年も下半期に入りました!早いですね〜。
さて、今年も「夏休みこども美術館」がスタートしました。福岡市美術館で1990年から毎年夏の時期に開催している教育普及プログラムです。今年のテーマは「宇宙」!今回のブログでは、なぜ宇宙をテーマにしたのかについて紹介します。
こどもの頃、こんな言葉を聞きました。「宇宙というのはとても大きくて、そんな宇宙に比べたら私たちの存在なんてちっぽけだ。だから、宇宙のことを考えていると自分の悩みなんてのは、たいしたことないように思えるよ。」当時の私は、この言葉が腑に落ちませんでした。宇宙がどれだけ広かろうと私の悩みは変わらずそこにあると思ったからです。
人間は大なり小なり悩みを抱えて生きているものでしょう。私も小さい頃から、とある悩みがあります。それは、自分のアイデンティティについてです。私は1歳になる前に日本に来ました。それ以来、こちらに住んでいます。自分が育った国は日本だけれど、国籍やルーツは日本ではありません。私は、いったい何人なのだろう…?普段は自分のアイデンティティについて意識をしていないのですが、ふとした瞬間にそれが悩みや苦しみとなって現れることがあります。そんな時は、宇宙人になれたらいいなあと思っていました。人間だから人種の分類がある、だけど宇宙人になれば人種も何もないだろう。人間である以上この悩みからは逃れられないと思ったので、人間であることをやめればこの悩みからは解放されるのではないかと考えていました。
ですが、その考えが揺らぐ出来事がありました。好きな漫画を読んでいた時「宇宙人から見たらこっちも宇宙人」という言葉が出てきたのです。その言葉を目にした瞬間、時が止まったように感じました。あんなになりたいと思っていた宇宙人に既に私はなっていたのか?それならなぜ苦しいままなんだ…宇宙人になることで人間であるがゆえの悩みから逃れようとしていた自分にとって、この言葉は気持ちを混乱させるものでした。自分1人では気持ちを整理できそうになかったので、兄に相談をすることにしました。すると兄は、私たちは宇宙の中で生きているのだから宇宙人だとも言える、と言いました。その言葉を聞いた時、先ほどまでのモヤモヤはどこかへ行き、気持ちが晴れたように感じました。なぜなら、宇宙を遠く離れた別世界に存在するものだと思っていた当時の私にとって、あの果てしなく広がる宇宙の中で自分が生きていると知った時、自分の内面に広がる世界さえも広がったような感覚を味わったからです。
この出来事があってから、「宇宙のことを考えていると自分の悩みなんてのは、たいしたことないように思える」という言葉の捉え方が変わりました。悩みそのものが消えることはないかもしれないけれど、宇宙の果てしなさや壮大さを想像することで、自分の心の持ちようはいかようにも変わるかもしれない。今回の展示がきっかけとなり、自分自身の内側にある世界が広がる機会となれば嬉しいです。
夏休みこども美術館2026「宇宙にいきたい」は8月30日(日)まで開催しています。関連プログラムであるワークショップへの応募は7月16日(木)までです。皆さんのお越しを心よりお待ちしております。

展示室の様子
(教育普及係 姜知潤)