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現川焼陶窯跡まで、あと25m

-10月25日(水)から「幻の古陶・現川焼―田中丸コレクションを中心に」展が始まります。そこで今回は、一般財団法人田中丸コレクションの久保山学芸員より寄稿いただきました。-

〝現川焼〟というやきものをご存じでしょうか?
余程のやきもの好きでもない限り、ご存じないかもしれません。
そもそも何と読むのか?という声が聞こえてきそうですが、〝現川〟と書いて〝うつつがわ〟と読みます。
江戸時代に肥前国(ひぜんこく)彼杵郡(そのぎぐん)矢上村(やがみむら)現川というところで焼かれたため、地名にちなみ〝現川焼〟と呼ばれています。
一般的にあまり知られていないのには理由があります。
江戸時代のわずかな期間しか焼かれておらず、忽然と歴史の表舞台から姿を消したやきものだからです。そのため伝世品が少なく、なかなか目にする機会がありません。

現川焼 刷毛地抱銀杏輪花皿(田中丸コレクション)

その現川焼の展観を10月25日(水)から12月17日(日)まで1階の古美術企画展示室で開催します。福岡市美術館と田中丸コレクションの現川焼22件を展示し、リーフレットの解説では現川焼の歴史とそのルーツに迫ります。

その下準備がようやく終わり、あとは展示作業やリーフレットの納品を待つばかりとなったある秋の日―。
現川焼が焼かれていた場所は、今どうなっているのだろうか?と、ふと気になり、長崎市現川町を訪れてみることにしました。

福岡市内から長崎市現川町へは、車でおよそ2時間。
現川町は長崎市の東部に位置しています。
長崎市のホームページによると、321世帯で人口671人(2023年9月30日時点)の小さな町です。
最初に向かったのはJR現川駅です。

JR現川駅

この駅は山間部にある小さな無人駅で、周囲にはコンビニや飲食店も無く、駅の佇まいは古き良き昭和の匂いを感じさせてくれます。
私が現川駅に到着したのが、午前10時過ぎ。
この日は祝日とあってか、ホームにはたくさんの人が長崎駅行の列車を待っています。
意外と言っては失礼ですが、利用客が多いのには驚きました。
それもそのはずで、JR長崎駅へは2駅と近く、長崎本線の列車に乗れば12分ほどで着くそうです。
そういえば、現川駅へ向かう途中、町の入口には真新しい家が建ち並んだ新興住宅地があり、近年、現川町へ移り住む人が多いのかもしれません。

さて、次はいよいよ現川焼を焼いた登窯の跡「現川焼陶窯跡(県指定史跡)」を目指します。
今から300年ほど前の窯跡なので、はたしてどうなっているのやら。
前もって地図で調べると、深い森の中にあり、現川駅からは歩いて行ける距離。
ちょうど天気も良かったので、現川町の風景を楽しみながらぶらぶらと歩くことにしました。

深い森の中に眠る現川焼陶窯跡(観音窯跡)

現川駅を後にし、高城台小学校現川分校跡を通り過ぎると、小さな川が流れています。
この川が〝現川〟の地名の由来となった〝現川川〟です。

現川川

地名辞典によると〝現川〟というのは「細長い地形を流れる川」を意味するとのこと。

この現川川に沿って上流の方へ進んで行くと右手に「現川焼陶窯跡 165m」という案内標識が見えます。
その矢印に従いながら、民家の間の狭い路地を通り抜けると墓地に突き当たります。
ここにも親切に「現川焼陶窯跡 25m」の案内標識が設置されています。 

現川焼陶窯跡の案内標識

目的地までは、あと25mです。
と、その矢印が示す方向を見た時です。
山道が倒木で塞がれ、宙には蜘蛛の巣が幾重にも張り巡らされて、行く手をはばんでいるのです。
鬱蒼とした森の中へ続くその山道は、人ひとり通れるほどの狭さで、この道以外に歩いて行けるようなところも見当たりません。
一瞬たじろぎましたが、せっかく福岡からはるばる来たのに、これぐらいのことで引き返すわけにはいきません。
しかも、あと25mなのです。
あまり気持ちが良いものではありませんが、そのへんに落ちている棒切れを拾い、蜘蛛の巣を払い落としながら、その急斜面の山道を登ることにしたのです。

この日の天気は曇りのち晴れで、気温は25℃。
前日の雨のせいで湿度が高く、ぬぐってもぬぐっても汗が滴り落ちてきます。
そして、息も絶え絶えにようやく倒木のところまでたどり着いた瞬間、今度は前方から「シャーッ」という何やら不気味な音がし、恐る恐る音のする方を見ると、倒木の上でヘビがとぐろを巻いて威嚇してきたのです!
さらに、その倒木の向こうには、羽音を立てて浮遊するスズメバチの群れ!!
私の顔から一瞬にして表情が消え、一目散に逃げ出したのは言うまでもありません。
〝泣きっ面に蜂〟とは、まさにこのことです。
そして、なぜだかわかりませんが手の指が痒い―。

現川町を後にした帰りの車の中で、この続きは寒い冬の季節にしようと、少し赤く腫れた指をさすりながら一人呟くのでした。

一般財団法人田中丸コレクション 学芸員 久保山炎

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