2026年3月25日 09:03
当館の目玉作品の一つであるサルバドール・ダリ《ポルト・リガトの聖母》。昨年の9月から、スペインのフィゲラスにあるダリ劇場美術館での展覧会「The Madonna of Portlligat. An Oneiric Explosion」に貸出されていました。展覧会タイトルが示すように、この作品のための展覧会だったので、1部屋に本作1点という贅沢な空間が作られていました。今回はその作品撤去で、クーリエとして行った際のことをお話しようと思います。クーリエは、他の美術館に作品を貸し出す際に作品の輸送や展示に立ち合い、作品の状態をチェック・管理する業務です。
いざ、スペインへ
展覧会が2月22日までで、翌日23日に撤去だったので、私は21日にフランクフルト空港経由でバルセロナに向かいました。初のヨーロッパで、しかも海外に1人で行くのは初めて!ということで、スリ対策も万全にして出発しました。
スペインには、現地時間の21日夜11時過ぎに到着し、22日の午後、バルセロナサンツ駅から高速鉄道でフィゲラスへ向かいました。1時間ほどで着く距離です。日本の新幹線や鉄道などに慣れていると驚いたことが、出発するホームが直前まで分からないこと!待合スペースで掲示板を見ながらホームが表示されるのを待ちました。ところで、列車で移動中、スーパーらしき建物の裏に羊の群れがいるのを見たのですが、あれは何だったのでしょう…。スーパーで飼育しているのかな。
ダリ劇場美術館は、ダリの故郷フィゲラスに建てられた美術館ですが、故郷のために作品一点を作ってほしいと言われたダリが、一点どころか美術館をまるごと作ってしまったのでした。もともとは劇場があり、その建物でダリの最初の展覧会が開催されたそうです。美術館のある方向に向かって行くと、あ、あれか!とすぐにわかる外観です。赤い外壁にパンのオブジェがびっしり付いていて、屋根には卵が並んでいます。奇抜な外観に惹かれて皆さん写真を撮っていました。

館内には様々な部屋があり、ダリや交流のあった作家たちの作品が展示されていました。そのうちの一部屋には、ダリの遺体が眠っているとのこと。暗く静謐な空間でした。
2階の窓から作品を下ろす!
フィゲラスに着いた翌日の朝、美術館に集合し、関係者に挨拶をした後、作品の撤去を始めました。まず、作品の前に設置された台座を解体し、作品を壁から下ろして、横向きにして壁に立てかけます。作品が大きいため、その状態で点検を行いました。ダリ劇場美術館の保存管理担当の方と、9月に展示されたときの作品の状態の記録と照らし合わせながら変化がないかを確認しました。
その後、作品を入れる木箱を搬入したのですが、エレベーターに入らない大きさであったため、中庭に面した2階の窓から入れていました。作品を展示するときも同じ経路で搬入していました。ベランダがあり、柵もあったのですが、その柵を一部切って通路を確保していました。また、その窓の近くにはダリが植えた植物が伸びているため、その植物が傷まないよう保護しつつ、搬入するという工夫もされていました。

木枠で植物を押し上げて木箱が当たらないようにしています。

木箱を入れるためには、あと2,3㎝高さが足りないということで、窓の下の部分も切ったそうです。
梱包材で作品を包んだあと、木箱に入れ、周囲をウレタンで保護します。さらに輸送中の温湿度を記録する機械も一緒に入れています。作品が戻ってきたときに状態に変化(画面が割れているなど)があった場合、その原因が何なのかを調べるために入れています。

その後、作品を2階からクレーンで下ろし、台車に乗せてトラックまで運びました。

かなり大がかりですが、携わった人たちの丁寧で素早い作業によって、作品が載ったトラックが無事に出発できました。ちなみに、美術館の方から聞いた話では、当時ちょうど美術館の前の道の工事が行われていたのですが、作品を搬出するルートだけは早く完了してほしいとお願いして、撤去の2日前に終えてもらったのだとか。様々な人の協力を実感した出来事でした。

きれいな道を通って搬出できました。
余談ですが…
休憩時間には、できるだけ他の美術館を見て回り、展示の工夫や作品のレイアウトなど、色々な学びを得ました。また、本場ということで楽しみにしていたチュロスを食べました!さすが本場、サクサクでおいしかったです。

チュロスの写真じゃないのかいという声が聞こえてきそうですが、バルセロナの
街中で見かけた、高さ150㎝くらいあるゴミ箱の大きさに驚いて思わず写真を撮りました。

帰りの飛行機から見えた雪山(イタリアのベルガモ付近)の美しさにうっとりしつつ、ひとまず作品を無事に撤去するという業務を終えられたことに安堵して帰路に着きました。
次は夏に展示します
その後当館に戻ってきたダリ作品に問題はなく、現在収蔵庫で休憩中です。久しぶりの収蔵庫で、仲間たちに、故郷はどうだった?と聞かれているかもしれません。
次は2026年7月4日からのコレクションハイライトで展示されます(9月からは別の美術館に貸出されます)ので、ぜひ会いにきてくださいね。
花田珠可子(近現代美術係)
2026年1月28日 13:01
福岡を拠点に活動するアーティスト・浦川大志の個展「スプリット・アイランド」が開催中です。(~3月22日)
浦川さんにとって、本展は美術館で行う初個展となります。福岡市美術館がその会場となることは、高校時代に福岡市美術館で見た「菊畑茂久馬 戦後/絵画」(2011年長崎県美術館と共催)をきっかけに美術の道に進んだ浦川さんにとっては感慨深いことだったそうです。菊畑茂久馬作品の「圧倒的な存在感」に衝撃を受けて美術の世界に足を踏み入れ、高校生のころは宗像市のご実家から自転車で片道2時間半かけて、福岡市内のギャラリーや美術館に出没していたというのは、知る人ぞ知る話。
今回の展示は、「プロローグ:そこにあるカタチを捉えるために」「第1章:予兆から風景へ」「第2章:風景と幽霊と画像」「第3章:複数の断片たち」「第4章:合作と協働」「第5章:風景画を更新する」そして、ロビー壁面での公開制作「第6章:スプリット・アイランド」のセクションに分けて、活動初期からこれまでに至る十数年間の作品と現在の境地をありったけ詰め込んだ展覧会になっています。
展示前半の様子
会場には、出し惜しみなく初期の作品から近作までが展示されています。浦川さんには子供の頃から収集癖があり、お菓子のパッケージやシール、切手、化石、土器などを気になるものを集め、「ときめきBOX」と称するダンボールに入れて保存していたとか。何かを集め保存しておきたいという嗜好は美術館・博物館施設の性質とシンクロしており親しみを覚えますが、今回の展示室の空間自体も「ときめきBOX」的といえるかもしれません。
プロローグから第3章までは、特にこれまでの活動が凝縮された構成になっています。初期の作品は、おもちのような有機的な形がパステルカラーの背景に浮遊しているのですが、やがてそれが引き延ばされ、グラデーションとなります。グラデーションの登場とともに、画面は彩度を増し、「デジタルネイティブ世代」を思わせる鮮やかな表現になっていきます。
第3章の黒く長い壁には、大小さまざまな作品が散りばめられています。様々な方向に思考を巡らせて、「風景を描く」ことに取り組んできたことを物語る作品群です。浦川さんは言葉の表現も巧みな作家ですが、“風景と幽霊” “カメラロール”、“遠くって見えない”、“ATLAS”といったタイトルとイメージの組み合わせは「例えばこれを風景としたら、これも風景といえるだろうか」といった思考の過程を覗き見るようです。筆者は、古い観光絵はがきの建物の輪郭に太いグラデーションを引いた習作が気になっています。以前福岡市美術館では吉田博の水彩画を中心に風景と絵画の関係についての展示「絵になる景色 吉田博を中心に」を行ったことがあるのですが、そのテーマと同じく、風景はそれ単体で存在しているのではなく、常にメディアを通して生みだされるということに改めて気づかされる作品です。

プロローグより。古銭や雑多なものが貼り付けられた黒い画面は、九州派や菊畑茂久馬に強くひかれていた時期の作品(撮影:竹久直樹)

第1章より。学生時代の作品には、表面のなめらかさへの追求が目立つ。(撮影:竹久直樹)

第1章より。卒業制作展で発表した《LOG#02》(撮影:竹久直樹)

第2章より。「VOCA展」で大原美術館賞を受賞した《風景と幽霊》と、左手にある風景をテーマにした壁面(撮影:竹久直樹)
展示後半の様子
第4章から第6章は、大半が2025年以降の作品です。CDのジャケットとして依頼を受け制作された作品や、先輩作家との共同制作、工房に通い初めて制作した銅版画。ここにある作品群には、他者と協働することによって従来の制作手法を見直さざるを得なくなった浦川さんの、新たな境地が現れています。
特に昨年夏に滋賀県の信楽で行われた作家の梅津庸一さんとの二人展と合宿を紹介するゾーンは大きな割合を占めています。これまでに確立してきたグラデーションの技法を梅津さんにひとつ覚えの「固定砲台」と厳しく評価されながら共同制作をしたことは、浦川さんにとって強烈な体験となっていたようです。「はぁ~ほめられた~い」「別に梅津さんに褒められてもうれしくないもん」(合宿の様子を見ていた安藤裕美さんのマンガより)と、悔しがりながらも前を向き、変化しようとする姿には共感を覚えます。
特訓の成果といえるでしょうか(?)、第5章で紹介する最新作では、絵具の扱いや線の引き方のバリエーションが増え、引き出しが増えているように見えます。

第4章より。会場中央にはコレクションを再現した棚(撮影:竹久直樹)

第5章。新作《セクションとしての世界》(撮影:竹久直樹)
なお、このゾーンの中央には、木でできた棚が浮島のように据えられています。この棚は、浦川さんが集めたコレクションの一部を再現したコーナーで、棚の中にラベリングされたコレクションの梱包箱が詰まっています(実際の作品も、ところどころ露出しています)。冒頭で紹介した「ときめきBOX」の延長として、現在浦川さんは、500点を超える近現代美術作品をコレクションしているのです。
その事実を紹介するこのゾーンを、浦川さんは開幕ギリギリまで力を注いで作っていました。九州派を含む様々な美術をインプットしながら自身の制作と向き合ってきた、浦川さんのアイデンティティを象徴する一角になっています。
日常とつながる浦川絵画
筆者が浦川さんの作品に初めて接したのは、2019年に《Saida-wo nominagara tochi wo aruku》(2018年)が当館に新収蔵になるときでした。鮮やかで現代的な作風だな、と思いましたが、収蔵前の時点でこの作品は実家のベッドの下?に12分割で保存されていると聞き、親しみのわくエピソードと画風がちぐはぐな気がしました。
しかしながら、今回作品を改めて展示することになり、「シュッとして現代的」というのは作品の表面的な見方であり、じつは意外に泥臭い、アナログな手つきで作られていることがわかりました。また、スマートフォンに通ずる滑らかな画面、鮮やかな配色は、表層的な心地よさだけを求めて追及されたものではなく、あくまで生活に根差して生み出されていることもわかりました。…このブログを読んでいる皆さんは、PCまたはスマートフォンのなめらかなスクリーン越しに眺めているはずです。つまり、浦川さんの絵画は、私たちの日常と地続きなのです。
矛盾するようなことを書きますが、浦川さんの絵画は、画面越しではなく実際に見ることでしっかりとその味わいが伝わってくるものです。展示が開き、改めてそう実感しています。ぜひ多くの来場者の方に、画面上で行われている試行錯誤の連続、そして立ち現れる風景を直接ご覧いただきたいと思います。
お知らせ
・2月7日に浦川さんによるトークイベントを開催します。軽妙な語り口の浦川さんのトークをお楽しみに!
・今回の展示に合わせて初期から新作まで、約80点の図版を収めた図録も発売中です。「ガチャガチャ」をキーワードに、デジタル化に向かう時代のうねりを浦川作品の表現の特性に見出した千葉雅也さんの寄稿など、浦川作品を知る多種多様な寄稿者の語りを読めば、作品を見るのがもっと楽しくなること間違いなしです。
当館ミュージアムショップで販売中ですので、是非お手に取ってご覧ください。
忠あゆみ(近現代美術係)
2025年9月17日 15:09
お久しぶりです。約5カ月ぶりに登場します、近現代美術係の花田です。今回は、初めて担当した展覧会「菊畑茂久馬展」(近現代美術室Bで11月3日まで開催中)が、どのようにできていったのか、ご紹介しようと思います。
菊畑さんは、1935年に長崎に生まれ、高校を卒業した後は福岡市のデパートで楽焼の絵付けの仕事をしつつ、絵画制作に取り組みました。そのなかで桜井孝身やオチ・オサムと出会い、1957年、三井三池争議などの労働争議に共鳴した前衛美術前衛グループ「九州派」の結成に参加します。九州派での活動で頭角を現し、東京や海外からも注目を集めていましたが、1960年代半ばから約20年間、美術界と距離を置くようになります。自身の絵画表現について、山本作兵衛や戦争記録画を手掛かりに考えを深め、オブジェを撮った写真を版画にした作品の制作や、公共作品の制作も手がけました。天神地下街にある「かっぱの泉」のデザイン監修も行っています。作品の発表は控えながらも、福岡の地で多様な活動を続けた菊畑さんは、1983年の《天動説》シリーズ公開を皮切りに大型油彩画の連作を次々に発表し、生涯制作を続けました。今年は没後5年になります。
菊畑さんの展示を行うことは既に決まっていたので、どのような内容にするのか、ということから考えることになりました。菊畑さんの画業を、1960年代、《ルーレット》シリーズを制作するまでと、美術界から距離を置いた後、大型の油彩画を発表し、晩年に発表した《春風》までとに分け、2章の構成にしました。どの作品を展示するか、2つあるドアのうち入口はどちらにするか、順路はどうするか、などを考えながら展示室の図面に作品の画像を配置してプランを練りました。先輩方からアドバイスをいただき、それぞれの作品の大きさを踏まえ、実際に展示する際に収まるのか、窮屈になっていないか、図面上でシミュレーションを行いました。かなり作品を詰め込んでいたので、いくつか収まらない作品を間引きましたが、展示作業の日に展示できない!とならずによかったです。
次に、展示室に掲載する解説パネルの原稿を作成しました。各章の説明や作品それぞれの解説ですが、これに一番時間がかかり、書いては消し書いては消しでなんとか完成しました。解説パネルや配布する作品リストの発注、今回は版画作品も展示するため、額に入れる際に作品を保護し、見栄えを整えるマットの発注、額装作業も行いました。
ところで、今回の一つの目玉として、福岡県立美術館所蔵の《ルーレット(ターゲット)》と当館所蔵の《ルーレット》が並ぶことが挙げられます。《ルーレット(ターゲット)》は、アメリカで1965年に開催された「新しい日本の絵画と彫刻」展に出品された3点のうちの1点で、長く所在不明だったものです。実はその3点の他にもう1点、《ルーレット》が当時アメリカに送られていたことが、当館で2011年に開催された回顧展「菊畑茂久馬 戦後/絵画」の準備調査で判明しました。1965年のアメリカでの展覧会を企画したニューヨーク近代美術館のキュレーター、リーバーマンが購入していたのです。その作品が、当館所蔵の、ヘルメットがついた《ルーレット》です。アメリカの展覧会で並ぶことはなかった2つの作品が今回福岡で並ぶことになりました。

話が少しそれましたが、いよいよ展示作業の日です。作業は、美術品を専門に扱う輸送会社の方に来ていただき行います。前日までの展示の撤収とともに、今回展示する作品を収蔵庫から運び展示するという内容です。《天河》や《春風》はそれぞれ3枚のキャンバスで構成される作品で、横の長さが6m近くなります。大型の作品が多く、大変な作業だったと思いますが、丁寧に作業していただきました。事前にシミュレーションをしていたものの、実際に作業が進んでいくと、本当に作品が収まるのかドキドキしてしまいました。また、作品名などが記載されたキャプションを事前に印刷していたのですが、それを入れるケースよりも一回り小さく作っていたことが作業中に判明し、ピンチ!しかし当日来ていた博物館学の実習生さんたちが作り直してくださり、無事に掲示することができました。本当にありがとうございます。
入口を入ると視線の先に《ルーレット》シリーズが並んでいます。
今回の菊畑茂久馬展は、「LINKS-菊畑茂久馬」という企画の一環です。菊畑さんの作品を所蔵する全国の美術館がそれぞれに展示を行い、つながるという企画で、様々な美術館で菊畑さんの作品を見ることができます。詳細は以下のホームページをご覧ください。
改めて展示室を見回すと多彩な作品を制作されていたことを実感します。試行錯誤を重ね、自身の表現を模索し続けた菊畑さんの作品をじっくりご覧いただけると嬉しいです。

(近現代美術係 花田珠可子)