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福岡市美術館ブログ

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コレクション展 古美術

きゃふんもいない、にゃんこもいない…!

 去年の12月20日(火)より、「仙厓展」を開催中(2023年2月19日まで)です。

仙厓展展示風景

 仙厓さんは当館の古美術コレクションの柱の1つであり、皆さんから人気もあるので、ほぼ毎年、仙厓展を実施して作品をご紹介するようにしています。毎回、新鮮味を出すために切り口を変えたりしているので、企画には苦労するのですが、今回は特に大変でした…。というのも、昨秋に開催された特別展「国宝 鳥獣戯画と愛らしき日本の美術」で当館所蔵の仙厓さん作品をたくさんご紹介したからです。
 仙厓さんの作品に限らず、古い絵画作品は紙や絹など傷みやすい素材に描かれていることが多く、展示ケースの照明などでも劣化してしまいます。そのため、展示室に飾ることができる期間には制限が設けられていて、絵画の場合は1年のうち2カ月程度が目安です。
 つまり、1度どこかの展示で使ってしまうと、原則、その年に別の展示で使うことはできないということです。鳥獣戯画展では、「犬図」や「猫に紙袋図」など、特に人気のある仙厓作品を多くご紹介したので、今回の「仙厓展」はこれらの作品以外のラインナップで構成しなくてはいけませんでした。

「きゃふんきゃふん」でおなじみの《犬図》※今回は展示していません!

《猫に紙袋図》※今回は展示していません!

 とはいえ、当館には200点を超える仙厓作品が所蔵されています。また、仙厓さんといえばゆるくてかわいい絵、というイメージですが、真面目な絵や渋い絵も多く描いています。そこで、今回の展覧会は、ゆるくてかわいいだけではない、仙厓さんの多彩な作品をごらんいただく、というテーマで構成しました。
 具体的には、仙厓さんがゆるくてかわいい独自の画風を獲得する以前の若いころの作品や、旅先で目にした風景を絵にした渋い作品などを多くご紹介しています。

若かりし仙厓さんが描いた《香厳撃竹図》全然かわいくない…。「いや、微妙なかわいさはある!」と同僚は言いますが…。

太宰府の宝満山を描いた作品。仙厓さんは実は大の登山好き。

 本展を通して仙厓さんの意外な一面に触れていただくとともに、当館の仙厓コレクションの層の厚みについても知っていただけると嬉しいです。

(学芸員 古美術担当 宮田太樹)

 

 

コレクション展 古美術

松永さんが呼んでいる

早いことに、松永記念館室で開催中の「老欅荘の松永耳庵」展(1月22日まで)の閉幕まで、あと数日となりました。
本展は、2019年に同室で開催した「松永耳庵の茶」展(ブログ記事参照→「松永耳庵の茶、その再現に挑む」https://www.fukuoka-art-museum.jp/blog/7023/)の第2弾です。
松永さんの茶事に関する記録と、松永コレクションの茶道具を照らし合わせ、道具組を再現的に展示しようというもので、昨年に開催した特別展「没後50年 電力王・松永安左エ門の茶」の骨格作りもこの取り組みに基づきました。
ことに松永さんの茶事の様子を誰よりも多く、細やかに記録した仰木政斎(以下、仰木さん)の『雲中庵茶会記』は重要で、本書を読み込むことはもちろんですが、翻刻(ほんこく。活字化)作業にも取り組んでいます(後述)。その過程で、展示として成り立ちそうなネタも随分増えましたので、ここらでひとつ形にしておこうと開催したわけです。
今回取り上げた茶事は、3件(1949年7月16日、1954年2月14日、1956年4月8日)。それに興味深い蒐集エピソードをともなう数点の作品を合わせた計19点の作品によりご紹介します。

展示風景 「黄梅庵の昼会-消夏のもてなし(1949年7月16日)」

戦後、小田原に構えた邸宅「老欅荘」で、松永さんがどんな人たちを招き、どんな趣向で、どんな道具を用いてもてなしたか、仰木さんの眼差しを通して垣間見る展覧会です。仰木さんの後ろをついていって、おそるおそる茶室に入って、席主松永さんに対面するような気になれるはず。最初はとても緊張しますが、多分、だんだんと気がほぐれて、清々しい心持になれるのではないでしょうか。

 

展示風景 《黒楽茶碗 銘「次郎坊」》のハンズオン展示

《黒楽茶碗 銘「次郎坊」》も展示しています。実物の手前には、形、重さ、そして質感までリアルに再現したレプリカを設置しました。これを手に取って、名碗の「手取り」を楽しみながら実物を鑑賞できるハンズオン展示です。松永さんの視線を感じながらの「お茶碗拝見」、いかがでしょうか。

さて、『雲中庵茶会記』の翻刻を開始してから、丸6年が経とうとしています。最初は学芸課の古美術学芸員3名で定期的に集まって読書会の形で進めていたのですが、各々多忙のため集まれなくなり、読書会は程なく自然消滅。自分一人で細々と進めている次第です。
翻刻を始めた理由は、他でもなく松永さんの茶事の情報を収集、整備したかったためでした。松永コレクションの茶道具が実際にどのように用いられたのか、その事例が本書には数えきれないほど記録されていることがわかっていながら、活字化されていないことでアプローチするのに四苦八苦していました。それで最初から流し読みしながら、松永さんに関する記述や情報を見つけてはデータベースに入力する作業をしている内に、それならいっそ全部活字化していった方が後々役に立つに違いないと思って、軽い気持ちで始めたわけです。
いざ始めてみると、読むことと、一字一句もれなく判読して入力してゆくこととは、かくも次元の異なることなのかと痛感しました。判読できない文字はマークをつけてひとまず飛ばしてゆくのですが、翻刻の完成度を高めるためには、どうしても読みきらねばなりません。回数を重ねるうちに仰木さんの筆跡のクセが大分わかるようになってきましたが、それでも「読めそうで読めない」文字は、上下ひっくり返してみたり、ルーペで拡大して見たり、くずし字辞典をペラペラ、くずし字検索サイトを何度も試しながら、それだけで何時間も費やしてしまい、結局読めないということも多々あります。さらに、本書は割注(一行の中で二段構えで表記すること)を頻繁に用いるので、同じ体裁に整える作業にも結構な時間を要します。
この翻刻作業は、いつしか自分のライフワークみたいになって、毎年できた分を紀要に掲載しています。タイトルは「『雲中庵茶会記』翻刻稿」(当館公式ホームページからダウンロードできます)。今度の3月に発行予定の紀要に掲載する分で7回目になります。「稿」をつけた通り、未判読文字の存在、誤判読文字がある可能性、表記上の統一性、註記内容の充実等、完成度を高めるために改善する余地が多くあります。有難いことに、掲載を毎年楽しみにして下さる方が少なくなく、未判読文字を読んで下さったり、関連資料を送って下さったり、応援、激励のメッセージもいただきます。これまでの掲載分は適宜修正を加えて、いずれは「稿」の字を外した形で、出版などできたらいいなぁ、と夢想しています。
え?翻刻はどのくらい進んでいるのかですって?上下巻合わせて1253頁のうち、現時点で活字化したのは454頁分。6年かけて三分の一程度。チンタラやってきたことが分かります。このままひとりで続けた場合、単純計算であと12年。いま私は48歳なので、仮に定年まで当館で勤め上げたとして、定年退職までに終えることができかどうか、ギリギリのところ。
ともあれ、粗読みではありますが、本書は一応全て読み終えて、松永さんの茶事の記録は全て整理できました。その数、実に144項目(先述した特別展「没後50年 電力王・松永安左エ門の茶」の図録に一覧を掲載しています)!かくして、ネタは充分に仕入れましたので、引き続き調査研究・展示活動に活かしてまいります。乞うご期待。

(主任学芸主事 古美術担当 後藤 恒)

 

翻刻作業中の机

総館長ブログ

無言の会話

どーも。総館長の中山です。新年あけましておめでとうございます。

もう遠い昔のことです。わたしは神奈川県に住んでいて、バスで大学に通っていました。住み始めたころは、見なれない風景がめずらしくて、行き当たりばったりで通学の路線とは違うバスに乗り、知らない土地をのんびりと終点まで行って帰って来る、というような暇つぶしを何度となくしていました。ぜんぜん勉強してなかったんですね。

夏のはじめ、郊外のバス停から五、六人のご老人が乗って来られ、一斉に手話で会話をはじめられました。ときどき笑い声は聞こえますが、手話ですから静かな会話です。ですが、すごく早口でしゃべっていることや、こまかなニュアンスだってきちんと通じていることも見ていてわかりました。つまり、ワイワイやっているんです。おしゃべり好きのご老人たちだったのでしょうね。豊かな表情や手の動きに、言いたいことを伝えよう、表現しようとする意欲があふれていて、すごいなあと感心しました。これからみんなで久しぶりに繁華街にくりだして、それこそワイワイやりながら楽しい買い物でもするのだろうと勝手に想像してしまったことも覚えています。

美術館も、楽しいか楽しくないかは別にして、そこかしこで無言の会話がされている場所です。お客さま同士の会話ではありません。作品と観覧者のあいだにある無言の会話です。観覧者はそもそも美術好きで美術館に来ているのだから、「楽しいか楽しくないかは別にして」ではなくて、当然楽しい会話でしょと突っ込まれるかもしれません。でも、例えば年末までコレクション展示室(近現代美術室B)で展示していた戦後日本を代表する写真家・奈良原一高の作品などを見ていると、それこそ言葉では言いあらわせない、なんとも言いようのないものがモノクロ風景の向こう側から伝わってきて、単純に「楽しい」なんて言えなくなります。現在もコレクション展示室(古美術企画展示室)で開催中の「仙厓展」なら、これはたしかに楽しい会話になるかもしれません。それでも、やはり単純に楽しいだけではないと思うのです。

作品は、なにかを伝えるために生み出されたものです。そこに表されているものは、優れた作品であればあるほど、わたしたちのごく平凡で平均的な感覚から逸脱している。もともと言葉にできないから美術になるのだし。だから常識的な言葉に翻訳しにくくなる。そういう相手との無言の会話ですから、作品が「わからない」、美術館は苦手、というのもよくわかるのです。ただ、そんなわからない作品を作ったのもわたしたちとおなじ人間です。自然物には人間の作者はいませんが、美術作品の向こう側には必ずいる。そして作者は常に、作品からなにかを感じてほしいと願っている。もしも目の前の画面から、そういう「感じてほしいオーラ」が伝わってきたら、言葉にはならなくても、ほんの一瞬でもいいので、無言の会話を試してみてください。楽しくはないかもしれませんが、おもしろい可能性はけっこうあるんです。たとえば、驚かされ、ゾッとさせられ、胸が苦しくなり、それなのにきれいだなと感心させられ、なんだかほっとする、とか。これ、奈良原一高の「無国籍地」や「人間の土地」と無言の会話をしたわたしの素朴な感想です。

観覧者のみなさんとつながりたいのは作品だけではありません。いつも美術館の奥の方で、得体のしれない仕事をしている?みたいな学芸員も、つながりたいと思っています。展覧会の名前やごあいさつパネル、作品の並べかた、作品解説など、美術館の空間をカンバスとして、作品たちを素材として(えらく不遜ですが)、作品の作者とおなじように一生懸命なにかを伝えようとしている、または伝えようとあがいているのが学芸員です。つまりそこにも強い弱いはあるけれど、「感じてほしいオーラ」が漂っているはずです。作品の前から一歩さがって俯瞰してみて、そういう「感じてほしいオーラ」を運悪く感じてしまったら、今度は学芸員と無言の会話ができるかもしれません。そんなのしたくない? まあ、そう言わずに。

(総館長 中山喜一朗)

奈良原一高「無国籍地」/「人間の土地」 展示風景(2022年11月1日~12月27日)

奈良原一高「無国籍地」/「人間の土地」 展示風景(2022年11月1日~12月27日)

仙厓義梵《子孫繁盛図》
ちゃんちゃんの子がちゃんちゃんとなるからに ちゃんと其子もちゃんちゃちゃんちゃんちゃちゃん子孫繁昌

 

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