2023年5月25日 13:05
5月13日〜21日まで、福岡市内の19の美術館・博物館が連携して、「福岡ミュージアムウィーク2023」が開催されました。このブログを読んでくださっている皆さんも、この機会にいろいろな施設を訪れて、展示を見たり、イベントに参加したりとこの10日間を楽しんでくださったのではないでしょうか。各施設オリジナルのスタンプを集めて応募した方は、プレゼントが当たるのを心待ちにしている方もいらっしゃると思います。
福岡市美術館でも、さまざまなプログラムを開催し、多くの方にご参加いただきました。今回はその様子を少しずつ報告したいと思います。
期間を通じて毎日午前午後と2回行っていたのは、当館のギャラリーガイドボランティアによる「ギャラリーツアー」です。これは、参加者の皆さんが作品を見て気づいたことや、感じたこと、想像したことなどを言葉にして、ボランティアや参加者同士で対話をしながら鑑賞を楽しんでもらうというもの。おそらくいつもは作品の横にある解説を見ながら作品鑑賞している参加者の皆さんも、時にはこうして自分の視点で作品をじっくり見たり、他の人の見方に触れる機会を持つことで、作品の見え方が深まり、鑑賞の楽しみ方を広げてもらえたのではないでしょうか。実はこのギャラリーツアー、ミュージアムウィーク期間だけでなく毎日行っていますので、ぜひ参加してみてください。
そしてギャラリーツアーといえば、もうひとつ、小さいお子さんをお持ちの方を対象に、「初めてのベビーカーツアー」も開催しました。このツアーはミュージアムウィークだけでなく、年間を通して数回行っていて、当館でも定番のプログラムになってきました。普段は小さい子どもを連れて美術館に行くのは気がひけると思っている方にも、安心して美術鑑賞ができるように配慮したツアーになっています。時間は40分程度で、学芸員が展示室を案内しながら進みますが、途中で赤ちゃんがぐずったり、泣いてしまったりしても、ボランティアやスタッフがサポートして、気兼ね無く赤ちゃんと一緒に作品鑑賞を楽しんでもらえるように心がけています。参加してくださった皆さんも、それを感じてくださって、「リフレッシュできた」「親子で楽しめた」「普段は来にくいので、とてもありがたい」などの感想をいただきました。
「ベビーカーツアー」もたくさんのご応募をいただきましたが、毎年ミュージアムウィークで大人気の企画に「建築ツアー」があります。応募したのに、抽選に漏れて残念という方もたくさんいらっしゃったかと思います。バックヤードも案内する関係であまり大勢の方に参加していただけないのが心苦しいところです。ご参加いただいた皆さんには、当館の総館長中山の案内で1階ロビーから西側にできた新アプローチを経由して、2階入り口に通じるエスプラナード、コレクション展示室、屋上、バックヤードなどを巡っていただきました。建物の壁や床の磁器質タイル、はつり壁など前川國男設計による建築デザインや工法の特徴はもちろん、2019年のリニューアルで新設された公園側のアプローチや最新の機能・設備を備えた展示室や空調機械など総館長の説明に、皆さん熱心に聞き入り、メモをとったり、普段は入ることができない場所に興味津々な様子でツアーを堪能してくださいました。特に屋上では大濠公園とその奥に広がる福岡タワーや海につながる街なみが一望でき、その眺望を写真に残そうと、大撮影会となりました。
さて、ツアーの話はここまでですが、今回のミュージアムウィークでは講演会も2つ行われました。ひとつは、国立民族学博物館教授・広瀬浩二郎氏による「誰もが美術館を体験できるようになるには−美術館におけるユニバーサルとは何かを考える–」です。
広瀬さんは、ご自身が企画された展覧会「ユニバーサルミュージアム–さわる!”触”の大博覧会」の内容を軸として、視覚に頼らず触って鑑賞することの重要性や視覚に障がいがある人もそうでない人も同じ立場で楽しむことができる展示の可能性を示してくださいました。広瀬さんは、視覚による情報が氾濫するいまの社会の中で、本来人に備わっているはずの他の感覚がおろそかにされていくことを懸念されています。だからこそ、これから触る展示が増えていけば、見るだけでは知り得ない、むしろ「触らないとわからない」何かを感じることができるし、視覚に障がいがある人だけでなく、そうでない人にとってもより鑑賞を深められる機会になると考えています。
大多数の美術館・博物館では展示物に触ることができません。それは貴重な文化財や研究資料を保存し、後世に残すための大事な役割を担っているからです。しかしながら広瀬さんは触ることと保存することは共存できるとも説きます。「人の手で作ったものは、手で触って鑑賞する」ことで「単に形や色を確認するだけでなく、その物の背後にある人をも感じることができる。」「作った人、使っていた人を意識すれば、おのずと丁寧に扱うようになる」と。もちろん貴重な資料を触れるようにすることは簡単なことではありません。広瀬さんは素材を工夫したレプリカや触ることを目的とした作品を増やしていくことで、もっと触る展示が増えていくことを期待されています。視覚に障がいがある人への特別な配慮と捉えるのではなく、むしろ普段視覚を頼りに過ごしている人にこそ触る展示を体験する意味があるという考えにははっとさせられた方も多かったのではないでしょうか。健常者が障がい者を助けるという一方的な目線で考えていた価値観が、今回の講演で別の視点を持つことができ、本当の意味でのユニバーサルとは何かを考えさせられる貴重な機会になりました。
もうひとつの講演会は、当館の総館長である中山喜一朗による「つきなみ講座スペシャル 仙厓さんのすべて(6)」でした。「つきなみ講座」は月替わりで学芸員が行う講座ですが、総館長による「仙厓さんのすべて」はこれまで5回行われ、今回はその最後の回となりました。タイトルにある「仙厓さん」は江戸時代、博多の聖福寺の禅僧であった仙厓義梵(1750〜1837)のこと。今回の講座は、仙厓の禅画「○△□」という作品について考察するとともに、その謎を解き明かし、仙厓作品全てに共通する仙厓の思想や哲学に迫る最終回にふさわしい内容となりました。
話の中で興味深かったのは、仙厓さんの描く禅画には聖なるものと俗なるもの、善と悪など相反するものが混在し共存しているという話。世の中に対立するものなど存在しない、全て同じで全てを肯定しようとした仙厓さんの思想には、障がい者と健常者ではなくどちらも同じ目線で考える広瀬さんのお話しとどこか通じるところがあるような気がします。江戸時代に生きた仙厓さんがいまの時代にいたなら、私たちに美術館におけるユニバーサルとは何かを考えるヒントをくれたのではないかと思わずにはいられませんでした。
今年のミュージアムウィークを通して改めて感じたのは、さまざまな立場の人が、自分にあった関わり方で、美術や美術館を楽しんでもらえるような機会・場を作っていくことの大切さでした。参加してくださった皆さんもそれぞれのプログラムを楽しんでくださったのはもちろんですが、前々回の﨑田学芸員のブログでも紹介されたICOMによる博物館(美術館)の定義、「誰もが利用でき、包摂的であって、多様性の持続可能性を育む」場に向かっているなと少しでも感じてもらえる機会になっていればいいなと思っています。
(前々回のブログ
https://www.fukuoka-art-museum.jp/blog/85098/)
(教育普及専門員 中原千代子)
2023年5月10日 15:05
みなさん5月18日は「国際博物館の日」ということを知っていますか?ICOM(国際博物館会議)という国際的な博物館組織が1977年に5月18日を国際博物館の日と設定し、それ以来世界中のミュージアムでこの日を中心にさまざまなプログラムが行われています。
福岡でも、2009年からこの「国際博物館の日」にあわせ、福岡ミュージアムウィークを開催しています。今年は市内19の施設が参加し、5月13日(土)~21日(日)までの9日間、常設展の観覧料無料や、講演会、ワークショップなど魅力あるプログラムを実施します。
※福岡ミュージアムウィーク2023の詳細は下記リンクをご覧ください
https://www.city.fukuoka.lg.jp/keizai/bunka/charm/fukuokamuseumweek.html
さて、先ほど紹介した「国際博物館の日」ですが、毎年ICOM(国際博物館会議)がテーマを決めています。今年は「Museums, Sustainability and Well-being」。日本語に訳してみると「博物館と持続可能性、ウェルビーイング(※1)」となります。
どうして国際博物館の日のテーマが「持続可能性」や「ウェルビーイング」なのでしょうか。実はミュージアムとはとても繋がりがあるテーマなんです。そのためにまず2022年8月プラハ開催のICOM世界大会で決定した、新しい「博物館の定義」を見てみましょう。
※1 福岡市のHPでは、well-beingを「身体的、精神的、社会的に良好な状態にあることを意味する概念で、人々の満足度や充実、幸せなどを表す」と定義しています。
【定義の英文】
A museum is a not-for-profit, permanent institution in the service of society that researches, collects, conserves, interprets and exhibits tangible and intangible heritage. Open to the public, accessible and inclusive, museums foster diversity and sustainability. They operate and communicate ethically, professionally and with the participation of communities, offering varied experiences for education, enjoyment, reflection and knowledge sharing.
【日本語訳文】
博物館は、有形および無形の遺産を研究、収集、保存、解釈、展示する、社会のための非営利の常設機関である。博物館は一般に公開され、誰もが利用でき、包摂的であって、多様性の持続可能性を育む。倫理的かつ専門性をもってコミュニケーションを図り、コミュニティの参加とともに博物館は活動し、教育、愉しみ、省察と知識共有のための様々な経験を提供する。
(ICOM日本委員会、引用元サイト:https://icomjapan.org/journal/2023/01/16/p-3188/)
この新しい定義の中で、博物館は「誰もが利用でき、包摂的であって、多様性の持続可能性を育む」場であると、はっきりと述べられています。「コミュニティの参加とともに博物館は活動し、教育、愉しみ、省察と知識共有のための様々な経験を提供」し、いかに人々のウェルビーイングを高めることができるのか、また、さまざまな人々が多様な価値観を持ちながらともに生きる社会の中で、博物館はどのようにその人々や社会に貢献し、社会的使命を果たすことが出来るのか。個人的には、ミュージアムで働く者として、国際博物館の日はいつもその問いに立ち返らせてくれる大切な日でもあります。
福岡市美術館のミュージアムウィークに話を戻すと、今年はまさにそのテーマにぴったりの講演会があります。タイトルは「誰もが美術館を体験できるようになるには~美術館における『ユニバーサル』」とは何かを考える~」です。講師は、国立民族学博物館教授の広瀬浩二郎さんです。広瀬さんは、長年にわたり「触る」鑑賞や「触文化」について研究をされています。本講演では、そもそも視覚優位の考え方がある博物館(もちろん美術館も含まれます)を題材に、広瀬さんからユニバーサル・ミュージアムとは何かをテーマにお話していただきます。
■福岡ミュージアムウィーク2023記念講演会
「誰もが美術館を体験できるようになるには~美術館における『ユニバーサル』とは何かを考える~」
日時 2023年5月14日(日)14時~15時30分(13時30分開場)
会場 1階ミュージアムホール
定員 180人
講師 広瀬浩二郎氏(国立民族学博物館教授)
参加無料、先着順。13時30分から整理券配布。
https://www.fukuoka-art-museum.jp/event/82478/
広瀬浩二郎氏
直方駅にある「魁皇」の像。背伸びをして正面から鎖骨をさわる広瀬先生
他にも、当日予約なしで参加できるプログラムがあります。
■つきなみ講座スペシャル 仙厓さんのすべて(6)
数多い仙厓の禅画の中でも最高難度の作品「〇△□」を、あらゆる角度から考えてみます。そこに、禅の真理と仙厓の目指したものの一端を読み取ることができるかもしれません。
日時 2023年5月20日(土)14時30分~16時(14時開場)
会場 1階ミュージアムホール
定員 180人
講師 中山喜一朗 (総館長)
参加無料、先着順。14時から整理券配布。
https://www.fukuoka-art-museum.jp/event/73287/
■ボランティアによるギャラリーツアー
当館のガイドボランティアが展示中のコレクションから3点を選び、一緒に鑑賞するツアーです。
日時 休館日を除く毎日 11時~、14時~(約40分)
集合場所 1階ロビー
料金 ミュージアムウィーク期間中(5月13日~21日)は無料
※普段はコレクション展観覧料200円が必要ですが、ミュージアムウィーク期間中は無料になります。
https://www.fukuoka-art-museum.jp/event/3971/
皆さまの参加をお待ちしております。
(学芸員 教育普及担当 﨑田明香)
2023年5月5日 14:05
初めてブログに登場します、この春に福岡市美術館の一員となりました、髙田です。これまで現代のやきものを扱う私立美術館の学芸員として働いてきましたが、4月から教育普及担当として福岡市美術館の活動に加わりますので、どうぞよろしくお願いいたします。いまは新しい職場に飛び込み、汗をかきながら仕事に取り組んでいますが、今度の転職に伴い初めて九州に住むことになったので、実は福岡市に引っ越してきてからもまだ一か月余り。福岡は外食でもスーパーでもお肉のクオリティが高いな、とか、街に自転車屋さん多く感じるのは気のせいだろうか?など、毎日美術以外のことにも好奇心を膨らませてアンテナを張りつつ過ごしています。
このブログでは、教育普及活動やプログラムをご紹介することが多くなると思いますが、今回はブログの担当もお初ということで、個人的な感想になりますが、働き始めた福岡市美術館の建物についてとくに素敵だな、と感じたことがあり、お伝えしてみたいと思います。
就職試験を受けに来た時には、緊張で施設をじっくり見まわしたり観察する余裕は全くなかったのですが、改めて通い始めると、福岡市美術館の建物にはおお!と感動する造作ポイントが色々あります。中でも気になったのが美術館の「壁(タイル)」です。
設計者の前川國男さん(1905~1986)は日本を代表する建築家で国内各地の美術館を手掛けており、福岡市美術館もそのうちのひとつ、1979年の竣工です。前川さん設計の美術館といえば、東京都美術館もたしかに外壁が茶色くてこんなカマボコ型アーチのあるエントランスだったな、そういえば地面もタイル敷の模様のあるものだったなと、私自身の記憶の中の前川建築の印象につながる特徴を見つけたのですが、福岡市美を眺めていると、なんだか外壁の色合いが独特で、とても深みがあってピカピカしているのが気になります。そこで遠目からは茶色一色に見える壁面に近づくと、釉薬の掛かったタイル貼りであることがわかりました。ただ、そのタイルは場所によって形が様々で、貼り方も建物の一階辺り、下側は横向きにタイルが貼り渡してあるのに対して、上の方は正方形のタイルを斜め45度に傾けていたり(「四半張り」というそう)、かなり複雑なやり方をしています。
興味が湧いて調べてみると、建物外装にタイルを使うのは前川建築の特色のひとつで、耐久性を高めるため「打ち込みタイル」という独自の工法を編み出し、設計する現場ごとに形や焼き方も工夫していたということを知りました。写真に写るタイルに開いた丸い穴は、壁をコンクリートの打ち込みで施工する際に、生コンクリートを流す型枠と桟木にタイルを固定した跡で、これによって壁とタイルがしっかり一体成形されるため、タイルが剥落しにくくなり、堅牢性が高まるのだそうです。
壁面のタイルには所々穴が開いています
さらにタイルをじっくり観察してみると、微妙に異なる焼き上がりの釉薬の色、表面の艶感や下の素地のザラザラとした味わいが、やきものとして見てもとても魅力的に思えてきます。タイルの形も、角や切り口はシャープに処理されているのに個々のラインには手仕事のような揺らぎや柔らかさがあり、なんだか贅沢さを感じます。
たっぷり掛かった釉薬がカリントウみたいで美味しそうに見えてきました
タイルの種類としては、「磁器質タイル」(タイルの規格分類で使用される素材、吸水率の違いで分けられる)と呼ばれるものとのことですが、釉薬の下の素地にはかなり粗い砂のような粒が見えており、これはやきものの粘土として考えると、土に含まれる珪石(石英)の粒だと思われます。陶器にもこうした粒が入った粘土はよく使われていて、ちょうど、6月11日(日)まで1階の古美術・コレクション展示室に出品中の《信楽檜垣文壺》(15世紀)の表面にも、少し似た肌合いを見つけることができました。美術館の壁面タイルが作られた愛知県常滑市と、壺の産地である滋賀県の信楽は、どちらも古くからの伝統がある窯業地です。建物の壁面と壺ではスケール感がだいぶ異なりますが、どちらもやきものという括りで見ると、そうか、つながりが無いとは言えないなぁと、美術館の周りをぐるりと巡って歩きながら考えました。信楽壺の方は美術品としてケースに入り、触れることが出来ませんが、美術館の壁は触ることが可能です。壁のタイルに触れて様子を確かめていただいてから壺を見ると、感触が少し想像できるかもしれません。
《信楽檜垣文壺》(15世紀)松永コレクション
今回はこのまま美術館の外の話で終わってしまいますが、連休明けの5月13日(土)~21日(日)は、「福岡ミュージアムウィーク2023」が開催となり、期間中はコレクション展の観覧料が無料となります。どうぞ足を運んでいただき、建物と展示作品の両方を楽しんでいただければと思います。初めのてのブログに何を書こうかなと思い、まずは気になった美術館の壁をおして(推して)みました!
(学芸係長 教育普及担当 髙田瑠美)