2026年3月11日 14:03
水不足が心配されているこの頃。先日ようやく雨が降るようになり、雨が嫌いな私でもありがたい気持ちでいっぱいでした。萌芽や開花を待つ春の植物にとっても恵みの雨となったのではないでしょうか。
さて、今回のトピックは当館の教育普及事業である「どこでも美術館 アウトリーチ」です。この「どこでも美術館」には、ティーチャーズ・プラスとアウトリーチという2つの取り組みがあります。ティーチャーズ・プラスは、学校の先生に向けて美術教材を貸出す事業です。アウトリーチは、ティーチャーズ・プラスと同じ美術教材を使って、美術館に来られない、来にくい人のもとに赴き、アートプログラムを行うものです。
美術教材は、当館のコレクションと関連したものになっており、アウトリーチでは、これらを持参して、作品鑑賞と体験を組み合わせたプログラムを行います。作品鑑賞をしたり制作をしたりする過程では、見るだけはなく触ったりにおいを嗅いだりして、様々な感覚も使うことをポイントにしています。アウトリーチのプログラムを行う対象としているのは、 福岡市内の院内学級、特別支援学校、離島及び公共交通機関で館が困難な地域の小中学校、公民館等の高齢者向け活動になっています。今回は、これら対象の中から公民館での高齢者に向けた活動についてお伝えしたいと思います。高齢者の方の中には、美術館の市民ギャラリーで制作物を発表したり、展覧会を見に来たりとアクティブに美術館を活用する方がいます。しかし、その一方で家から美術館が遠くてアクセスが悪い、体の調子が悪くて外出しづらいなどの理由で美術館に来られない方もいます。地域の中で集まりやすい公民館に美術館から赴くことで、負担を減らしてアートプログラムに参加することができるのではないかと考えます。
このブログでは、ある公民館で行った日本画を題材にしたプログラムの紹介をしたいと思います。
プログラムの流れを先に書くと、
①所蔵作品・長谷川派《韃靼人狩猟図屏風》(複製)の対話型鑑賞と作品解説
②日本画の素材と道具を知る
③日本画の画材を使って制作体験
となっています。①の対話型鑑賞とは、見て気づいたことや思ったこと、疑問などをみんなで話し合いながら作品を見る鑑賞法です。②は、持って行った教材を用いて手元で見てもらいながら日本画に使われる素材や道具への理解を深める時間です。③は、こちらで用意した日本画の材料である岩絵具を実際に使って着彩します。
【みんなで話すとどんどん見えてくる】
対話型鑑賞は、まず屏風を箱から出すところから始まります。参加者の方は外箱、収納袋から屏風が出されて、広げられる様子をじっと見つめます。屏風が広がると、表れた画面に「おお。」と静かな歓声があがります。屏風には、大きな岩や断崖のある風景の中で、たくさんの人々が何頭もの馬に乗って弓を持ち、走り回っている様子が描かれています。屏風が大きいので、みなさん右や左に移動しながらじっくり見ます。スタッフからの「じっくり見て、何か気がついたことはありますか?」という問いかけで、会話しながらの鑑賞がスタートします。「被っている帽子が日本にはない形だから外国の様子だろう」「足が縛られた動物が描かれているから、戦いではなく狩りをしたのではないか」と描いてあることをもとに国や場面を想像して参加者同士が伝え合います。すると、「私も戦いではないと思う。陣営を構えている人の顔に緊張感がなくほがらかだから」と意見が繋がっていきます。「え!見てなかった!」「それなら、こうじゃないかな?」と他の方の意見によって新たな気づきがあり、参加者の方々はどんどん作品に惹きつけられていきました。主体的に見ることによって、後の作品解説を納得して受け入れられるようです。

みなさんじっくり作品を見ています
【触ってみるのも楽しい!】
この作品の実物は岩絵具で描かれた日本画です。岩絵具にあまり馴染みがない方が多いのではないでしょうか。写真は、松葉緑青という色です。全て松葉緑青という名前ですが、ついている番号が違います。岩絵具は番号が大きいほど粒子が細かくなり、一番小さな粒子は「白」(びゃく)と呼ばれます。これらの色は「孔雀石」と言われる鉱物からできます。同じ鉱石から粒の大きさで見える色が変わるのは不思議ですよね。このような話をしながら、岩絵具や技法見本の板、そして使用される筆などをみなさんに回します。参加者の方は、自分の手にものが来ると宝物を見るようにわくわくした様子で観察されます。実物を触ることで鉱物の固さ、筆先のやわらかさなどを感じたり、間近で日本画の技法を見たりして日本画について理解を深めていました。

「孔雀石」と松葉緑青(左から「白」、9番、5番)
【上手、下手ではありませんから大丈夫】
「私絵が下手なのよー。」と言われる参加者の方がいます。でも、大丈夫!日本画のプログラムでは、岩絵具の塗り心地を感じたり、自分のイメージに合わせて色を塗ったりすることに重点をおきます。参加者の方は、用意した6色の岩絵具の中から3色を選び塗ります。岩絵具と接着剤の役割となる膠(にかわ)を指で混ぜると、指の腹に岩絵具のザラザラした感触が伝わってきます。色数は少ないですが、イメージを膨らませて素敵な作品ができあがります。参加者の方はどんどん熱中して、部屋の中がシーンと静まり返ります。お互いの作品を見合う時間になると「◯◯さん、この色の組み合わせ良いわねー」と褒め言葉のキャッチボールが始まり、謙遜しつつもみなさんの顔はにっこりです。自然と部屋が和やかな雰囲気に包まれます。描くだけでなく他の方に見てもらって声をかけてもらうのも楽しみの一つです。
短い時間ではありますが、鑑賞の後、実際に岩絵具を塗る体験をすることによって、鑑賞をした作品の彩色の技のすばらしさに気づくこともできます。

岩絵具で色を付けています

素敵な色の組み合わせ
【美術を楽しんで、いきいき!】
公民館での活動を通していつも感じるのは、参加者の方々が「なんて元気なんだろう!」ということです。プログラムが終わる頃には、みなさんがさらにいきいきとしているように見えます。その姿を見ていると、美術を楽しむ気持ちは年齢に関わらず、人をいきいきとさせてくれるものだと感じます。また、自分で制作した作品を大切そうに持ち帰り、「家に飾りますね」と声をかけてくださると、美術がその方の生活の一部になっていくようで、とても嬉しくなります。プログラム終了後に美術館へ足を運んでくださる方もおり、アウトリーチが来館につながることもあります。これからも「来られない・来にくい」という方々のもとへ出向き、美術を楽しむ機会、そして美術館とつながる機会をつくり続けていきたいと思います。
今回は公民館についての事例をご紹介しましたが、3月21日(土)のつきなみ講座では、特別支援学校での事例をお伝えします。学校で行ったプログラム内容と、特別支援学校での工夫についてお話します。みなさんにお会いできる日を楽しみにしています。
(教育普及専門員 冨坂綾子)