2026年4月16日 12:04
皆さん、はじめまして。
4月より福岡市美術館の館長に着任しました吉武です。
美術館では組織の変更がありまして、これまでの美術館運営業務と昨年まで私が担当していましたアートのまちづくり推進業務(通称:FaN)を美術館長が所管することになりました。
私は学芸員ではないため、美術の重要な部分は優秀な当館の学芸員さんにお任せすることにしまして、私は、これまで担当してきた市民のためのまちづくりやアーティストの成長支援などの経験を生かしながら、更に多くの市民の方などに当館の貴重な所蔵品を見ていただけるような事業を学芸員の方々と進めていきたいと考えています。
ここでは、これまで担当してきた「アートのまちづくり推進事業=Fukuoka Art Next(通称FaN)」について少し触れさせていただきます。
令和4年度からスタートした本事業は、「アートのある暮らし」と「アートスタートアップ」を2本の柱として市民の皆さんが身近にアートに触れる機会の創出やアーティストの成長支援に取り組んでいます。
皆さんがご存じであれば嬉しいのですが、メインとなる事業は毎年9月中旬ごろから開催しているアートイベント「FaN Week」と、旧舞鶴中学校を活用して開設したアーティストの成長・交流拠点である「Artist Café Fukuoka」の運営です。
これらの詳細はまた別の機会にお話しすることにしますが、4年間の取り組みにより少しずつではありますが、アートに接する機会やアーティストとの交流、福岡からアーティストを海外などにつないでいくことなどが実践できると感じています。
これまでの取り組みにおいて大変重要だと思っていることは、このアートのまちづくりの根本にはこれまで福岡市が積み上げてきた「福岡市美術館」と「福岡アジア美術館」があるということです。
2つの美術館は国内外から高く評価されるコレクションを所蔵しており、市民をはじめとする多くの方々に展覧会をご覧いただいています。
今後も福岡市美術館の展覧会などを楽しみにしていてください。
(館長 吉武寛志)
2026年4月8日 13:04
ただいま、当館1階の松永記念館室で「春の名品展」(~5月31日(日))を開催中です。このブログでは、本展で展示している《石菖図》(図1)についてご紹介します。
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図1 子庭《石菖図》元時代 14世紀 福岡市美術館蔵(松永コレクション)
石菖とは、渓流の岩場に生える植物で菖蒲に似た葉を茂らすことからその名があります。画面右下には、作者をしめす落款印章があり、本作を手がけたのが元時代の禅僧画家、子庭祖柏であることが分かります。
子庭は、枯木と石菖を得意としたといい、子庭による石菖図はいくつか知られています。いずれも本作と同様に柔らかく水墨を重ねた石と、濃墨で鋭く描かれた葉の対比が印象的な作品で、子庭の作風をよく伝えています。
今でこそ子庭の名はあまり知られてはいませんが、日本には室町時代には作品が伝わっており、非常に重宝されたことがいくつかの記録から分かります。今回の展示では、こうした子庭画の高い評価を裏付ける資料として、作品そのものだけでなく附属品も紹介しています(図2)。
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図2 右から①小堀遠州外題②狩野探幽、永真(安信)極札③狩野洞雲添状
②、③はいずれも探幽、永真(安信)、洞雲(益信)という狩野派絵師によるもの。本作の所有者から、彼らのもとに鑑定依頼のために持ち込まれた際に作られたと推測できます。②は真筆であることを保証するために発行された極札(図3)で、③は「真筆とみて疑いない」という洞雲の所見が記された添状です(図4)。
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図3 探幽、永真(安信)極札

図4 狩野洞雲添状
江戸時代における書画鑑定の様相を伝える興味深い資料ですが、①の小堀遠州による外題は、真贋の鑑定以上の情報を含んでおり注目されます(図5)。

図5 小堀遠州外題
本外題は、「石菖蒲」に続けて「柏子庭筆 珠光乃所持」と記しており、ここから、侘茶の創始者ともいわれる珠光が所持していたことが分かります。これとの関連がうかがわれるのが、江戸時代の始めに流布していた名物目録を集約した『玩貨名物記』の記載です。
本書は「御物分」(徳川将軍家所蔵分)と「諸方道具分」(諸大名や茶人たちの所蔵分)に分かれていて、それぞれ掛軸や茶入など種別ごとに作品を列記しています。この内、「御物分」の「御懸絵」の項目に「石菖蒲 柏子庭筆 珠光の所持 イ本に紹鴎」(図6)とあり、徳川将軍家のコレクションに珠光(異説には紹鴎)が所持した石菖蒲の絵があったと分かります。

図6『玩貨名物記』写
国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2538865 (参照 2026年4月8日)
『玩貨名物記』の編者は不明ですが、本書の序文には小堀遠州の名物帳をもとに補足したとあります。①の外題にある「珠光所持」とある所見を記したのも遠州であったことを思えば、当館所蔵の《石菖図》と『玩貨名物記』に記載される徳川将軍家所蔵の「石菖蒲」が同一である可能性は考えてよいと思います。もっとも、「イ本に紹鴎」と記されるように、珠光所持という伝承は江戸時代の時点で既にあやふやになっていたようですし、最初に述べたとおり、子庭による石菖の絵は複数知られているので、さらに慎重な検討を必要とします。
とはいえ、徳川将軍家のコレクションに子庭による石菖蒲の絵があったことは、間違いなく、当館所蔵の《石菖図》とも関わる可能性が高いことも確かでしょう。また、徳川将軍家の他のコレクションに目を向けてみると、(伝)牧谿《遠浦帰帆図》をはじめ今なお名品として著名な作品も多く含んでいることも見逃せません。今でこそ子庭の名や作品の知名度は高くありませんが、当時は、こうした名画と並び称されるほどの存在であったのです。
2026年3月25日 09:03
当館の目玉作品の一つであるサルバドール・ダリ《ポルト・リガトの聖母》。昨年の9月から、スペインのフィゲラスにあるダリ劇場美術館での展覧会「The Madonna of Portlligat. An Oneiric Explosion」に貸出されていました。展覧会タイトルが示すように、この作品のための展覧会だったので、1部屋に本作1点という贅沢な空間が作られていました。今回はその作品撤去で、クーリエとして行った際のことをお話しようと思います。クーリエは、他の美術館に作品を貸し出す際に作品の輸送や展示に立ち合い、作品の状態をチェック・管理する業務です。
いざ、スペインへ
展覧会が2月22日までで、翌日23日に撤去だったので、私は21日にフランクフルト空港経由でバルセロナに向かいました。初のヨーロッパで、しかも海外に1人で行くのは初めて!ということで、スリ対策も万全にして出発しました。
スペインには、現地時間の21日夜11時過ぎに到着し、22日の午後、バルセロナサンツ駅から高速鉄道でフィゲラスへ向かいました。1時間ほどで着く距離です。日本の新幹線や鉄道などに慣れていると驚いたことが、出発するホームが直前まで分からないこと!待合スペースで掲示板を見ながらホームが表示されるのを待ちました。ところで、列車で移動中、スーパーらしき建物の裏に羊の群れがいるのを見たのですが、あれは何だったのでしょう…。スーパーで飼育しているのかな。
ダリ劇場美術館は、ダリの故郷フィゲラスに建てられた美術館ですが、故郷のために作品一点を作ってほしいと言われたダリが、一点どころか美術館をまるごと作ってしまったのでした。もともとは劇場があり、その建物でダリの最初の展覧会が開催されたそうです。美術館のある方向に向かって行くと、あ、あれか!とすぐにわかる外観です。赤い外壁にパンのオブジェがびっしり付いていて、屋根には卵が並んでいます。奇抜な外観に惹かれて皆さん写真を撮っていました。

館内には様々な部屋があり、ダリや交流のあった作家たちの作品が展示されていました。そのうちの一部屋には、ダリの遺体が眠っているとのこと。暗く静謐な空間でした。
2階の窓から作品を下ろす!
フィゲラスに着いた翌日の朝、美術館に集合し、関係者に挨拶をした後、作品の撤去を始めました。まず、作品の前に設置された台座を解体し、作品を壁から下ろして、横向きにして壁に立てかけます。作品が大きいため、その状態で点検を行いました。ダリ劇場美術館の保存管理担当の方と、9月に展示されたときの作品の状態の記録と照らし合わせながら変化がないかを確認しました。
その後、作品を入れる木箱を搬入したのですが、エレベーターに入らない大きさであったため、中庭に面した2階の窓から入れていました。作品を展示するときも同じ経路で搬入していました。ベランダがあり、柵もあったのですが、その柵を一部切って通路を確保していました。また、その窓の近くにはダリが植えた植物が伸びているため、その植物が傷まないよう保護しつつ、搬入するという工夫もされていました。

木枠で植物を押し上げて木箱が当たらないようにしています。

木箱を入れるためには、あと2,3㎝高さが足りないということで、窓の下の部分も切ったそうです。
梱包材で作品を包んだあと、木箱に入れ、周囲をウレタンで保護します。さらに輸送中の温湿度を記録する機械も一緒に入れています。作品が戻ってきたときに状態に変化(画面が割れているなど)があった場合、その原因が何なのかを調べるために入れています。

その後、作品を2階からクレーンで下ろし、台車に乗せてトラックまで運びました。

かなり大がかりですが、携わった人たちの丁寧で素早い作業によって、作品が載ったトラックが無事に出発できました。ちなみに、美術館の方から聞いた話では、当時ちょうど美術館の前の道の工事が行われていたのですが、作品を搬出するルートだけは早く完了してほしいとお願いして、撤去の2日前に終えてもらったのだとか。様々な人の協力を実感した出来事でした。

きれいな道を通って搬出できました。
余談ですが…
休憩時間には、できるだけ他の美術館を見て回り、展示の工夫や作品のレイアウトなど、色々な学びを得ました。また、本場ということで楽しみにしていたチュロスを食べました!さすが本場、サクサクでおいしかったです。

チュロスの写真じゃないのかいという声が聞こえてきそうですが、バルセロナの
街中で見かけた、高さ150㎝くらいあるゴミ箱の大きさに驚いて思わず写真を撮りました。

帰りの飛行機から見えた雪山(イタリアのベルガモ付近)の美しさにうっとりしつつ、ひとまず作品を無事に撤去するという業務を終えられたことに安堵して帰路に着きました。
次は夏に展示します
その後当館に戻ってきたダリ作品に問題はなく、現在収蔵庫で休憩中です。久しぶりの収蔵庫で、仲間たちに、故郷はどうだった?と聞かれているかもしれません。
次は2026年7月4日からのコレクションハイライトで展示されます(9月からは別の美術館に貸出されます)ので、ぜひ会いにきてくださいね。
花田珠可子(近現代美術係)