2021年12月23日 13:12
みなさん、今年はどんな年でしたか?
私にとって今年は、公私に渡って風にまつわるアートプログラムに大きく関わった、そう、「風の年」でした。

今年7月1日にお披露目となった、インカ・ショニバレCBEによる≪ウインド・スカルプチャー(SG)II≫。まさに“風の”彫刻です。この作品の設置に私は深く関わっていました。設営作業から遡ること約2年前、海外の関係者とのメールのやりとりにはじまり、ロンドンにおける制作の進捗状況チェックのため、複数回に渡るオンラインミーティングでの通訳、輸送方法のスケジュール確認、そして安全にこの「ウインド・スカルプチャー 風の彫刻」が据え付けられるまでが、大きな一区切りでした。英語を介して、アーティスト側と美術館側のスタッフ相互の真剣なやりとりを通訳したり、自分なりの疑問点を見つけてそれをアーティスト側に投げては確認したりしていく、その過程に携わることこそが私の業務の醍醐味なのです。
作品設置当日の現場では、タブレットを手に持ち、安全に確実に設置を遂行できるようにロンドンのショニバレ・スタジオのスタッフとオンラインで動画を(右往左往して)中継していました。私は大工の血を受け継いでおり、いろんなアートの現場において、作品(群)が出来上がってくる瞬間や、作品(群)が素敵に設置されていく場面に携わることを無上の喜びとしています。そういった私の精神構造上、今にもインパクト・ドライバーを手に取り、職人さん達に交じって設置作業に参加したい衝動にかられましたが、かろうじて抑えました。
英語通訳者としてどうしても設置当日まで気になっていたのが、設営マニュアルに書いてあった「stabilizer(スタビライザー。安定装置、揺れ止め、などの意味)」の役割です。メールのやりとりの中で何度かショニバレ・スタジオの担当者に尋ねて、回答を得てはいたものの、なんだかまだ要領を得ない。「スタビライザーって、どのタイミングで、どうやって使うんやろか?」。私は英語通訳翻訳の係ですので、福岡市美術館の職員にも英語版マニュアルに書いてあることを正確に伝える義務がある。答えは設営時の職人さんたちがその場の作業で教えてくれました。その様子は、当館の二階に常設展示しているモニターにて、記録映像の中でご覧いただけます。全編約2分45秒のうち、約2分のところでしっかりと「スタビライザー」が登場して活躍しています。

(力学やモーメントに詳しい方には見つけやすいのではないかと想像しています。)
それにしても、この≪ウインド・スカルプチャー(SG)II≫、踊っているように見えませんか?

背骨の立ち具合、曲がり具合(英語でもこの作品の支柱を「spine〈スパイン、背骨の意味〉」と呼んでいました)、左右の布の拡がりが左右の手の軽やかな舞い、いまでも回りそうな造形の妙。そう、この彫刻がしなやかに踊っているイメージが文字通り、私に「纏わりつく」のです。

設置に関する事前の、机上の確認作業において、どこを正面としてそれをどの方角に向けるか検討した段階がありました。その際、約10枚の、一定の角度ずつ変えたシミュレーション画像を何度も繰り返し、順送りで私が見たせいもあるかもしれません、その時から、≪ウインド・スカルプチャー(SG)II≫は私の中で踊り始めたようです。
その他には、壱岐島、それと海の中道海浜公園で、それらの場所で風を感じ、そして新しい風を置いてきました(つもりです)。自分自身で風を見つけ、新しい風を作り、それを感じていただく。これからもみなさんとともに、こちらでもそちらでも気持ち良い風を感じられますように。
少し早いですが、どうぞ良いお年をお迎えください。
徳永昭夫(国際渉外担当員)
2021年12月2日 09:12

前回ご紹介した美術品と箱の話①で、輸送時に梱包する箱についてお話をしました。箱で輸送時に気を付けるべきことは主に移動時の温湿度変動と振動がメインとなります。そのため、輸送用の箱は移動に特化した作りとなっています。
では収蔵時に使用する箱はどうでしょうか?
収蔵庫で保管する際は移動というよりも、適切な保存環境で安全に設置されていることが重要となります。
美術作品が損傷しないように気をつける、ということはなんとなく分かっていただけるかと思うのですが、なぜそもそも美術作品は損傷するのでしょうか?
実は美術作品は下記の環境要因によって損傷が起こると言われています。
①温湿度
②光
③空気
④生物
⑤振動
⑥火災・地震
⑦盗難・人的被害
(参照:京都造形芸術大学(編)『文化財のための保存科学入門』2002)
最近は水害も多いので⑥に水害も加えた方が良いかな?と思います…が、それはともかく箱に話を戻しましょう。
輸送用に使われている段ボールは一般的に再生紙を使っておりpH値は酸性となります。そのため、そのまま輸送用の箱で保管すると内部に酸性ガスが充満し、美術作品にも悪影響を与えてしまいます。先ほど紹介した③空気というのがこれに該当するわけですね。
そこで開発されたのが下記の箱です。

これは中性紙保存箱と呼ばれる中性紙を用いて作製された保存専用の箱になります。つまり、この中に保管された美術作品は正常な空気環境下に置かれることになります。もう一つ重要なのは中に何が入っているかラベルや資料情報が書かれた紙も一緒に同梱して整理することです、これが紛失予防にもつながります。

この中性紙保存箱は上の図のように組み立てるだけの簡単なタイプもありますが、そのサイズに入らない美術作品も福岡市美術館は多く所蔵しています。そのため、サイズが無い場合はせっせと気合(!)で作る、という選択をします。適度な強度があるため、一般的な段ボールと同様に工作が可能なんですね。
最近作った箱がこちらです。

これは額装されていないむき出しのキャンバスを保管するために考えた方法です。キャンバスを裏面で固定しているもので、輸送箱にも同様の形状がありトランジットフレームとかトラベルフレームと呼ばれています。この形状をそのままに素材を変えて応用したものがこちらです。裏面の金具が出てるところはちょっとだけ穴を空けて壁や柱に固定できるようにしました。これで安全に棚の中にも入れられますし、移動時に壁や柱にちょっとだけ仮置きする際にも固定が可能となります。
手作り感が溢れる感じはご愛敬、このように地道に手間暇かけるとその分結果が返ってくるなぁ、と実感する時があります。
所蔵品は今もしっかりと収蔵庫に保管されており、皆さんに展示でお披露目される日を待ち続けています。
(学芸員 作品保存修復担当 渡抜由季)
2021年10月28日 12:10
年明けから始まる企画展「田部光子展」のポスターとチラシが出来ました!さっそく館内で掲示、配布しています。

田部光子展のポスター。デザインは尾中俊介(Calamari Inc.)さんです。
田部光子さんは1950年代より活動をスタートし、福岡を拠点に現在までずっと美術のフィールドを走り続けてきた美術家です。 田部光子さんの名前は、1957年に結成された福岡の前衛美術グループ「九州派」の主要メンバーとして、あるいは「真の女性の解放は、妊娠から解放されなければあり得ない」と考え制作した《人工胎盤》の作者として現在ではよく知られています。1961年という、フェミニズムやジェンダーという言葉が生まれる前に、欧米でフェミニズム・アートの先駆とされるジュディ・シカゴの作品《ディナー・パーティー》の10年以上前に、妊娠を巡る苦痛や困難という実体験をもとに、社会における女性の解放を題材に作品化した田部さんの先駆性に注目が集まっています。
九州派時代と1990年代以降の作品については、作家自身の手で編集された作品集『Recent Works』『Recent Works2』でも紹介されています。けれどそこには触れられたことのない空白期間が存在します。本人も進んで語ることのなかった1970~80年代、田部さんは何をしていたのでしょうか。決して活動してなかったわけではなく、主婦の仕事と両立させながら旺盛に作品を発表し、さまざまなコトを起こしていました。その後、この時期の作品についてなぜ語らなくなるのか、そこには様々な理由があったでしょう。
田部光子展を開きたいと田部さんに伝えた時、懸念していたのは空白期間の活動を調べていいのだろうか、紹介してもいいのだろうかということでした。けれど田部さんは、私に「任せた、好きにやっていいよ」と言ってくれました。その言葉に背中を押されるように、アトリエの奥に眠っていた資料と作品に向き合い、当時を知る方々にも話を伺いながら、展覧会の準備を進めています。空白期間の作品もすべてではないですが現存していました。調査を進めてきた今、これらも田部光子の美術家としての活動を語るのに不可欠なものだと確信しています。
ポスターのメインイメージに使用したのは、「九州派」が実質的にその活動を終えていた1969 年 2 月 25 日、「第3回九州・現代美術の動向展」の初日に出品作家の大半が参加したパレードで撮られた写真です。皆と揃いの法被を着る田部さんは、子どもサイズのマネキンを背負い、こちらを向いて微笑んでいます。この時、田部さんは子育て真っ最中。美術展のパフォーマンスとでも呼べるパレードの中で、主婦の育児労働の大変さも同時に訴えたのです。ジェンダーの問題を、美術という想像/創造行為をとおして訴え、社会を変えていきたいという思いは、《人工胎盤》から変わっていないことがわかりますが、これ以降も、田部さんはこの思いを胸に、活動を広げてゆきます。(それは年明けに会場でご確認ください。)
田部光子という美術家の活動を一言で表すとしたら……? 本展覧会のサブタイトルは、田部さんが2000年頃から愛読した書物で出合い、座右の銘としてきた言葉を採用しました【註】。田部さんは著作の中で、「この言葉に励まされ、ずっと制作を続けてきた」と語っています。
わたしは展覧会を準備する中で、新たに知ることとなった田部さんの作品、行動力、発言に、たくさん励まされてきました。本展覧会で紹介する田部さんの作品と活動は、わたしだけでなく多くの人の「希望」になるだろうと期待しています。お楽しみに!
(学芸員 近現代美術担当 正路佐知子)
田部光子展「希望を捨てるわけにはいかない」
会期:2022年1月5日(水)~3月21日(月祝)
会場:福岡市美術館2階 近現代美術室A・B
https://www.fukuoka-art-museum.jp/exhibition/tabemitsuko/
【註】田部が「希望を捨てるわけにはいかない」という言葉に出合ったのは、小泉義之著『ドゥルーズの哲学—生命・自然・未来のために』(講談社現代新書、2000年、p.138)においてでした。哲学者ジル・ドゥルーズが『意味の論理学』で述べた内容の引用でもあります。なお、ジル・ドゥルーズ『意味の論理学(上)』(小泉義之訳、河出文庫、2007年、p.280)で当該箇所は「希望を放棄することはできない」と訳されています。