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福岡市美術館ブログ

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コレクション展 近現代美術

再開館後、作品を目の前にして思うこと

ディスプレイ越しではなく、同じ空間に身を置いて作品を鑑賞できる日常が戻りつつあります。久しぶりの展示室で対面する作品へのいとおしさはひとしお。その中で「新収蔵品展(近現代美術)」(6月28日まで)で展示中の作品《作品の前で語られた、いくつかの会話》は、さまざまなことを想起させてくれます。

歴史する!Doing history!
本作品は、2016年8月に当館で開催した現代美術のグループ展「歴史する!Doing history!」で制作・発表されました。この展覧会は、大規模改修工事とそれに伴う長期休館を目前に控え、当館あるいは福岡の歴史に触れながら、現状を記録し、未来に向かって歩むための準備をしようという思いで企画していました。
飯山由貴さんは、無名の人物によって編まれたスクラップブックなどの記録、それに関する歴史的出来事を示す資料、インタビューによって収集した関係者の語りといったドキュメントを用い、映像作品やインスタレーションを制作するアーティストです。飯山さんは上記の企画趣旨に応答し、「歴史する!」展に3作品を出品しました。福岡県福津市津屋崎の旧旅館で見つかった戦争画についてのインタビューをもとにした映像作品と映像に登場する絵画を会場に配置したインスタレーション《戦争画の部屋》、博多港が終戦後に引揚援護港として朝鮮半島や中国大陸から引揚者を迎え入れ、同時に旧植民地出身者を送り出していた歴史に目を向け、その体験者に取材した進行形のプロジェクト《無題(帰郷と故郷の喪失)》、そして2018年度に収蔵となった《作品の前で語られた、いくつかの会話》です。これらの3作品は福岡を起点としながら、資料やインタビューで得られた語りのレイヤーによって、近代日本の歴史と個人史に接近していく飯山さんの手法が際立っていました。(飯山さんは来月から開催予定のヨコハマトリエンナーレにも参加されます。「歴史する!」展以降も継続している福岡での取材も新作に生かされているとのこと。楽しみです!)


《戦争画の部屋》「歴史する!」展での展示風景 撮影:山中慎太郎(Qsyum!)


《無題(帰郷と故郷の喪失)》「歴史する!」展での展示風景 撮影:山中慎太郎(Qsyum!)


《作品の前で語られた、いくつかの会話》「歴史する!」展での展示風景 撮影:山中慎太郎(Qsyum!)

 

ギャラリーガイドボランティアによるツアー
2016年春から数度にわたる福岡滞在中、飯山さんは当館で行われているギャラリーガイドボランティアによるツアーに参加しました。このツアーでの体験から生まれた、美術館で展示される作品のあり方への関心が、《作品の前で語られた、いくつかの会話》という映像インスタレーションに結実します。
福岡市美術館で1日2回、11時と14時に開催しているギャラリーガイドボランティアによるツアー(現在休止中)は、コレクション展示の中からボランティアが選んだ3作品を、約40分間でめぐるものです。このツアーの肝は、作品や作者についての知識を与えるのではなく、共に鑑賞し、感想や気づいたことなどを話し合うことにあります。じっくりと作品を見るきっかけを作り、作品と来館者の距離を近づけることが目指されているのです。
美術館で学芸員はまず、作品を美術史に位置づけます。美術館が「墓場」に準えられることがありますが、それは作品に一つの価値基準が与えられ、歴史化されることに因るでしょう。しかし、同時に美術館は来館者に開かれた場でもあるので、美術史の観点から書かれた解説を並置していても、来館者は様々な形で作品を受け取ります。現代の文脈でとらえたり、まったく別の何かとぐいっと飛躍しながらつながっていったり、時には個人的な記憶を呼び起こす引き金になったり。社会に放たれた作品は、鑑賞者との間で新たな、無数の歴史・物語を編んでいくのです。

作品の前で語られた、いくつかの会話
《作品の前で語られた、いくつかの会話》は映像とテキストによって構成され、特に福岡市美術館の歴史、作品と美術館を往来する人の声(歴史)がクロスオーバーする重層的な作品です。
福岡滞在中、飯山さんはギャラリーツアー参加者の許可を得て、ツアーの会話を録音しました。7種のテキストのうちの3種がツアーでの実際のやりとりを書き起こしたものです。脚本のような、小説のようなテキストを読むことで、かつて作品の前で実際に交わされた会話を追体験できるのです。「新収蔵品展」では、その中の1種を展示・配布しています。
残る4種のテキストは、美術館の収蔵品ではなく美術館の傍に設置されている2体の銅像「広田弘毅像」「進藤一馬像」についての会話です。福岡にあった政治団体「玄洋社」と関係のある政治家で、一人は日本の近代史に、一人は福岡市そして福岡市美術館の歴史に重要な役割を担った人物の銅像に対する市民の反応や、思い出が語られています。(7種のテキストは『歴史する!』の図録にも附録として収録されています。作品の収蔵にあたり再度校正していますので、まったく同じではありませんが。)
映像では、美術館で働く清掃員や警備員、監視スタッフの姿、ギャラリーガイドボランティアと学芸員が展示室でギャラリートークの練習をする様子がとらえられています。撮影時から4年経った今では懐かしく思えるリニューアル前の美術館での日常風景に重ねられているのは、作品の前でいくつもの歴史・物語に立ち会ってきたガイドボランティアの声です。飯山さんからツアーで印象に残った感想や反応、エピソードについて尋ねられ、記憶の糸をたどりながらボランティアが語るのは、固定観念を悠々と飛び越えていく中学生グループの話、その時の気持ちによって同じ作品も違った印象を残していくと語ってくれた人の話、ロスコ《無題》をジャムを塗った食パンとみる子どもたちの話、作品に表された状況に自身を置き換えて語ってもらった時に漏れる子どもたちの本音等々…。普段埋もれてしまっている、何気ないつぶやきや発想、時には叫びのようなものがツアーの最中にふっと顔を出してしまう様子がボランティアに強く印象を残していることも興味深いです。

実物を目の前にして、そのサイズや質感を体感しながら、問いかけに対して絞り出す、あるいは口をついて出る声。その一つ一つの語りは、些細なものかもしれませんが、ふとあらわになることで、かき消されてきた、埋もれてしまってきた無数の声の存在までもが想像される。本作品は、来館者と作品の間に生まれてきた、そしてこれから生まれるだろういくつもの関係に気づかせてくれます。

緊急事態宣言の解除を受けて、当館も5月19日から再開館することができましたが、残念ながらガイドボランティアによるツアーは再開にはいたっていません。展示室で作品について人と語り合うこともしにくい異常事態は続いています。それでも、作品との対面が可能となった今、《作品の前で語られた、いくつかの会話》を手掛かりに、かつてあった展示や作品を想像し、自分の中に埋もれている記憶や感覚にも目を向けてみてはいかがでしょうか。そして、晴れてギャラリーガイドボランティアによるツアー再開の日が来たら、ぜひ参加してみてください。

(学芸員 近現代美術担当 正路佐知子)

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