2026年4月8日 13:04
ただいま、当館1階の松永記念館室で「春の名品展」(~5月31日(日))を開催中です。このブログでは、本展で展示している《石菖図》(図1)についてご紹介します。
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図1 子庭《石菖図》元時代 14世紀 福岡市美術館蔵(松永コレクション)
石菖とは、渓流の岩場に生える植物で菖蒲に似た葉を茂らすことからその名があります。画面右下には、作者をしめす落款印章があり、本作を手がけたのが元時代の禅僧画家、子庭祖柏であることが分かります。
子庭は、枯木と石菖を得意としたといい、子庭による石菖図はいくつか知られています。いずれも本作と同様に柔らかく水墨を重ねた石と、濃墨で鋭く描かれた葉の対比が印象的な作品で、子庭の作風をよく伝えています。
今でこそ子庭の名はあまり知られてはいませんが、日本には室町時代には作品が伝わっており、非常に重宝されたことがいくつかの記録から分かります。今回の展示では、こうした子庭画の高い評価を裏付ける資料として、作品そのものだけでなく附属品も紹介しています(図2)。
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図2 右から①小堀遠州外題②狩野探幽、永真(安信)極札③狩野洞雲添状
②、③はいずれも探幽、永真(安信)、洞雲(益信)という狩野派絵師によるもの。本作の所有者から、彼らのもとに鑑定依頼のために持ち込まれた際に作られたと推測できます。②は真筆であることを保証するために発行された極札(図3)で、③は「真筆とみて疑いない」という洞雲の所見が記された添状です(図4)。
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図3 探幽、永真(安信)極札

図4 狩野洞雲添状
江戸時代における書画鑑定の様相を伝える興味深い資料ですが、①の小堀遠州による外題は、真贋の鑑定以上の情報を含んでおり注目されます(図5)。

図5 小堀遠州外題
本外題は、「石菖蒲」に続けて「柏子庭筆 珠光乃所持」と記しており、ここから、侘茶の創始者ともいわれる珠光が所持していたことが分かります。これとの関連がうかがわれるのが、江戸時代の始めに流布していた名物目録を集約した『玩貨名物記』の記載です。
本書は「御物分」(徳川将軍家所蔵分)と「諸方道具分」(諸大名や茶人たちの所蔵分)に分かれていて、それぞれ掛軸や茶入など種別ごとに作品を列記しています。この内、「御物分」の「御懸絵」の項目に「石菖蒲 柏子庭筆 珠光の所持 イ本に紹鴎」(図6)とあり、徳川将軍家のコレクションに珠光(異説には紹鴎)が所持した石菖蒲の絵があったと分かります。

図6『玩貨名物記』写
国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2538865 (参照 2026年4月8日)
『玩貨名物記』の編者は不明ですが、本書の序文には小堀遠州の名物帳をもとに補足したとあります。①の外題にある「珠光所持」とある所見を記したのも遠州であったことを思えば、当館所蔵の《石菖図》と『玩貨名物記』に記載される徳川将軍家所蔵の「石菖蒲」が同一である可能性は考えてよいと思います。もっとも、「イ本に紹鴎」と記されるように、珠光所持という伝承は江戸時代の時点で既にあやふやになっていたようですし、最初に述べたとおり、子庭による石菖の絵は複数知られているので、さらに慎重な検討を必要とします。
とはいえ、徳川将軍家のコレクションに子庭による石菖蒲の絵があったことは、間違いなく、当館所蔵の《石菖図》とも関わる可能性が高いことも確かでしょう。また、徳川将軍家の他のコレクションに目を向けてみると、(伝)牧谿《遠浦帰帆図》をはじめ今なお名品として著名な作品も多く含んでいることも見逃せません。今でこそ子庭の名や作品の知名度は高くありませんが、当時は、こうした名画と並び称されるほどの存在であったのです。