2023年9月7日 14:09
8月26日(土)から9月3日(日)の間の3日間で、福岡市美術館では今年もバリアフリーギャラリーツアーを開催しました。これは、美術館にやってくる様々な背景をもった方たちそれぞれが、安心して学び、楽しく過ごせる場となるよう、アクセシビリティの向上を目指して2020年よりスタートしたものです。具体的には聴覚に障がいがある方のための「目で聴くツアー」、車いす利用者のための「ゆったり車いす鑑賞ツアー」、視覚に障がいのある方対象の「おしゃべりとてざわりのツアー」、など、3つのツアーを毎年9月頃に開催しており、今年で4回目となります。
いずれも基本は当館のコレクション展で平時に行っている、参加者全員で作品を囲み対話しながら鑑賞するツアーを基本にしていますが、手話通訳の方に入っていただいたり、視覚に障がいのある方向けのツアーでは作品に触れていただく機会を設けたりと、ツアーに合わせて少し工夫をしながら開催しています。
当日始まってみるまではどのような方が参加され、どのような反応や言葉が出ることとなるのか、予想のつかないまま準備をして当日を迎えたのですが、ツアーが始まると、ハッとするような鋭い観察をされる方や新鮮な言葉を発する方がいて、主催側のひとりとしてツアーに参加しながらもとても充実した鑑賞体験となりました。
例えば「聴覚障がい者のための目で聴くツアー」では、古美術企画展示室に展示中の着物《単衣 御所解文様(水辺春景)》を見てもらうとすぐに、着物の前身頃と後側全体に刺繍で表された文様が、糸の色や縫い方、モチーフの大きさで裾から上半身部分へ向けて、遠景と近景に縫い分けられていることに気がつく方が。言われて観察してみると、裾から下部分にはこげ茶の濃色の糸で刺繍された岩や、松の木の文様が大きく目立つのに対して、肩のあたり、上方には波文や笹の葉が金糸や淡色の糸で細やかに刺繍されていて、一枚の着物の中に自然と景色の広がりを感じるような表現がされています。6月に展示が始まってから何度も立ち止まって見ていたはずの着物でしたが、参加者の指摘でその刺繍の技の素晴らしさが急に実感され、違ったものに見えてくる時間でした。
《単衣 御所解文様(水辺春景)》 江戸時代19世紀、福岡市美術館蔵
刺繡と染で文様が表された着物を鑑賞。参加者の言葉を通訳の方が細やかに手話で伝えます。(8月26日開催、「聴覚障がい者のための目で聴くツアー」)
通常のギャラリーツアーでもそうなのですが、言葉にして他の参加者が伝えてくれることで、自分でわかっているつもりになっていても通り過ぎている様々な事柄が意識され、それによって一層よく作品が見えてくるということがあります。バリアフリーギャラリーツアーでも、そうしたベースの部分は変わらず、他の人と一緒に作品を見る醍醐味であると言えます。
翌週、9月2日(土)には車いす利用者の方むけの「ゆったり車いす鑑賞ツアー」と、普段車いすを利用していない方への「車いすで美術館ツアー」を開催しました。「ゆったり車いす鑑賞ツアー」では、約90分ほどをかけて、じっくり作品を見たり、それぞれの部屋の展示テーマについて紹介したりしながら美術館の常設展示スペース全体を周りました。ツアー後に感想をお聞きしてみると、車いすを利用している方やそのご家族は、興味をもった時に自分たちで個別に美術館に行くことはこれまでもしてきたけれど、他の参加者と一緒に作品を見たり、美術館プログラムに参加するということ自体はあまり無く、今回は車いすツアーと謳ってあることで安心して参加でき、楽しめたということを仰ってくれました。今後も興味をもったテーマや展示で機会があれば参加したいということも仰っていただき、色々な方にこれからも気軽に美術館の催しに参加してもらうには、こちらの受け入れ準備や、工夫も重ねていかねばという思いも強くなる言葉でした。こうした直接の声を聞けるのも、美術館の人間にとって貴重な機会となりました。
そして車いすのツアーでは回を分けて、普段車いすを利用していない人向けのツアーも行いました。これは過去にも開催してきたもので、展示室での鑑賞へ向かう前にはじめに車いすの基本的な乗り方や操作を練習してからスタートするのですが、実際に操作してみると自力で車いすの車輪を回しながら、わずかな段差など足元に気をつけ、人とぶつからないよう建物の中を動くだけでもかなりの体力を使います。2階の近現代美術の展示室を巡り半分を過ぎた頃には、「明日は腕が筋肉痛になる!」という声が上がりはじめ、1時間後、スタート地点に戻るころには皆さんかなりお疲れの様子でした。参加者からは作品を見ること以上に、常に色々なことへ意識を向けなければならず、作品鑑賞だけに集中できないのがよくわかりました、という感想があがり、実際に車いすに乗り、目線を変えてみることで気がつくことが多くある体験になったかと思います。
車いすのツアーは、車いす利用者に向けてだけではなく、普段車いすを使っていない方を対象にしたツアーも開催しました。(9月2日開催、「ゆったり車いす鑑賞ツアー」と「車いすを利用しない方の車いすで美術館ツアー」)
9月3日に行った「おしゃべりとてざわりのツアー」では、これまでもこのツアーをお願いしている“ギャラリーコンパ”メンバーの石田陽介さん、濱田庄司さん、松尾さちさんに今年も講師としてご参加いただきました。ギャラリーコンパは、視覚に障害のある人とない人が一緒に作品鑑賞をする活動を長く続けている3人のユニット名であり、福岡市美術館でも何度かプログラムをお願いしています。
9月3日開催、「おしゃべりとてざわりのツアー」の様子。
おしゃべりとてざわりのツアーでは、作品鑑賞をスタートする前にまずはコンパの皆さんがデモンストレーションを行い、皆で一緒に見る時のことを確認しました。身体をスケールにして作品の大きさを伝えたり、作品の色づかいを季節に例えてみたりと、なるほど!というコツ(のようなもの)を教えてもらってから、グループに分かれてツアーをスタート。作品選びはグループごとに参加者がその場で決めようということで、それぞれ鑑賞する作品は異なりましたが、始まってみると両手を広げて作品を測ったり、距離を変え、例える言葉を工夫して作品の内容を伝えようと試みるなど、皆さんが協力し合って楽しく鑑賞しているのが印象的でした。
「おしゃべりとてざわりのツアー」では、手を洗って指先の油を取り、鑑賞前に状態を確認するなど準備した後に、実際に手でさわって作品を鑑賞しました(写真:山内重太郎のブロンズ彫刻、《原型》)。
「福岡市美術館を含め、同じ場所で何度も鑑賞会をすることもあるけれど、何を食べるかより、誰と食べるかで食事の満足度が変わるのと一緒で、作品鑑賞も一期一会、いつも新鮮なのは、何を見るかよりは『誰と見るか』なんです」、とプログラムが終わる頃に講師の石田さんが仰っていたとおり、初対面の参加者同士も互いに気楽に会話を交わしながら、「コンパ」のようにワイワイと過ごせる、優しく明るい時間を共有するツアーとなりました。
3日間のいずれのプログラムにも共通しますが、このバリアフリーギャラリーツアーは、参加者が自分の感覚を広げ、働かせてキャッチしたものを、それぞれの手段で伝えようとすることで、色々な発信や交流が生まれる場となっていたように感じます。それは、自分だけでなく他者のことを気にすること、少しだけ他の人の存在や感覚をイメージしたり想像してみることを参加者が自然に行っていたからかもしれません。当館では今後もこれまで参加してくれた方の声を受け、工夫を重ねながら、こうしたギャラリーツアーを継続していきたいと思っています。
(教育普及係長 髙田瑠美)
2023年8月30日 11:08
ただいま、近現代美術室Aで「奈良原一高 「王国」」展を開催しています(8月29日~11月5日)。
奈良原一高(1931-2020)は、福岡県大牟田市出身の写真家です。大学院在学中に九州周遊の旅に出て目にした鹿児島県桜島・黒神村と長崎沖合の軍艦島の生活に衝撃を受け、撮影を開始します。その成果を発表した作品「人間の土地」で1956年に写真家としてデビューを果たし、戦後を代表する写真家の一人として活躍しました。
2021年、「福岡にゆかりがある写真家であるため、福岡市美にどうか」とご紹介いただき、奈良原一高のご遺族から、6つのシリーズ「人間の土地」「無国籍地」「王国」「ジャパネスク」「消滅した時間」「ヴェネツィアの夜」より計211点をご寄贈いただきました。写真集に収録されていない作品もあり、ほとんどがオリジナルプリントである貴重な作品群です。これをシリーズごとに紹介していこうと、昨年は「人間の土地」と「無国籍地」を近現代美術室Bにてご紹介しました。ご覧になった方もいるのではないでしょうか?
さて、今回は、その第二弾として「王国」を展示しています。「王国」は、北海道にある男子修道院と和歌山県にある女子刑務所を撮影した二部構成からなるシリーズで、それぞれに「沈黙の園」「壁の中」とタイトルが付いています。
《沈黙の園(3)》(「王国」より) © Narahara Ikko Archives
《壁の中(1)》(「王国」より) © Narahara Ikko Archives
モノクロームで映し出されたそれぞれの場所に、皆さんはどのような印象を受けるでしょうか。修道院と刑務所、というと聖と俗の対比が際立ちそうですが、私は、むしろ2つの場所の共通性を強く感じました。現実から距離を置き、日々の生活と課された労働をストイックに繰り返しているという点で、「沈黙の園」と「壁の中」は互いに響きあっているようです。それでいて、生活の苦しさ、泥臭さは取り除かれています。洗練された構図のなかに、ハッとする被写体を収めることが、奈良原の写真のうまさなのかもしれません。
《沈黙の園(23)》(「王国」より)© Narahara Ikko Archives
《壁の中(48)》(「王国」より) © Narahara Ikko Archives
本作を見るうえで一つの手がかりとなるキーワードが、「パーソナル・ドキュメント」です。
これは、奈良原が自分のデビュー作について説明する際に使った言葉です。特定の対象を取材しその有り様を報道するドキュメンタリーは、作為を排除し、事実を正確に伝えること、と思われがちですが、奈良原はもう一歩踏み込んで、カメラを構えている以上は撮影者の意図が入り込んでいるし、写されたものの中に撮影者自身の心の内が反映されることがあり得る、という考えに立っています※。こうした姿勢でドキュメンタリーを撮る手法を、奈良原は「パーソナル・ドキュメント」と呼んでいました。
「パーソナル・ドキュメント」という言葉を補助線にしてみると、「王国」に映し出された場面や構図を解釈する余地が広がっていくように思います。奈良原が男子修道院と女子刑務所をどのように解釈しているのか、撮影当時どのような心境だったのかを想像しながら、「王国」に足を踏み入れてみてはいかがでしょうか。
※(奈良原一高「私の方法について」『リアリズム』10号、1956年、制作者懇談会)
学芸員(近現代美術係) 忠あゆみ
2023年8月23日 09:08
現在、古美術企画展示室で開催している夏休みこども美術館2023「うつくsea!すばらsea!」展。本展の関連ワークショップをこの夏に2つ行いました。今日のブログでは、そのワークショップの様子をご紹介したいと思います!
①みんなで大きな海をえがこう!
1つ目のワークショップは、その名の通り、参加者みんなで1つの大きな紙に大きな海を描こうという内容です。しかしながら、皆さん初対面の人と一緒に絵を描いたことがあるでしょうか?ほとんどの人がないと思います。なので、まずは自己紹介。グループに分かれて、持ち寄った自分の海の思い出があるものを紹介します。みんなが持ち寄ってくれたものは海で拾ったものや、海に関する絵本、それから絵を描いてきた人も。人の数だけ思い出もありますね。
海の模様のハンカチに、自分で描いてきた絵、拾った貝殻などなど
みんなで海の思い出を語り合ってみると、泳ぐ海や、釣る海、生き物が暮らす海など「いろいろな海」があることがわかってきました。では、さらに「昔の人はどんなふうに海を見ていたのか」展示室に行って海の作品も見てみます。
展示室では、見つけたことや考えたことを話しながら鑑賞します。「なんか亀が溺れとって、助けに来た一反木綿に必死に掴まっとるみたい」という見方もありました。スゴイ!たしかにそうも見える!一反木綿に掴まる亀ってなに?と気になった方は、ぜひその作品を探しに夏休みこども美術館に来てください。
作品鑑賞でもっと「いろいろな海」があることを知ったところで、いよいよみんなで絵を描く!ビニール袋のスモックを着て、大きな紙を用意した部屋へと移動します。用意した紙はおよそ8.5m×6mの51平方メートルの大きさ。30畳くらいというと大人の方には伝わりやすいでしょうか。まずは、どのくらい広いかみんなで寝っ転がってみます。参加者20人+筆者+博物館実習生5人で計26人が乗っても広々です。
みんなで寝れるくらい大きい紙
せっかくこんな大きな紙を用意したのですから、ちまちまとクレヨンや色鉛筆で描いていては日が暮れてしまいます。何より、今回は「みんなで大きな海をえがこう!」です。ここにいる参加者みんなでしか描けない海を描くために、体全体をつかって海を描きます。体全体で絵を描くことも初めてなので、まずは練習から。最初に右手、次は両手で、てのひらで、指の先で、と体で絵を描くコツをつかみます。
「せーの!」の掛け声に合わせて第一投をぺたっ
練習が済んだら、いよいよ思いのままに自由に描く!とにかくやってみたくてわくわくいっぱいの子どもたち、「海を描くのよ!」と今日は何を描くのか忘れないように声を掛けて、いざスタート!
おなかでも海を描く!
「みんなの海」が完成!
紙のしろいところがなくなってきたところでストップ!みんなでしか描けない大きな海が出来上がりました。いろんな色がきれいに混ざった素敵な海なりました。みんなで鑑賞していると、島や生き物が見えてくるだけでなく「命の泉みたいな海」と表してくれた子もいました。出来上がった作品は持っては帰れなかったけど、みんなの心に残る海が描けたのではないかと思います。
②自分の海をつくろう!
2つ目のワークショップは、先ほどと打って変わって自分だけの海を立体作品でつくります。しかし、いきなり「自分の海をつくって!」と言われても、自分のってどういうこと?と困りますよね。なので、まずは簡単な質問「海について知っていること教えてください」。一人の子が「貝殻がある」と言ってくれます。すると、相次いで「さかな!」「さめ!」「くらげ!」と生き物がたくさん挙がります。そして「波」お~、生き物だけじゃなく、海には波もある。さらには「人魚!」いいですね~、私もいつか会ってみたいな。
と、今を生きるみんなが「今の海」について知っていることをたくさん言ってくれたところで、今度は「昔の海」についてです。昔の人と海の関係を調査しに、展示室へと向かいます。
こちらのワークショップでは、解説も交えながら鑑賞をしました。海にあるものが作品の素材になっていること、素材になっている生き物が現在は絶滅の危機にあること、海にあるものを構成して模様をつくったこと、水や海の神さまを信仰していたことなどなど。そして、着物に海の絵があると着たときどんな感じかな?なんで鞍と枕に波文をつけたのかな?昔の人は海の神さまになにを願っていたんだろう?と昔の人と海の関係を調査しました。
調査を終えてワークショップの部屋に戻ります。自分たちの知っている「今の海」と、展示室で調査してきた「昔の海」……さあ、勘がいい人は今日つくる自分の海のテーマがわかったはず。ずばり、今回つくる自分の海は100年後の「未来の海」!テーマを聞いて、みんな「え!」と驚きを隠せません。
さらに、今回のワークショップは子どもだけではなく大人も自分の未来の海をつくります。それを聞いた大人たちは「え~!?」と一層驚き。ふふふふ。このワークショップでは、大人も子どもも対等ですよ。焦らなくても大丈夫。上手につくることが目的じゃなくて、頭にあるイメージをカタチにするのが目的ですから。
どんな材料をつかおうか悩み中…。
セロファンをちょきちょき。何ができるのかな?
知っている「今の海」と、調査した「昔の海」をもとにして「未来の海」について考えます。そして、考えがまとまってつくるものが決まった人から、材料を選んで制作に取りかかります。みんなかなり熱中して作っていて、「まだ時間がいる!」と予定していたよりもちょっとオーバーしながらなんとか作品が完成!
「自分の100年後の未来の海」のお披露目タイムへと移ります。みんなで各テーブルを回りながら、全員の作品を見ていきました。
ウツボみたいになっちゃった龍!人魚の鱗の海!バッテリー搭載の船!
どの作品もとっても力作で、全部紹介したいくらいなのですがページの関係で叶わず…。出品作の《亀形合子》の100年後バージョンや、海中都市、魚のお城にカラフルな泡の海などいろんな未来の海ができました。誰一人として同じ海はなかったことも素晴らしかったです!
なんとか頑張ってあと100年生きて、みんなが考えた100年後の海のようになっているか見てみたいところですが、生きているかな~。参加者の子どもたちの中には100年後の海を見れる人もいるかも!?
以上、今夏に行った2つのワークショップの報告でした。内容盛りだくさんでしたが、最後まで読んでくださりありがとうございます。参加者のアンケートには、「とても楽しかった」に丸がたくさんついていて「うれsea!」。そして、私にとっても「たのsea!」夏の思い出となりました。
展示は来月10日まで。まだ間に合いますので、ぜひ美術館で海を楽しんでくださいね。
夏休みこども美術館2023「うつくsea!すばらsea!」
開催中~9月10日(日) 1階 古美術企画展示室
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(教育普及専門員 八並美咲)