2023年8月30日 11:08
ただいま、近現代美術室Aで「奈良原一高 「王国」」展を開催しています(8月29日~11月5日)。
奈良原一高(1931-2020)は、福岡県大牟田市出身の写真家です。大学院在学中に九州周遊の旅に出て目にした鹿児島県桜島・黒神村と長崎沖合の軍艦島の生活に衝撃を受け、撮影を開始します。その成果を発表した作品「人間の土地」で1956年に写真家としてデビューを果たし、戦後を代表する写真家の一人として活躍しました。
2021年、「福岡にゆかりがある写真家であるため、福岡市美にどうか」とご紹介いただき、奈良原一高のご遺族から、6つのシリーズ「人間の土地」「無国籍地」「王国」「ジャパネスク」「消滅した時間」「ヴェネツィアの夜」より計211点をご寄贈いただきました。写真集に収録されていない作品もあり、ほとんどがオリジナルプリントである貴重な作品群です。これをシリーズごとに紹介していこうと、昨年は「人間の土地」と「無国籍地」を近現代美術室Bにてご紹介しました。ご覧になった方もいるのではないでしょうか?
さて、今回は、その第二弾として「王国」を展示しています。「王国」は、北海道にある男子修道院と和歌山県にある女子刑務所を撮影した二部構成からなるシリーズで、それぞれに「沈黙の園」「壁の中」とタイトルが付いています。
《沈黙の園(3)》(「王国」より) © Narahara Ikko Archives
《壁の中(1)》(「王国」より) © Narahara Ikko Archives
モノクロームで映し出されたそれぞれの場所に、皆さんはどのような印象を受けるでしょうか。修道院と刑務所、というと聖と俗の対比が際立ちそうですが、私は、むしろ2つの場所の共通性を強く感じました。現実から距離を置き、日々の生活と課された労働をストイックに繰り返しているという点で、「沈黙の園」と「壁の中」は互いに響きあっているようです。それでいて、生活の苦しさ、泥臭さは取り除かれています。洗練された構図のなかに、ハッとする被写体を収めることが、奈良原の写真のうまさなのかもしれません。
《沈黙の園(23)》(「王国」より)© Narahara Ikko Archives
《壁の中(48)》(「王国」より) © Narahara Ikko Archives
本作を見るうえで一つの手がかりとなるキーワードが、「パーソナル・ドキュメント」です。
これは、奈良原が自分のデビュー作について説明する際に使った言葉です。特定の対象を取材しその有り様を報道するドキュメンタリーは、作為を排除し、事実を正確に伝えること、と思われがちですが、奈良原はもう一歩踏み込んで、カメラを構えている以上は撮影者の意図が入り込んでいるし、写されたものの中に撮影者自身の心の内が反映されることがあり得る、という考えに立っています※。こうした姿勢でドキュメンタリーを撮る手法を、奈良原は「パーソナル・ドキュメント」と呼んでいました。
「パーソナル・ドキュメント」という言葉を補助線にしてみると、「王国」に映し出された場面や構図を解釈する余地が広がっていくように思います。奈良原が男子修道院と女子刑務所をどのように解釈しているのか、撮影当時どのような心境だったのかを想像しながら、「王国」に足を踏み入れてみてはいかがでしょうか。
※(奈良原一高「私の方法について」『リアリズム』10号、1956年、制作者懇談会)
学芸員(近現代美術係) 忠あゆみ
2023年8月23日 09:08
現在、古美術企画展示室で開催している夏休みこども美術館2023「うつくsea!すばらsea!」展。本展の関連ワークショップをこの夏に2つ行いました。今日のブログでは、そのワークショップの様子をご紹介したいと思います!
①みんなで大きな海をえがこう!
1つ目のワークショップは、その名の通り、参加者みんなで1つの大きな紙に大きな海を描こうという内容です。しかしながら、皆さん初対面の人と一緒に絵を描いたことがあるでしょうか?ほとんどの人がないと思います。なので、まずは自己紹介。グループに分かれて、持ち寄った自分の海の思い出があるものを紹介します。みんなが持ち寄ってくれたものは海で拾ったものや、海に関する絵本、それから絵を描いてきた人も。人の数だけ思い出もありますね。
海の模様のハンカチに、自分で描いてきた絵、拾った貝殻などなど
みんなで海の思い出を語り合ってみると、泳ぐ海や、釣る海、生き物が暮らす海など「いろいろな海」があることがわかってきました。では、さらに「昔の人はどんなふうに海を見ていたのか」展示室に行って海の作品も見てみます。
展示室では、見つけたことや考えたことを話しながら鑑賞します。「なんか亀が溺れとって、助けに来た一反木綿に必死に掴まっとるみたい」という見方もありました。スゴイ!たしかにそうも見える!一反木綿に掴まる亀ってなに?と気になった方は、ぜひその作品を探しに夏休みこども美術館に来てください。
作品鑑賞でもっと「いろいろな海」があることを知ったところで、いよいよみんなで絵を描く!ビニール袋のスモックを着て、大きな紙を用意した部屋へと移動します。用意した紙はおよそ8.5m×6mの51平方メートルの大きさ。30畳くらいというと大人の方には伝わりやすいでしょうか。まずは、どのくらい広いかみんなで寝っ転がってみます。参加者20人+筆者+博物館実習生5人で計26人が乗っても広々です。
みんなで寝れるくらい大きい紙
せっかくこんな大きな紙を用意したのですから、ちまちまとクレヨンや色鉛筆で描いていては日が暮れてしまいます。何より、今回は「みんなで大きな海をえがこう!」です。ここにいる参加者みんなでしか描けない海を描くために、体全体をつかって海を描きます。体全体で絵を描くことも初めてなので、まずは練習から。最初に右手、次は両手で、てのひらで、指の先で、と体で絵を描くコツをつかみます。
「せーの!」の掛け声に合わせて第一投をぺたっ
練習が済んだら、いよいよ思いのままに自由に描く!とにかくやってみたくてわくわくいっぱいの子どもたち、「海を描くのよ!」と今日は何を描くのか忘れないように声を掛けて、いざスタート!
おなかでも海を描く!
「みんなの海」が完成!
紙のしろいところがなくなってきたところでストップ!みんなでしか描けない大きな海が出来上がりました。いろんな色がきれいに混ざった素敵な海なりました。みんなで鑑賞していると、島や生き物が見えてくるだけでなく「命の泉みたいな海」と表してくれた子もいました。出来上がった作品は持っては帰れなかったけど、みんなの心に残る海が描けたのではないかと思います。
②自分の海をつくろう!
2つ目のワークショップは、先ほどと打って変わって自分だけの海を立体作品でつくります。しかし、いきなり「自分の海をつくって!」と言われても、自分のってどういうこと?と困りますよね。なので、まずは簡単な質問「海について知っていること教えてください」。一人の子が「貝殻がある」と言ってくれます。すると、相次いで「さかな!」「さめ!」「くらげ!」と生き物がたくさん挙がります。そして「波」お~、生き物だけじゃなく、海には波もある。さらには「人魚!」いいですね~、私もいつか会ってみたいな。
と、今を生きるみんなが「今の海」について知っていることをたくさん言ってくれたところで、今度は「昔の海」についてです。昔の人と海の関係を調査しに、展示室へと向かいます。
こちらのワークショップでは、解説も交えながら鑑賞をしました。海にあるものが作品の素材になっていること、素材になっている生き物が現在は絶滅の危機にあること、海にあるものを構成して模様をつくったこと、水や海の神さまを信仰していたことなどなど。そして、着物に海の絵があると着たときどんな感じかな?なんで鞍と枕に波文をつけたのかな?昔の人は海の神さまになにを願っていたんだろう?と昔の人と海の関係を調査しました。
調査を終えてワークショップの部屋に戻ります。自分たちの知っている「今の海」と、展示室で調査してきた「昔の海」……さあ、勘がいい人は今日つくる自分の海のテーマがわかったはず。ずばり、今回つくる自分の海は100年後の「未来の海」!テーマを聞いて、みんな「え!」と驚きを隠せません。
さらに、今回のワークショップは子どもだけではなく大人も自分の未来の海をつくります。それを聞いた大人たちは「え~!?」と一層驚き。ふふふふ。このワークショップでは、大人も子どもも対等ですよ。焦らなくても大丈夫。上手につくることが目的じゃなくて、頭にあるイメージをカタチにするのが目的ですから。
どんな材料をつかおうか悩み中…。
セロファンをちょきちょき。何ができるのかな?
知っている「今の海」と、調査した「昔の海」をもとにして「未来の海」について考えます。そして、考えがまとまってつくるものが決まった人から、材料を選んで制作に取りかかります。みんなかなり熱中して作っていて、「まだ時間がいる!」と予定していたよりもちょっとオーバーしながらなんとか作品が完成!
「自分の100年後の未来の海」のお披露目タイムへと移ります。みんなで各テーブルを回りながら、全員の作品を見ていきました。
ウツボみたいになっちゃった龍!人魚の鱗の海!バッテリー搭載の船!
どの作品もとっても力作で、全部紹介したいくらいなのですがページの関係で叶わず…。出品作の《亀形合子》の100年後バージョンや、海中都市、魚のお城にカラフルな泡の海などいろんな未来の海ができました。誰一人として同じ海はなかったことも素晴らしかったです!
なんとか頑張ってあと100年生きて、みんなが考えた100年後の海のようになっているか見てみたいところですが、生きているかな~。参加者の子どもたちの中には100年後の海を見れる人もいるかも!?
以上、今夏に行った2つのワークショップの報告でした。内容盛りだくさんでしたが、最後まで読んでくださりありがとうございます。参加者のアンケートには、「とても楽しかった」に丸がたくさんついていて「うれsea!」。そして、私にとっても「たのsea!」夏の思い出となりました。
展示は来月10日まで。まだ間に合いますので、ぜひ美術館で海を楽しんでくださいね。
夏休みこども美術館2023「うつくsea!すばらsea!」
開催中~9月10日(日) 1階 古美術企画展示室
展覧会ページはこちら
(教育普及専門員 八並美咲)
2023年8月16日 14:08
お盆も過ぎ、子どもたちの夏休みも残りあとわずかといったところでしょうか。
美術館では、古美術企画展示室で行われている夏休みこども美術館にあわせて、同じ展示室の一角に夏休みこどもとしょかんのコーナーを設け、展示作品や展示のテーマに関連する児童書や絵本を特集しています。(9/10(日)まで)
今年の夏休みこども美術館は「うつくsea!すばらsea!」ということで、海に関連する古美術作品が展示されており、まさに夏にぴったりの面白い展示だなぁと思うのですが、それに合わせて事前に選書をするのは中々一筋縄ではいかないところ。今年も楽しくも悩ましい作業を経て図書を特集しました。
夏休みこどもとしょかんで特集する図書は基本的には蔵書の中から選書をしますが、福岡市美術館の図書室は図書と図録、それ以外の美術雑誌等を合わせると約8万冊の資料を所蔵しているものの、その中に含まれる児童書・絵本類は300冊ほど。
さらに、美術関連の児童書・絵本類は近現代美術をテーマにしたものの方がよく見かける上に、古美術関連のものは気軽に楽しめるようなものよりも教科書のサブテキストである資料集(写真+わかりやすい説明文も豊富)のような図書が多い印象です。
当館所蔵の児童書・絵本類の一部
所蔵本の内容を一冊一冊確認しつつ、展示が始まる2か月位前になると図書館や複数の書店にも時々通って他に良い本がないかをチェックし始めました。
海の本ならある程度たくさんあるだろうとは思っていたものの、単純に海をテーマにしたものであれば想像以上にありすぎて迷う展開に。でも「美術×海」のような本が都合よく見つかるわけでは無いので、少しでも鑑賞のヒントになるような、面白い本は無いかと次々と読んでいるうちに、どれもちょっと違うような気もしてきて迷子になりそうにも。
絵本を読みながら私にとって海といえば?と考えていたのですが、一番遊びに出かけそうな子どもの頃に海なし県(内陸県)で育ったせいか、ほぼ海水浴には行っていないことに気が付き、その後一転して中高校生時代を過ごした四国は海に囲まれた土地だったため、遠出するのには交通手段が制限されてしまってどこへ行くのにもとても行きづらくした大きな境界線のようなものだったなぁなんてことを思っていました。
海と一言で言っても人それぞれ自分の思い出の中に色々な海があるように、本の中にどのような形で海が登場するのかも様々。
この企画によりぴったりな本は中々難しかったのですが、これかなというものをざっくりと多めに選んで教育普及係の職員たちとも相談しながら内容、対象年齢のバランスを見て選書をし、またいくつかの本を提案してもらって海に関連する絵本やそれ以外にも展示作品に関連するものでは“こんなのが参考になるかも”、“ちょっと違うかもしれないけれど、こんなのはどうでしょう?”、“これなら小さいお子さんでも楽しんでもらえるかも”と思いながら最終的には20冊の図書を特集しました。
展示室の中に図書を特集するのは夏休みこどもとしょかんの期間だけですので、展示を見る前に、見てから、見ながら対比するなどなど、思い思いに図書の世界も楽しんで頂けたらうれしいです!
(司書 中務美紀)