2020年3月2日 17:03
1970年代末から90年代にかけて多くの作品を手掛けた渡辺千尋(1944-2009)のエングレーヴィング作品を近現代美術室Bで展示中です。
エングレーヴィングは、ビュランと呼ばれる鉄の刃物を用いて銅の板に細かな溝をつけ、インクを詰めて刷る凹版の一種です。日本の紙幣も用いられている、慎重さと集中力が必要な技法を駆使した渡辺千尋作品。「超絶技巧」の絵画とも言えますが、それだけで片付けられるものではありません。例えば、《風の遺跡》という作品。遺跡のような構造物のなかに無数の線が引かれており、よく見ると人間の体や植物の様々な形が浮かび上がってきます。私はこの作品にこちらを向いている顔を見つけたとき、時を超え、作家と目が合ったような感触を得ました!緻密に作りこまれた渡辺の作品は、息をひそめて見つめられるのを待っているかのようです。
左:会場内にはルーペを置いています 右:展示風景
渡辺作品は時間をかけて見つめることでより深い意味を読み取ることができるのですが、実は「見ることを通した作家との対話」は彼の文筆活動にも通じる姿勢です。
『殉教(マルチル)の刻印』(2001年)は故郷である長崎県南高来郡有家町に伝わるキリシタン銅版画《セビリアの聖母》を復刻した際の経緯を綴ったルポルタージュです。《セビリアの聖母》は、日本で初めて制作された銅版画の一つで、1597年に26人がキリシタン弾圧によって殉教したその年に彫られたものです。渡辺氏は、制作の背景を理解するために26聖人のたどった京都から長崎・西坂までの道のりを徒歩で踏破し(!)、その後に模刻を行います。作業をする過程で、渡辺氏はイメージのもとになったスペインにある壁画や、中国に伝わる別のバージョンの版画にあったはずの鳩が消えていることを発見し、ここから、キリシタンであった作者がある心境の変化を迎え、手を加えたことを推察します。渡辺氏は、あくまで銅版画家の一意見だ、として、自身の考察が適当かどうかは保留していますが、真摯に作品を見ることで導き出した解釈には説得力が宿っています。
渡辺千尋『殉教(マルチル)の刻印』小学館、2001年
展示室で、「この作品のメッセ―ジは何ですか?」と聞かれることがあり、自分もまた、1つの正解を探すようにしてものを見てしまうときがあります。「作品の解釈は無限に開かれていて、答えは無限!」とは思わないのですが、まずは目の前の作品をじっくりと見て、それが発するものを受け止めることが第一歩なのでした。渡辺千尋作品はそんな姿勢を改めて教えてくれます。
渡辺千尋展は、4月19日(日)までです。是非お見逃しなく。
(学芸員 近現代美術担当 忠あゆみ)
2020年2月20日 16:02
茶碗にしろ、茶入(ちゃいれ)にしろ、古い茶道具の価値をつくるのは、モノ自体に備わる美的魅力だけではありません。その魅力に惹かれ、大切に守り、次代に継いできた人々の思いの積み重ねでもあります。
ある茶道具を大切に守るために作った箱を、次の所有者がその箱ごと守るために新しい箱を新調する。さらに次の代の人も…、そうして受け伝えられた結果、茶道具を守る箱は、マトリョーシカのように入れ子式になることがあります。箱以外にも、茶道具を直に包む袋やその替え、歴代の所有者や鑑定家が記した書き付け等、あらゆる付属物が伴います。それらを総称して「次第(しだい)」と呼びます。
現在、松永記念館室で開催中の「茶道具の『次第』」展は、松永耳庵旧蔵の茶道具の中でも特に次第が充実した茶道具を選び、伝来の紹介とともに、次第まるごと展示する試みです。
普段は最大20件は陳列できる展示室が、今回は6件で一杯になりました。
目玉といえば《唐物肩衝茶入 銘「松永」》(中国・明時代)。戦国武将・松永久秀が所持したことに由来する名物茶入です。片手のひらに収まる程度の小さな陶器を、五重の箱が守っています。一番外側の箱は、本器に付属する盆を守る三重箱も一緒に収めるため、両手を広げて抱えるくらいの大きさになっているのです。そうです、冒頭のタイトルは、それを分かりやすく?表現したものです。
展示作品は、まず作品本体を置き、続いて本体に近い付属品から順番に、内箱から外箱へ整然とわかりやすく配置しました。箱の蓋は殆どすべて、開いた状態にしました。蓋というのは、閉じていれば開けたくなるし、開いていれば閉じたくなるもの。開いた状態で展示すると、展示空間が全体に雑然としてしまうデメリットがあるのですが、何はなくとも箱内をご覧いただけることと、茶道具を袋に包み、幾重もの箱に収めてゆくプロセスをより実感をもって辿っていただけるのではという思惑から、あえてそうしました。同時にその実感が、代々の所蔵者たちが道具に込めた愛情を追体験することにも繋がれば幸いです。
ある茶道具が、いかに過去から大事にされ、価値が高められてきたかを眼で見て実感していただける内容です。4月12日(日)までです。是非ご来場下さい!
(主任学芸主事 古美術担当 後藤 恒 )
茶入「松永」の次第を一挙陳列!画面に入りきらない…
2020年2月17日 10:02
どーも。館長の中山です。大浮世絵展、もうご覧になりましたか?
会場で写楽の「江戸兵衛」がふたつ並んでいるのを見て少々驚きました。同じものが2点展示されているからではありません(2点のうち1点は2月16日までの展示)。両方ともにアゴヒゲの剃り跡があったからです。え、こんなのあったっけ?ネットで検索して出てくる「写楽 江戸兵衛」の作品写真には…やっぱりありません。シェーバーのコマーシャルみたいに、みんなつるつるなんです。偽物?そんなわけありません。
大浮世絵展監修者の浅野秀剛さんによれば、「これ、世界第一位と第二位の江戸兵衛だ」ということになるそう。両方とも海外のミュージアムから借用したものですが、1点はかつて国立博物館で開催された大規模な写楽展でも貸してもらえなかったものらしいです。つまり2点とも、アゴヒゲの剃り跡まできれいに見えるほど状態がよい作品なのです。最初に調査したとき、あんまりきれいなので本物かどうかを見極めるのに時間がかかったほどだったと浅野さん。
錦絵は版画ですから、世界に同じものがいくつもある。しかし、厳密にいえば摺られた時期が違ったり、版が変えられていたり、色あせていたりと状態は千差万別。極端な場合、同じ本物の広重の東海道五十三次(保永堂版)「日本橋」でも、描かれている人物の数が全然違ったり、北斎の赤富士では初摺で状態のいいものはピンク色だったりします。今回の展覧会、特に歌麿と写楽の作品は超のつく一級品ばかりで、「こんなにきれいなんだ」と思わずつぶやいてしまいました。
そして、目につく超一級品はどれも海外から借用したものばかりなんです。国内にある状態のよい作品も、大半は海外から買い戻したものだとか。ちょっとしたお小遣いで江戸庶民が買って楽しんだ浮世絵でしたから、明治、大正期にはあんなもの美術じゃないというのが国内の常識でした。それがいろんな国で大切に保存され伝わってきたのですから感謝しなければいけません。また、保存という点で浮世絵は非常に褪色しやすい絵画ですから、未来の人たちにも楽しんでもらうため、厳しい展示制限もやむなしです。
そうそう、大浮世絵展に来られたお客様は、おいしい赤富士を食べることもできますよ。ストロベリーアイスの赤富士を一生懸命ほじくりながら食べ進むと、地下から生イチゴやら白玉やら餡子やらフレークやら抹茶やらの溶岩があふれだしてきて、口の中が大爆発するほどの活火山。この絶品「赤富士パフェ」、北斎先生に食べさせてみたいなあ。
(館長 中山喜一朗)
赤富士パフェ(福岡市美術館のレストランとカフェで販売中)