2023年4月5日 16:04
3月は別れの季節。30日に福岡市美術館でも3年ぶりに送別会を行いました。
定年退職、転職、任期満了とそれぞれに卒業を迎えた5人を送る会は、閉館後のレストランで。新天地で羽ばたいたり、人生の新たな局面を迎えたり…何を隠そう、その5人の1人が筆者でした。
旅立つ5人以外にも、嬉しいニュース&サプライズが満載で、シェフの心づくしの料理に舌鼓を打ちながら、笑いと感激の絶えないひと時を過ごしたのち、花束&プレゼント贈呈の時が来ました。
長く時を過ごした仲間からの渾身のチョイス。一つ一つ、贈呈のたびに披露されては歓声が上がります。最後に自分の番が回ってきた時に、いただいたのは、ひと抱えもある満開の桜の枝の花束でした。
手渡してくれたM学芸員は、さあ、あのポーズを!と、促します。あのポーズ?花束?と混乱していると、M学芸員がやって見せてくれたのは、インカ・ショニバレCBEの《桜を放つ女性》のライフルを構えるポーズでした。
うわー!!!!そういうことなのか!!!
ドレスを着た女性が構えるライフルから、満開の桜の枝が中空に解き放たれるダイナミックな作品は、一度見たら忘れられないインパクトがあります。頭の代わりに据えられた地球儀には、ミシェル・オバマや市川房枝さんなど女性のエンパワーメントに功績のあった、女性の名が刻まれています。美術館のコレクションの代表的作品であるだけでなく、仕事でも深く関わった作品ではありますが、この時まで、あくまで鑑賞の対象だったことに気づきました。そうか、この作品はただ眺めるためにあるんじゃないんだ。自分もまた、自分なりのライフルを抱えて桜をぶっ放すんだ、ってことなんだ。
みんな、自分の桜をぶっ放そうぜ!そんなエールをもらった気がしました。
仲間に見送られていったん卒業をしましたが、改めて、福岡市美術館と福岡アジア美術館の館長を拝命しました。皆様、これからもどうかよろしくお願い申し上げます。
新しい学芸課長は、後藤恒学芸員。強くて優しい漢です。よきリーダーとして、しっかり舵取りをしてくれると思います。どうかよろしくお願い申し上げます。
《桜を放つ女性》のライフルから放たれる桜は、花の色が2色ある、現実には存在しない桜です。まだこの世にないものの象徴でもあります。
ミライの桜の花言葉は「ぶっ放せ!」
いざ。
(館長 岩永悦子)
2023年3月29日 18:03
3月24日から2階の近現代美術室Aで「新収蔵品展」が始まりました。2022年度に収蔵した近現代美術作品のなかから、12点を紹介しています。
一年近く前、本ブログで「美術館でであう新たな体験と知覚」と題し、2021年度の新収蔵品のなかから2作家―川辺ナホさんと梅田哲也さん―の作品をとりあげ、当館で開催した特別展や企画展の出品作がコレクションに仲間入りしたことについて書きました(https://www.fukuoka-art-museum.jp/blog/36622/)。今回の収蔵作品にも過去に当館で開催した展覧会に関係する作品が含まれているので紹介してみたいと思います。
「新収蔵品展」展示風景
「新収蔵品展」展示風景
山内光枝《つれ潮》
山内光枝さんは福岡を拠点に活動をするアーティストです。ロンドンでの経験から、固定化すること、線を引くこと、枠づけることに意識的になり、作品にもそのような視点が通底しています。山内さんは2010年頃、海女を捉えた一枚の古い写真に出逢ってから、海女の文化を学び調査するとともに、黒潮・対馬暖流域の浦々を訪れ、素潜り漁を生業とする人々と関係を築き、漁に同行するようになりました。2013年には済州島の海女学校で素潜りでの水中撮影技術を習得し、映像インスタレーションを発表します。作品の中の海女たちが自然な表情でいつもと変わらないであろう姿で捉えられているのは、ほかならぬ山内さんが撮影者であるからなのです。
山内さんは2014年に当館で開催した現代美術のグループ展「想像しなおし」に出展し、鐘崎、沖ノ島、対馬、釜山、済州島という玄界灘をめぐる海を舞台に、それぞれの地の師の素潜り漁に同行し捉えた映像を5枚のスクリーンに映し、塩を用いたドローイングとともに展示した映像インスタレーション《you are here》を発表しています。
山内光枝《you are here》2013-14年
「想像しなおし」展での展示風景 撮影:山中慎太郎
新収蔵品に話を戻しますが、2022年度当館は山内さんの映像作品2点、《つれ潮》《潮汐2012-2020》を収蔵しました。どちらの作品も、海を基点に生きる人々を追いかけてきた山内さんの集大成ともいえる作品で、「新収蔵品展」ではそのうちの《つれ潮》を展示しています。
本作の中で「おばちゃん」と呼ばれている香月ツルエさんは、長崎県対馬市の東海岸に位置する集落・曲(まがり)の最後の現役海女です。撮影当時82歳だった「おばちゃん」が、海女の原郷の地である福岡県宗像市の「鐘崎の海で潜ってみたいね」とつぶやいたことから始まった旅。旅のコーディネートをはじめ、撮影・録音・編集ほかすべての作業を山内さんがほぼ一人でおこなった本作は、親密な関係が築かれているからこそ可能となった旅の記録ともいえるでしょう。海の磯焼けによってサザエやアワビはもちろん海藻すらほとんど採れなくなっている曲、その最後の現役海女である「おばちゃん」が鐘崎の海で生き生きと漁をする姿、「おばちゃん」を歓迎する海女さんたちが回転寿司店に入るといった自然な様子や日常の会話からは、素潜り漁を生業とする海女をめぐる現状や海女文化の歴史と継承の問題も浮かび上がってきます。山内さんの作品は海女を捉えたものばかりではありませんが、現在も各地の師匠のもとに赴き、交流を続けているそうです。
「新収蔵品展」展示風景より山内光枝《つれ潮》2018年
上田宇三郎《裸婦》、《石(4ケの石)》
上田宇三郎は戦前そして戦後の福岡で、西洋美術の手法を日本画において試み数々の実験的な作品を生みだした画家です。それだけでなく絵画団体「朱貌社」を立ち上げるなど、福岡の近代美術を語るうえで欠かせない存在でもあります。2022年度、当館はこの画家の日本画を2点収蔵しました。これらの作品は2013年度に開催した「没後50年 上田宇三郎展 もうひとつの時間へ」の出品作でもあります。《裸婦》は色面の上の点描や淡い色彩の変化によってシンプルな面と線の構成のなかにやわらかなボリュームの身体を表し、《石(4ケの石)》は幾何学的な形態にその後のモノトーンの展開を予感させる色彩によってさまざまな描法で陰影を与え立体表現を試みています。既に収蔵していた23点にこの2点が加わることで、上田の作品展開をさらに詳細に辿ることが可能となりました。
「新収蔵品展」展示風景より 右から上田宇三郎《裸婦》1951年、《石(4ケの石)》1957年
ところで、上述の「上田宇三郎展 もうひとつの時間へ」では、上田宇三郎が17年間にわたり付けていた日記から、この画家の生涯をより深く伝えることが目指されました。関連企画として開催された日記の朗読会「時のあじわい、日々のにおい」は、画家が愛飲したコーヒーを再現し、それを飲みながら上田宇三郎の日々に耳を傾けるというものでした。この時、日記を朗読したのは山内光枝さん。「新収蔵品展」では約10年ぶりに上田宇三郎と山内光枝さんがコレクション展示室で再会しました。
田部光子作品
昨年の1月から3月に開催した「田部光子展『希望を捨てるわけにはいかない』」は、〈九州派〉の主要メンバーとして知られる田部光子の最近作までを紹介し、一人の美術家として活動を捉え直そうという展覧会でした(https://www.fukuoka-art-museum.jp/blog/17267/)。
〈九州派〉時代の作品で現存するもの(所在がわかっているもの)はほぼすべてが美術館に収蔵されていますが、1970年代や1980年代の作品は初発表以降ほとんど紹介されることなく、封印されてきました。同展では田部さんから許可を得てそれらを紹介しましたが、この度そのなかの23点が新たにコレクションに加わりました。「新収蔵品展」ではその中から7点を紹介しています。1970年以降の田部光子さんの絵画を並べて見ていると、社会そして鑑賞者に向けてメッセージが放たれているように感じられ、描法における尽きぬことのない探求心によって生み出される多彩な表現に目を奪われます。
「新収蔵品展」展示風景より
福岡で美術状況を見ていても展覧会という形に結実できるものは決して多くはなく、展覧会と関連した作品を収蔵するという段階には更なるハードルがあります。今後、福岡市美術館でどのような展覧会が企画され、実現するのか。そして収集活動にどのようにつながっていくのか。ご期待いただければと思います。
私事ですが、3月末日で福岡市美術館を去り、4月から九州外の美術館に勤務することとなりました。前回のブログの鬼本学芸員と同じく、ここで企画する展覧会もこの「新収蔵品展」が最後となり、ブログを書くのもこれが最後となりました。福岡で出会うことのできた作家のみなさま、そして来場者のみなさまに支えられた15年半でした。ありがとうございました!これからは福岡市美術館を愛する一人として、みなさまと一緒に活動を応援していきたいと思います。
(近現代美術係 正路佐知子)
2023年3月22日 10:03
皆さんは、ある香りをかいだ時に、昔のことを急に、しかも鮮明に思い出したりしたことはありませんか?そういう現象を「プルースト効果」というらしいですが、私にも確かにそういう経験があり、雨が降る前の少し湿った空気の香りをかぐと、子どものころ住んでいた家のことをはっきりと思い出したりします。そのほかにもアロマテラピーなど、頭をスッキリさせたりリラックスさせたり、香りにはさまざまな効果があることは知られていますよね。
そんな香りと美術を結びつけたプログラムができないか、と試行錯誤して実施したのが、3月19日に開催した、いきヨウヨウ講座「今日の気持ちを香りに変える」でした。余談ではありますが、このプログラムが実現できたのは、ある研修会で、まさに香りを扱う博物館である「大分香りの博物館」の大津留聡学芸員と知り合ったことが大きく、研修会には参加してみるものだと実感した次第です。そんなわけで、今回のプログラムのスペシャル講師として大津留さんをお招きすることとなりました。
では、どんなことをしたかというと・・・まずは、参加者の皆さんと、ギャラリートークをするべく1階コレクション展示室へ行きました。この65歳以上のプログラムである「いきヨウヨウ講座」に限らず、当館の多くの教育普及プログラムは展示室で作品を見る事から始まります。ただ、今回は、なんといっても「香り」がテーマですから、作品を見るだけではありません。東光院仏教美術室にて仏像作品を見ながら、トークをする私たちが取り出したのは「お線香」(美術館は火気厳禁ですから、もちろん火はつけていません!)。お線香の香りをかぎながら作品を鑑賞しました。実は、お線香の中に入っている白檀(びゃくだん)や沈香(じんこう)といった香りは、仏教とともに日本にやってきたそうです。いにしえより、仏像のそばには香りがあったのですね。
仏像を鑑賞しながら・・・
お線香の香りをかいでみる
そのような話をしながら、次は松永記念館室へ。仰木政齋による《鹿文蒔絵硯箱》を見ながら、今度は墨の香りをかぎました。墨は煤(すす)を膠(にかわ)で練ったものですが、香りづけに「龍脳(りゅうのう)」という香料を混ぜます。残念ながら墨は固形の状態ではかすかにしか香らなかったのですが、参加した皆さんは懐かしそうに「あ~、そうだ、墨をすったときに香りがしたよね」と口々にいいながら作品鑑賞をされていました。
硯箱を鑑賞しながら・・・
墨の香りを確認
そして今度は2階へ移動し、ダリ《ポルト・リガトの聖母》の前で、「先ほどは仏教と香りの話をしましたが、キリスト教と香りもすごく深く結びついていて、聖書にはよく香料の話が出てきます」と伝えた後、聖書にも出てくる乳香(にゅうこう)と没薬(もつやく)の香りを楽しんでもらいました。こちらは参加者にはちょっとなじみのない香りだったらしく、不思議そうな顔をされたり、中には顔をしかめる方もいらっしゃいました。
《ポルト・リガトの聖母》を鑑賞しながらかいだ香りは・・・
乳香(フランキンセンス)と没薬(ミルラ)の香り。皆さんにはちょっとなじみがなかったようです。
そして、最後は、グループに分かれて、横尾忠則《暗夜光路 旅の夜》と大浦こころ《水ぎわの人2》を、「作品からどんな香りがするか」を想像しながら鑑賞しました。私は《水ぎわの人2》を参加者の皆さんと鑑賞したのですが、潮の香り、熱した砂の香りや人物から発する香り、甘い花や緑の香りなど、実にさまざまな香りの話が出てきました。その香りの話から、子どもの頃に住んでいた故郷のことを思い出される方もいらっしゃいました。
香りを想像しながら作品鑑賞
さて、鑑賞後は、アートスタジオで講師の大津留さんから「香り」についてのレクチャーをしていただきました。香りの歴史や効用や、香りの抽出方法などどれも興味深いものでした。さらに、大津留さんがお持ちくださったさまざまな「香り」を楽しみながら、「こんなにおいがする」「これは好きな香り」と感想を言い合うのは、参加者の皆さんにとっても、そして主催する私たちにとっても、とても楽しい時間でした。
参加者の机にならぶ香りの材料。大分香りの博物館よりお持ちいただきました。すべて天然の素材だそうです。
講師の大津留聡さん(大分香りの博物館学芸員)
そして、いよいよ今回のプログラムのクライマックス、オリジナルの「匂い袋」作りです。参加者の皆さんの前には、ずらりと香りの材料が並んでいます。それぞれの材料の香りを確認しつつ、最初は大津留さんの指導で基本のレシピで調香しました。そして、できた香りに、鑑賞体験、そしてレクチャーのことを反芻しつつ、目の前の材料を吟味しながら、思い思いに好きな香りを足していきました。こうして出来上がった参加者20通りのオリジナルの香りを、皆さんにもお互いにかいで楽しんでいただきました。私も参加者の皆さんが作られた香りをすべてかいでみたのですが、不思議なことに、同じ材料を使いながらもほんの少しの量の違いで全く違った香りになっていました!しかも、その違いで、リラックスしたり頭が活性化したりと身体にも影響があるので、香りというのは本当に不思議です。出来上がった香りは、大津留さんがご用意くださったステキな袋に入れ、匂い袋として持って帰っていただきました。この香りは1年間くらい持つらしいので、きっとこれから1年、香りをかいでは、この日の体験が思い出されることでしょう。
香りの材料を混ぜてオリジナルの香りを作ります。
かわいらしい匂い袋と文香ができあがりました!
話は最初に戻りますが、香りと人の記憶は非常に強く結びついているそうです。記憶を活性化させることから、高齢者向けプログラムに香りを応用する試みはこれからも盛んになっていくのではないかと思います。また、一方で、子ども達のことを考えると、今や小学校ではあまり墨をすらないらしいですし、また法事などでお寺に行く経験などをほとんどしないらしいので、こういう香りの文化がどうなるのかな、とも思います。個人的な体験を思い出すという意味でも、香りの文化を作品と共に守っていくという意味でも、つまり大人にとっても子どもにとっても、美術館で作品と香りの体験をすることは、もしかしたら今後大切になってくるのかもしれません。そんなことを思った「いきヨウヨウ講座」でした。
ところで、私事ではございますが、私、3月末日をもって福岡を去ることになり、4月からは別の美術館で働くことになりました。私が当館でブログを書くのはこれが最後となります。ブログ読者の皆さま、そして教育普及プログラムに参加して下さった皆さまをはじめ利用者の皆さま、本当にありがとうございました。これからは、別の美術館の仕事仲間として、また、一利用者として福岡市そして福岡市美術館を訪れたいと思います
とはいえ、これからも当館ではさまざまなプログラムが実施されると思います。皆さま、どうぞ今後とも福岡市美術館をよろしくお願いいたします。
(教育普及専門 主任学芸主事 鬼本佳代子)