2025年9月17日 15:09
お久しぶりです。約5カ月ぶりに登場します、近現代美術係の花田です。今回は、初めて担当した展覧会「菊畑茂久馬展」(近現代美術室Bで11月3日まで開催中)が、どのようにできていったのか、ご紹介しようと思います。
菊畑さんは、1935年に長崎に生まれ、高校を卒業した後は福岡市のデパートで楽焼の絵付けの仕事をしつつ、絵画制作に取り組みました。そのなかで桜井孝身やオチ・オサムと出会い、1957年、三井三池争議などの労働争議に共鳴した前衛美術前衛グループ「九州派」の結成に参加します。九州派での活動で頭角を現し、東京や海外からも注目を集めていましたが、1960年代半ばから約20年間、美術界と距離を置くようになります。自身の絵画表現について、山本作兵衛や戦争記録画を手掛かりに考えを深め、オブジェを撮った写真を版画にした作品の制作や、公共作品の制作も手がけました。天神地下街にある「かっぱの泉」のデザイン監修も行っています。作品の発表は控えながらも、福岡の地で多様な活動を続けた菊畑さんは、1983年の《天動説》シリーズ公開を皮切りに大型油彩画の連作を次々に発表し、生涯制作を続けました。今年は没後5年になります。
菊畑さんの展示を行うことは既に決まっていたので、どのような内容にするのか、ということから考えることになりました。菊畑さんの画業を、1960年代、《ルーレット》シリーズを制作するまでと、美術界から距離を置いた後、大型の油彩画を発表し、晩年に発表した《春風》までとに分け、2章の構成にしました。どの作品を展示するか、2つあるドアのうち入口はどちらにするか、順路はどうするか、などを考えながら展示室の図面に作品の画像を配置してプランを練りました。先輩方からアドバイスをいただき、それぞれの作品の大きさを踏まえ、実際に展示する際に収まるのか、窮屈になっていないか、図面上でシミュレーションを行いました。かなり作品を詰め込んでいたので、いくつか収まらない作品を間引きましたが、展示作業の日に展示できない!とならずによかったです。
次に、展示室に掲載する解説パネルの原稿を作成しました。各章の説明や作品それぞれの解説ですが、これに一番時間がかかり、書いては消し書いては消しでなんとか完成しました。解説パネルや配布する作品リストの発注、今回は版画作品も展示するため、額に入れる際に作品を保護し、見栄えを整えるマットの発注、額装作業も行いました。
ところで、今回の一つの目玉として、福岡県立美術館所蔵の《ルーレット(ターゲット)》と当館所蔵の《ルーレット》が並ぶことが挙げられます。《ルーレット(ターゲット)》は、アメリカで1965年に開催された「新しい日本の絵画と彫刻」展に出品された3点のうちの1点で、長く所在不明だったものです。実はその3点の他にもう1点、《ルーレット》が当時アメリカに送られていたことが、当館で2011年に開催された回顧展「菊畑茂久馬 戦後/絵画」の準備調査で判明しました。1965年のアメリカでの展覧会を企画したニューヨーク近代美術館のキュレーター、リーバーマンが購入していたのです。その作品が、当館所蔵の、ヘルメットがついた《ルーレット》です。アメリカの展覧会で並ぶことはなかった2つの作品が今回福岡で並ぶことになりました。
話が少しそれましたが、いよいよ展示作業の日です。作業は、美術品を専門に扱う輸送会社の方に来ていただき行います。前日までの展示の撤収とともに、今回展示する作品を収蔵庫から運び展示するという内容です。《天河》や《春風》はそれぞれ3枚のキャンバスで構成される作品で、横の長さが6m近くなります。大型の作品が多く、大変な作業だったと思いますが、丁寧に作業していただきました。事前にシミュレーションをしていたものの、実際に作業が進んでいくと、本当に作品が収まるのかドキドキしてしまいました。また、作品名などが記載されたキャプションを事前に印刷していたのですが、それを入れるケースよりも一回り小さく作っていたことが作業中に判明し、ピンチ!しかし当日来ていた博物館学の実習生さんたちが作り直してくださり、無事に掲示することができました。本当にありがとうございます。
入口を入ると視線の先に《ルーレット》シリーズが並んでいます。
今回の菊畑茂久馬展は、「LINKS-菊畑茂久馬」という企画の一環です。菊畑さんの作品を所蔵する全国の美術館がそれぞれに展示を行い、つながるという企画で、様々な美術館で菊畑さんの作品を見ることができます。詳細は以下のホームページをご覧ください。
改めて展示室を見回すと多彩な作品を制作されていたことを実感します。試行錯誤を重ね、自身の表現を模索し続けた菊畑さんの作品をじっくりご覧いただけると嬉しいです。
(近現代美術係 花田珠可子)
2025年7月9日 10:07
福岡市美術館の近現代美術の展示、「コレクションハイライト」(コレクション展示室 近現代A前半・C)が新しくなりました。
何度もここを訪れてくださる人の中には、「あれ?いつもと少し違う」と気づかれた方もいるかもしれません。本稿では、担当者より展示の狙いをご紹介します。
展示A「作品と語ろう」について
展示室Aのテーマは「作品と語ろう」。これまでと同様、いわゆる市美の顔として知られている作品の中から12点を選択して(※展示替え予定作品含む)いますが、今回は、それらをなるべくグルーピングして展示することを試みました。
例えば、ウォーホルの《エルヴィス》と松本竣介の《彫刻と女》。どちらも人物がまっすぐに立っている姿を現した絵画です。ただ、この2点の印象は全く異なっています。ウォーホルが1963年当時の大衆的スターが銃をバン!と構える姿を通し、鑑賞者を挑発するのに対し、松本竣介は、静かに彫刻と向き合う女性の姿を通して、芸術と鑑賞者との、ある種閉じられた蜜月関係を象徴的に描いています。並べてみると、こんなおしゃべりが聞こえてきそうです。ウォーホル「お前らは今、何を思う?」…松本竣介「(お願いだから、私たちをじゃましないでくださいね)」…。
入口すぐに《エルヴィス》《彫刻と女》はあります
このようにして、作品同士の「語らい」や、作品と鑑賞者との「語らい」を感じてもらうことが、展示の狙いです。今回、空間デザインのプロに参加していただき、空間の仕切りを変えたり、壁面にグラフィックや鑑賞のヒントとなる言葉を配置したりしました。個性豊かな作品のおしゃべりが、感覚的に感じられるでしょうか?
ピクトグラムと言葉が、鑑賞をアシストします
草間彌生《夏(1)(2)》が漫才コンビのように見えてきました
会場内には、語らいにまつわる新たな試みがいくつかあります。その一つは、耳で楽しむ「おもしろキャプション」。従来のおもしろキャプションに声優さんが声を吹き込み、学芸員・職員の「ここだけの話」が音声で楽しめるようになりました。
また、会場を訪れてくださった皆さんが、感想を書き残してくださる「おしゃべりシート」のコーナーを設置。開幕して1か月ほどですが、大変盛り上がっているのを感じます!オフラインで、作品についてのいろいろな見方を意見交換する掲示板になればうれしいです。ぜひチェックしてみてくださいね。
鑑賞者参加型の「おしゃべりシート」のコーナー
展示室C「4つの視点」について
もう一つの会場、展示室Cのテーマは「4つの視点」です。緩やかに区切られた4つのエリアごとに、“絵画”や“旅”など、様々なテーマで作品と向き合う空間になっています。
注目いただきたいのは、シャガール《空飛ぶアトラージュ》の位置です。シャガール作品は今まで展示室Aでご覧いただくことが多かったのですが、今回、展示室Cの広いエリアに展示してみました。このゾーンには、アニッシュ・カプーアや塩田千春など、比較的、新しい時代の立体作品が展示されることが多く、1945年制作のシャガールの絵画は「ちょっと傾向が違う?」と感じる方も多いのではないかと思います。
展示室Cの広いゾーン
それでもここに展示しようと思った理由は、二つあります。一つは、色彩です。シャガール作品の特徴である、マットで鮮やかな原色の色使いが、このゾーンの作品と響き合うはず、という予感があったからです。《空飛ぶアトラージュ》の画面の中で、道化師を彩る青は、アニッシュ・カプーアの《虚ろなる母》(写真左)に見られるプルシャンブルーと見事に響き合い、女性を彩る赤は、塩田千春の《記憶をたどる船》(写真中央)に呼応しているのです。
二つ目は、作品の主題です。戦禍の故郷を空飛ぶ幻獣に乗って訪れる、というテーマは、アンゼルム・キーファー作品(写真右)における戦争の傷や飛行機のモチーフ、塩田千春作品における土地の記憶、というテーマと共通すると思ったのです。
展示作業が終わってみて、担当者的には、「やはりここでよかった。」と感じていますが…ぜひ、実際に見て確かめてみてほしいです。
展示を作ることと、作品を見ることは地続き
つらつらと展示のテーマについて語ってきましたが、AとCの両方に共通しているのは、並んだ作品を見比べて、その内容についてあれこれ比較することを主軸に据えた展示だということです。
展示について構想を練り始めたのは約7か月前。データベースで作品を検索し、展示室に足を運び、収蔵庫を行き来しながら出品作品を決めるのですが、(この作品とあの作品を並べたら、絶対いいぞ…)と妄想する時間は何よりも楽しいです。これを、美術館を訪れる方と共有したいという気持ちが、展示プランをつくる大きな原動力になっています。
そもそも、「作品を並べる楽しさ」とはどんなものでしょうか。ふと思い出すのは、学生時代に読んだ、ある海外の美術館の学芸員による論文です。その中に「コレクションは、まるでトランプカードのようなものだ」という一節がありました。たとえば、年代順や地域順にに並べる「七ならべ」式、色や形の特徴をもとに並べる「セブンブリッジ」式、「大富豪」のように、「革命」が起これば、ある作品の重要性が突如として浮かび上がることもあります。並び順によって新たな意味が生まれる、そのダイナミズムが、コレクション展示にはあるというのです。(最近は「アートカード」を使って、実際にカードゲームの要領で鑑賞を深める活動もありますね)
樹木を共通項とする2作品
このコーナーの意外な共通点は「シルエット」
「見たことがあるからいいや」とは言わないで
そんなわけで、「コレクション展は見たことがあるから、いっか」と、足が遠のいているそこのあなたも、新しいコレクションハイライトをぜひのぞいてみてください。
福岡市美術館では、年に何度も展示替えを行い、作品同士の新たな並びを通じて、常に新たな見方を生み出しています。自分だけの「お気に入り」を見つけに、そしてまだ知らない作品との出会いを楽しみに、何度でも足を運んでいただけたら嬉しいです。
(近現代美術係 忠あゆみ)
2025年4月23日 15:04
さて、3月29日(金)から6月1日(日)まで、近現代美術室Bにて「第3回目福岡アートアワード受賞作品展」を開催しています。(福岡アートアワードについて概要はこちら)
展覧会初日には展示室内でギャラリートークを行い、4組の作家に「これまでの活動」「受賞作品について」「これからの活動」を軸として自由にお話いただきました。以下はトークを要約したものに筆者の個人的な感想を含めたものとなります。作家許諾の上、掲載いたします。
はじめは市長賞を受賞された牛島智子さんからです。牛島さんは、現代美術のオルタナティブ・スクール「Bゼミ」に所属し東京で活動していました。その後、90年代末に拠点を八女市に移し、風土や人物、労働などをモチーフとした作品を発表しています。トークの冒頭では、インドの人生論である「四住期」を基に、独自の数学的なルールに従って作った幾何学的な図形について紹介されました。今回の受賞作品《家婦》を構成する一つの幕絵にも、「四住期」に基づいた幾何学的な図形が反映されています。注目すべきは、その幕絵の素材は祖父母の代から使われてきた古布が使用されていることです。トーク中に「手を動かすことで作品が決まっていく」と牛島さんはお話されたように、牛島さんにとって、作品を作ることと、生きることがほぼ同意義である、ということが強く伝わってきました。お話を聞いた後、改めて今回の受賞作品を鑑賞すると、仕事や家事、育児等の様々なご経験をされた牛島さんの生き方そのものが重なって見えました。
次に優秀賞を受賞されたオーギカナエさんです。大学卒業後、東京での活動を経て、福岡へ拠点を移し、大型インスタレーションの他、壁画やステンドグラス制作等、建築にも携わってきました。大きなものを作りたい、包まれたいという欲求が制作の根幹にあったとオーギさんは話されていました。その後、子育てを行いながらワークショップ開催、キッズスペースの設置、現在にも続いているスマイルの旅プロジェクトなどの活動を行いました。2023年、オーギさんの拠点が山津波により被災しました。その災害そのものをモチーフに、制作しようとしたところうまくいかなかったそうです。一旦距離をおき、純粋に造形する欲求に従い制作していくことで、自然と災害について自分が求めていた答えにつながっていったといいます。山津波がテーマであるものの、作品の色や形は明るく軽やかなイメージで前向きな気持ちにさせられます。「自然の中で、雨だらけの大地に光が集まり浸透して、自然のサイクルで回復する作業に、希望が見いだせた」というオーギさんの言葉が印象的でした。
オーギカナエさんと同じく優秀賞を受賞されたSECOND PLANETからはメンバーの宮川敬一さんにお話いただきました。SECOND PLANETは宮川さん、外田久雄さん、岩本史緒さんの3名で構成される北九州のアーティストグループです。受賞作となった《カタストロフが訪れなかった場所》は、2019年から開始したプロジェクトで、1945年8月9日に起きた長崎の原爆投下が、当初は彼らが拠点としている北九州小倉で予定されていたことをきっかけに作られました。
原爆の問題だけ語るのではなく、何も起こらなかった場所も何某かの歴史があり、多角的にリサーチして歴史を捉えなおそうする試みをテーマとし、はじめはパフォーマンス、2021年にオンラインプロジェクトに形をかえ、2024年にミュージシャンであるibi Ryota氏と写真家の鶴留一彦氏の技術的な協力のもと、現在の形となりました。過去の歴史だけでなく、現在も起きている世界中の凄惨な状況に対しても、一方的ではなく色々角度で調べ理解し作品として表現することで、芸術活動が戦う手段として残されているのだと希望を持たせたい、という宮川さんの言葉が心に響きました。
最後は同じく優秀賞受賞の興梠優護さんです。興梠さんは東京を拠点に活動しておられましたが、レジデンス活動等を経た後に昨年より福岡を拠点に移し、作家活動をされています。「光」、「レイヤー」、「イリュージョン」をテーマとしながら「根源性と現代性」を兼ね備えるような作品を制作しています。モチーフやタイトルには具体的なストーリーや感情設定を持ち込まず、可視光を超えた曖昧なゾーンの美しさ等、あくまで視覚的な構造と認識として絵画を捉えていることを強調されていました。個人的に興味深かったのは作品の側面に対する意識でした。作品側面にも色が塗られていることで、側面にあたった光が反射し、色が壁などに映り込む色なども計算して描かれたそうです。画集やモニター越しではトリミングされ見ることが出来ない側面を、生で見る方が良いという、リアリティへの追及が伺えました。
展覧会は6月1日までです!ぜひご来館いただき、現物をご鑑賞ください。
(学芸課 近現代美術係 渡抜由季)