2022年7月6日 15:07
7月12日、ジョアン・ミロ《ゴシック聖堂でオルガン演奏を聞いている踊り子》が福岡市美術館の展示室に戻ってきます。
黒い画面の中央に灰色の石のようなかたちが表され、その内と外にのびのびとした線で生き物や三日月のようなモチーフが踊るこの作品。スペイン・バルセロナ出身の画家であるジョアン・ミロが1945年に描きました。1940年から42年にかけて戦禍を逃れるために滞在した、マヨルカ島での日々が着想源になっています。福岡市美術館の開館当初にコレクションに加わり、長い間、多くの方に愛されています。
「戻ってくる」ってどういうこと?と思っている方へ。この作品、「ミロ展 日本を夢みて」(東京会場:Bunkamura ザ・ミュージアム、2022年2⽉11⽇ – 4⽉17⽇、愛知会場:愛知県美術館、2022年4⽉29⽇ – 7⽉3⽇)への貸し出しのため、少し長めの出張をしていたのです。展覧会のポスターや、「新美の巨人たち」「ニコニコ美術館」「日曜美術館」といった番組での展覧会特集でこの作品をご覧になった方もいるのではないでしょうか?
「ミロ展」は、ミロ作品と日本との関係や、ミロの創作の秘密を、カタルーニャで起こった日本趣味の流行(いわゆる「ジャポニズム」)、ミロの来日にまつわる資料等とともに紐解いていく企画です。約20年ぶりの日本での回顧展で、この間にアップデートされたミロ研究の最新の成果が盛り込まれています!《ゴシック聖堂でオルガン演奏を聞いている踊り子》は、「第3章 描くことと書くこと」という章で紹介されています。
この章では、文字から絵、絵から文字へと行き来するミロの特色と、スペイン内戦と第二次世界大戦というふたつの戦禍に見舞われて、身を潜めながら描いていた状況について説明されています。本展図録によると、《ゴシック聖堂でオルガン演奏を聞いている踊り子》には「和紙を用いて描線の肥痩や濃淡、潤渇をさまざまに試す実験を繰り返し、従来の丁寧で細い線で描き出した人物たちとそれを共存させようとする」、「その美しい例」が見られるのだそうです。筆者も愛知会場に行ったのですが、中央のひときわ太い線は、ミロが筆を動かす一連の動作や時間をたっぷりと含んでいるように感じられました。反対に、周囲の人物たちを縁取る白い線は、画面から浮き出して、光っているようです。解説を踏まえて鑑賞すると、細部を見て気付くことが増えます。他館が企画した展覧会への出品は、作品への理解が深まる絶好の機会になるということを、改めて確認しました。
実はもう一つ裏話が。「ミロ展」担当学芸員である愛知県美術館の副田一穂学芸員は福岡のご出身で、当館で初めてミロ作品を見たのだそう。お聞きしたところ、小学校高学年の時にお祖父様に連れられてきた当館で《ゴシック聖堂でオルガン演奏を聞いている踊り子》を気に入り、そのポストカードと1986年の『ミロの世界』図録をねだって買ってもらったとか。大学で美術史を専攻したときにそれを思い出して、「せっかくだからミロやるか!」と卒論のテーマに選んだ、ということです。
気に入った、という感覚を突き詰めた先に、展覧会担当学芸員となる未来が待ち受けていた、とは…コレクション展示室の可能性を感じさせる、素敵なエピソードではないでしょうか。
さて、東京・愛知で多くの方にご覧いただいた《ゴシック聖堂でオルガン演奏を聞いている踊り子》は、出張を終え、7月12日から当館の展示室A「コレクションハイライト①」にて再展示します。会期中に、お客様による撮影が可能な「ミロデー」も予定しています(7/13,16,23,26,30の3【ミ】と6【ロ】が付く日)。ミロ作品との再会をどうぞお楽しみに!
(学芸員 近現代担当 忠あゆみ)
参考文献:
「ミロ展 日本を夢みて」図録(Bunkamuraザ・ミュージアム、富山県美術館、愛知県美術館、中日新聞社編、2022年)
吉岡知子「ゴシック聖堂でオルガン演奏を聞いていたジョアン・ミロ 1940-1945」『モダンアート再訪』(鳥取県立博物館、埼玉県立近代近代美術館、広島市現代美術館、横須賀美術館、美術館連絡協議会、2018年)