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福岡市美術館ブログ

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コレクション展 近現代美術

お帰りなさい、ミロ

 7月12日、ジョアン・ミロ《ゴシック聖堂でオルガン演奏を聞いている踊り子》が福岡市美術館の展示室に戻ってきます。
 黒い画面の中央に灰色の石のようなかたちが表され、その内と外にのびのびとした線で生き物や三日月のようなモチーフが踊るこの作品。スペイン・バルセロナ出身の画家であるジョアン・ミロが1945年に描きました。1940年から42年にかけて戦禍を逃れるために滞在した、マヨルカ島での日々が着想源になっています。福岡市美術館の開館当初にコレクションに加わり、長い間、多くの方に愛されています。
 「戻ってくる」ってどういうこと?と思っている方へ。この作品、「ミロ展 日本を夢みて」(東京会場:Bunkamura ザ・ミュージアム、2022年2⽉11⽇ – 4⽉17⽇、愛知会場:愛知県美術館、2022年4⽉29⽇ – 7⽉3⽇)への貸し出しのため、少し長めの出張をしていたのです。展覧会のポスターや、「新美の巨人たち」「ニコニコ美術館」「日曜美術館」といった番組での展覧会特集でこの作品をご覧になった方もいるのではないでしょうか?

左から、愛知会場、東京会場のポスター

 「ミロ展」は、ミロ作品と日本との関係や、ミロの創作の秘密を、カタルーニャで起こった日本趣味の流行(いわゆる「ジャポニズム」)、ミロの来日にまつわる資料等とともに紐解いていく企画です。約20年ぶりの日本での回顧展で、この間にアップデートされたミロ研究の最新の成果が盛り込まれています!《ゴシック聖堂でオルガン演奏を聞いている踊り子》は、「第3章 描くことと書くこと」という章で紹介されています。
 この章では、文字から絵、絵から文字へと行き来するミロの特色と、スペイン内戦と第二次世界大戦というふたつの戦禍に見舞われて、身を潜めながら描いていた状況について説明されています。本展図録によると、《ゴシック聖堂でオルガン演奏を聞いている踊り子》には「和紙を用いて描線の肥痩や濃淡、潤渇をさまざまに試す実験を繰り返し、従来の丁寧で細い線で描き出した人物たちとそれを共存させようとする」、「その美しい例」が見られるのだそうです。筆者も愛知会場に行ったのですが、中央のひときわ太い線は、ミロが筆を動かす一連の動作や時間をたっぷりと含んでいるように感じられました。反対に、周囲の人物たちを縁取る白い線は、画面から浮き出して、光っているようです。解説を踏まえて鑑賞すると、細部を見て気付くことが増えます。他館が企画した展覧会への出品は、作品への理解が深まる絶好の機会になるということを、改めて確認しました。

Bunkamuraザ・ミュージアム(東京会場)風景  photo:Yuya Furukawa

愛知県美術館(愛知会場)風景

 実はもう一つ裏話が。「ミロ展」担当学芸員である愛知県美術館の副田一穂学芸員は福岡のご出身で、当館で初めてミロ作品を見たのだそう。お聞きしたところ、小学校高学年の時にお祖父様に連れられてきた当館で《ゴシック聖堂でオルガン演奏を聞いている踊り子》を気に入り、そのポストカードと1986年の『ミロの世界』図録をねだって買ってもらったとか。大学で美術史を専攻したときにそれを思い出して、「せっかくだからミロやるか!」と卒論のテーマに選んだ、ということです。
 気に入った、という感覚を突き詰めた先に、展覧会担当学芸員となる未来が待ち受けていた、とは…コレクション展示室の可能性を感じさせる、素敵なエピソードではないでしょうか。

副田さん小学生のころの福岡市美術館機関誌「エスプラナード」81号
(1994年7月15日)。
「夏休みこども美術館」の記事でミロが紹介されていました。

コレクションハイライト、2021年度展示風景 

さて、東京・愛知で多くの方にご覧いただいた《ゴシック聖堂でオルガン演奏を聞いている踊り子》は、出張を終え、7月12日から当館の展示室A「コレクションハイライト①」にて再展示します。会期中に、お客様による撮影が可能な「ミロデー」も予定しています(7/13,16,23,26,30の3【ミ】と6【ロ】が付く日)。ミロ作品との再会をどうぞお楽しみに!

(学芸員 近現代担当 忠あゆみ)

参考文献:
「ミロ展 日本を夢みて」図録(Bunkamuraザ・ミュージアム、富山県美術館、愛知県美術館、中日新聞社編、2022年)
吉岡知子「ゴシック聖堂でオルガン演奏を聞いていたジョアン・ミロ 1940-1945」『モダンアート再訪』(鳥取県立博物館、埼玉県立近代近代美術館、広島市現代美術館、横須賀美術館、美術館連絡協議会、2018年)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教育普及

今年の夏休みこども美術館は「水のリズム」を感じよう

もうすぐ7月。そろそろ「夏休み」が待ち遠しい頃ではないでしょうか。当館の夏休みと言えば「夏休みこども美術館」。1990年から毎夏開催している教育普及プログラムです。こどもたちに美術館と美術作品を楽しんでもらえるよう、テーマに沿って、当館コレクションを展示しています。

夏休みこども美術館「水のリズム」展示風景

今年は「水のリズム」がテーマです。見た目や題名が水を連想させるものはもちろん、少し水の解釈を広げたもの、さらに普段は美術館では聞くことのない「音」も意識して、コレクションから作品を選び展示しています。ところで、みなさんは「水の音」を意識して聞いたことがありますか?水の音というと、川のせせらぎ、滝の轟音などがまず浮かぶかもしれません。でも、お風呂で湯舟につかったときの音や、急な雨で雨宿りしているときの音、公園の水路にカモが飛び込んだ音、ネコちゃんが水を飲んでいる音など、耳を澄まして暮らしを見渡してみると、私たちの周りには「水の音」があふれています。

実は、今回、いつもとは違う試みとして、展示室で水の音が聞こえる仕掛けをつくりました。水の音は、私自身が福岡のいろいろな場所で録音したものです。皆さんにはまず、作品を見て水の音を想像してみて欲しいのですが、さらに水の音を聞きながらもう一度作品を見て、見え方の変化も楽しんでいただきたいと思います。

大濠公園のカモたち

さて、そもそも、どうして水の音を取り上げたのか。
理由の1つは、人の考え/見方は環境や経験によって変わる、という(半ば当然の)ことを、改めて体験できる場をつくりたかったからです。
この数年、新型コロナウィルスの影響もあるのか、社会の閉塞感が強まっているように感じ、特に自分と違う考えに対しての不寛容さが増しているように感じます。窮屈なこの「空気」を、もう少し寛容なものにできないか、、、そこで、展示室に「音」の仕掛けをつくることにしました。ぜひ展示室で、水の音を聞きながら、作品を鑑賞してみてください。「水の音」の介入によって、それまで自分が見ていた作品が違ってみえるかもしれません。そう、思ったより自分の考え/見方は、簡単に変化するものなのです。美術館は、自分の考えの変化に気づくことができる場であり、また異なる考えの者同士であっても、互いを許しあいながら、安心して過ごせる場でありたいと思います。

水の音を録音した場所の1つ、油山市民の森(福岡市南区桧原)

もう1つの理由は、「地球環境問題」に美術館はどう向き合うのか、真剣に考える時期にきたと実感したことがあります。2019年に開催されたICOM(国際博物館会議)京都大会でも、地球全体の環境問題が大きなトピックの1つであったことは、博物館関係者の中では記憶に新しいことでしょう(※1)。また、日本・世界の各地や、ここ九州地方でも毎年のように大規模な水害が起こり、私自身も1人の地球人として、環境問題を未来への課題として考える機会が多くなりました。この、人類の前にそびえたつ大きな課題を、どうやって自分事に引き寄せ、個々の日常の中へ落とし込んでいくか、美術館に課せられた喫緊の課題の1つとして受け止めています。

ただ、「環境問題」という言葉は、ともするとミュージアムの中でも自然史系博物館や科学館の課題と捉えられがちな嫌いがあります。それを、あえて美術館で扱うには、どうすればよいか・・・。そこで考えたのが、「水」の解釈を広げ、人々の周りにある様々な「水」に意識を向けるという視点です。展示では、先に述べたように、水の持つイメージを広げ、食べる「水」や生活の中の「水」、また水のように見える作品などを取り上げています。

直接的に環境問題を取り上げてはいませんが、展示室を出たあと、ふと帰り道で見かけた「水」が気になって目を止める、そんな意識が生まれることを期待しています。

さて、どちらの理由も「夏休みこども美術館」で取り上げるには、難しいと感じるかもしれません。ただ、「他者に寛容になること」も「地球環境問題」もどちらも、これからの未来を考えるときに避けられない社会の課題であると思います。そして、その未来を牽引していくのは、成長した現代のこどもたちのはずです。

昨年、当館で開催したシンポジウムの中で、国立新美術館長・逢坂恵理子氏は「他者への気づき」「自然・環境への関心」「実体験」というキーワードを挙げながら、これからの美術館の姿を提起されました(※2)。今年の夏休みこども美術館「水のリズム」展も、こどもたちが鑑賞活動を通じて、「他者への気づき」「自然・環境への関心」を「実体験」として経験できる場となればと思います。

(学芸員 教育普及担当 﨑田明香)

 

※1 ICOM日本委員会のHPに、ICOM京都大会の特集として、佐久間大輔氏(大阪市立自然史博物館学芸課長)「博物館は持続可能性を社会にもたらすか?」というジャーナルが掲載されており、博物館と環境問題についても記述があります。

※2 2021年7月に当館で開催したシンポジウム「新しい美術館像~コロナ禍のなかで考える」の中で、登壇者の逢坂恵理子氏(国立新美術館長)は、これからの新しい美術館像として「実体験」「都市から地方へ」「他者への気づき」「人間以外の生き物との共生(→自然・環境への関心)」「チームワーク」というキーワードを挙げました。

 

夏休み期間中に、「水のリズム」展に関連したワークショップ等も開催します。
申込みはこちらからどうぞ。締切は7月18日(月・祝)です。

「水のリズム」展の会場では、夏休みこどもとしょかんも開催中。
「水」をテーマに選んだ絵本を紹介していますので、ぜひ読んでみてください。
私のおすすめは五味太郎さんの「みず」です。

夏休みこどもとしょかんの様子

コレクション展 近現代美術

新しい「コレクションハイライト」がはじまっています

5月30日から6月8日の展示替えによる休室期間を経て、6月9日から、当館2階の近現代美術室の展示内容が一新しました。「コレクションハイライト」もその一つです。

「コレクションハイライト」は、近現代美術の所蔵作品の中から時代順に、あるいはテーマを設けコレクションを紹介するもので、基本的には1年間を通してご覧いただけます。2階のコレクション展の入り口となる展示室Aの前半部と、近現代美術室の一番奥の最も大きい区画」である展示室Cの2室に分かれています。

どのような作品を選択し、展示室を構成するかは担当学芸員が素案を出し、学芸課内でブラッシュアップを重ねて決定します。今回は、①福岡市美術館の活動を物語る、自己紹介のような展示室Aと、②鑑賞者が作品と対話する空間を目指した展示室Cによる構成とし、それぞれを私なりに「2つのハイライト」、「分かり合い、分かち合う美術」と名付けました。ここではまだ展示をご覧になっていない皆さんのために、どのような展示空間になったかをご紹介します。

展示室A「2つのハイライト」

展示室C「分かり合い、分かち合う美術」

展示室Aのテーマは「2つのハイライト」

まず、「2つのハイライト」では、ダリ・ミロ・シャガールらによる20世紀のモダンアートを代表する作品と、田部光子・野見山暁治・菊畑茂久馬といった九州を代表する美術家たちの作品を展示しています。

ここ数年、県内各地の美術館で、九州や福岡ゆかりの美術家たちに焦点を当て、その特質や、美術家たちの活動に焦点を当てる試みが精力的になされています。
今回の展示を作るうえでは、そうした美術館の活動に背中を押されつつ、当館でも、地元ゆかりの画家たちを紹介する活動を継続して行ってきたことに光を当てられたらと考えました。

この部屋は、L字型の壁で四方を囲まれ、一筆書きで歩くことができない特徴があります。
そのため、歩きながら、今あげた二つの傾向を比較し、違いや共通点を探しながら作品が見られるようになっています。

 

展示室Cのテーマは「分かり合い、分かち合う美術」

美術館で様々な作品を見ることの面白さの一つに、まったく異なる時代・地域・状況にある人に思いをはせられる、ということがあると考えています。私自身も、展覧会で「この絵に描かれている人は、こんな気持ちなんじゃないか」と想像したり、「こういう時代があったんだなあ」と感慨にふけることがあります。作品鑑賞には、その作者の視点や想像力を共有したり、まったく違う価値観とぶつかりあうという体験が含まれていると思うのです。展示室Cの「分かり合い、分かち合う美術」は、この面白さを美術館を訪れる皆さんと共にしたい、ということから組み立てました。

展示室内は4つのコーナーに区切られています。日本のシュルレアリスムからはじまり、続くコーナーでは、時代・地域を横断し、自分たちを取り巻く社会に意識を向けたり、封じ込めていた感覚を内省したりするきっかけになる、鑑賞者に強く作用する作品を並べました。
最後のコーナーで展示している《障碍の美術》の作者和田千秋さんは、美術とは「答えを観客に押し付けるのではなく、社会への問いかけのようなもの」と言います。問いかけられている、という感覚を持ちながら、展示室を歩いてみてください。
また山本高之さんの《なまはげに質問する》という映像作品からは、子どもたちが「なまはげさん」に質問する声がリピートで響いています。他者である「なまはげ」に語り掛ける声は、自分に向けられているようにも感じられます。

展示室C最後のコーナーより(手前:山本高之《なまはげに質問する》奥:和田千秋《障碍の美術》)

ふらっと訪れてください

展示についてつらつらと書いてみましたが、まずは、ふらっと展示室を訪れ、その中を歩いたり、置かれたソファに座ったりしていただければ、展示を担当した者としては何より嬉しいです。

私は、中高生のころ、地元の埼玉県立近代美術館の地下の彫刻展示フロアが大好きでした。そこにはジャコモ・マンズーの《枢機卿》と舟越保武の《ダミアン神父像》という彫刻作品があり、展示室のベンチに座っていると作品の存在感に圧倒されました。「自分の感受性を超えた圧倒的なものと出会う」経験が癖になり、何度も訪れたものです。私にとっての居心地のいい美術館の原風景です。

今回の「コレクションハイライト」も、思いもよらない作品と出会える場所になればいいなと思っています。
皆様のご来館をお待ちしております。

 

(福岡市美術館 近現代係 忠あゆみ)

 

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