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コレクション展 古美術

空気を読みすぎた若手絵師

本日から1階古美術企画展示室にて「芸術とパトロン」を開催しています(~8月30日(日))。新型コロナウイルスの感染拡大防止のために、当館職員も在宅勤務を実施しており、実はこの展示は自宅で考えたものです。ホームページをリニューアルした際に、所蔵品検索の機能を大幅に充実させ、著作権上の問題がないものに限りほぼ全ての作品が写真つきで閲覧できるようになりました。ご自宅でも気軽に作品鑑賞をお楽しみいただけますので、是非ご活用ください!

とはいえ、パソコンの画面越しでは分からないことがあるのも事実。私も在宅勤務期間があけて、改めて生で作品を見たときに新たな発見がいくつかありました。ということで、本展出品作品から《八景図》をピックアップしてご紹介したいと思います。

これは中国の名所に因んだ8場面を、黒田家第4代藩主・黒田綱政(1659-1711)、狩野主信(もりのぶ、1675-1724)、狩野昌運(1637-1702)の3名でそれぞれ分担して描いたものです。福岡藩の殿様と幕府や藩の御用を務めていた狩野派絵師の合作であり、パトロンに焦点をあてた本展にぴったりの作品です。まずは3人の画風をそれぞれ比べてみましょう。

黒田綱政

黒田綱政

狩野主信

狩野主信

狩野昌運

いかがでしょうか?輪郭線は使わずに墨のグラデーションによって遠くの山々をあらわすという手法は3人に共通しますが、手前の岩の表現にはかなりの違いが認められます。すなわち、綱政と主信は遠くの山々と同様に輪郭線を用いない手法を用いるのに対し、昌運は濃い輪郭で縁取り筆の毛羽立ちをいかして岩肌のごつごつした質感を表現しています。絵画表現としてどちらがすぐれているか、と言われると私は昌運に一票を投じます。手前と奥とで表現を変えることで画面が単調になるのを防いでいますし、近くがくっきり、遠くがぼんやりとしているので奥行きを感じることができます。アマチュアの綱政とプロの昌運の技量の差がはっきりと示されているとも言えるでしょう。

さて、ここで問題になるのが、主信が担当した部分です。というのも、御用絵師の中でも最も格式の高い奥絵師という立場にあった主信にしてはちょっと画面が素気なく本気を出せばもう少し上手に描けたのではないか、という気がするのです。「ひょっとして綱政に気を使って彼の画風に寄せているのでは?」そんな疑いも持ってしまいます。これは妄想に近い仮説ではありますが、せっかくなので検証してみたいと思います。

まずは3人の年齢構成を確認しておきましょう。この絵巻がいつ描かれたかはっきりしませんが、仮に綱政が40歳の時とすると、主信は24歳、昌運は52歳となります。主信がダントツの若造であることが分かりますね。作画にあたっては綱政に相当気を使ったのではないでしょうか。一方、昌運は綱政より一回りも年上ですし、綱政の絵の先生でもあります。主信に比べると、綱政にそれほど気を使う必要はなく、自身の画風を発揮することが可能だったと言えるでしょう。

それから、もう1つ注目したいのが絹継ぎです。本絵巻は長さが6.5mに及ぶ絹に描かれていますが、もちろん一枚絹ではなく、30~60cmほどの絹を12枚つなぎ合わせています。この絹継ぎを観察することによって、どのような過程で制作されたのかを復元的に考察することができます。もう少し具体的に言うと、3人がそれぞれ別々に描いたのを後から合体させて1つの絵巻にしたのか、あるいは、元々1枚につなぎ合わせた状態の絹に3人が絵を描いたのか、を想像する手助けになるのです。結論を先に言うと、綱政と主信は、元々1枚につないだ状態の絹に描いており、昌運は別に描いたのを後から合体させたのではないかと思います。なぜそう言えるかというと、綱政と主信が同じ絹に描いている箇所があるからです。

ですから、綱政と主信が別々に描いて後から合体させたということはありえません。まず、綱政が作画を完成させた後にバトンタッチして続きを主信が描いた、という過程が想像できるでしょう。一回り以上も年の離れた殿様の後を受けた主信の気持ちは想像するだけで胃が痛くなりそうです。「殿様より上手く描いちゃったら怒られるかな…」「でも、下手くそすぎると仕事がもらえなくなるかも…」なんてことを考えながら恐る恐る筆を振るったかもしれません。

一方、主信の次の場面を担当した昌運はどうでしょう。絹の継ぎ目で絵がつながっていないことは一目瞭然ですね。

綱政・主信とは別に描いたのを後から合体させた可能性があります。それほどストレスなく描けたのではないでしょうか。

以上、多分に妄想を含んでおり多くの検討課題を残した仮説ではありますが、1つだけ言えることは、作品は作家が自由に制作できるわけではなく、様々な制約を受けていたということです。そして、彼らの制作を規定する重要な要素としてパトロン(本絵巻の場合は綱政)の存在が大きかったということも実感していただけるのではないでしょうか。展示は8月30日(日)まで。殿様と若手絵師のコラボ作品を是非会場でご覧下さい!

(学芸員 古美術担当 宮田太樹 )

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