2022年10月12日 10:10
古美術企画展示室で開催中の企画展「明恵礼讃“日本最古の茶園”高山寺と近代数寄者たち」(10/23[日]まで)の閉幕まで、あと2週間を切りました。
本展は特別展「国宝 鳥獣戯画と愛らしき日本の美術」(10/16[日]まで)の関連企画で、京都・栂尾山(とがのおさん)高山寺(こうさんじ)の茶室「遺香庵(いこうあん)」の茶道具を紹介する展覧会です。鎌倉時代の高僧で高山寺の開山である明恵上人の七百年遠忌にあたる昭和6年(1931)、時の茶の湯界を支えた近代数寄者と呼ばれる実業家茶人たち有志一同が、茶を全国に広めたとされる明恵上人の「茶恩」に報いるべく、茶室とそれに常備するための茶道具を寄進したもので、今回お寺様のご協力により、それらを一挙初公開することが出来ました。そうそうたる数寄者たちが自らの美意識を競うかのように自作し、または特注して作らせた種々の茶道具をご鑑賞いただけます。
この展覧会のポスター・チラシのイメージがこちら↓↓
実は1万枚刷ったチラシが、会期半ばにして全てなくなりました。こんなに早くなくなるとは思っておらず、担当者としては喜ぶべきことなのですが、ご所望のお声も多くいただき申し訳なく思います。そこで、このブログの場を借りて、イメージ作りの裏話も交えてご紹介したいと思います。
*
図録とともにデザインを手がけたのは、グラフィックデザイナーの松浦佳菜子さん(FACTORY+M)。思いつくまま我がまま放題の私の要求に真正面から全力で向き合って下さる方です。今回も「格調高くても、親しみ易く」、「シブくても、目を引くような」、「静かだけど、暗くならないように」など無理難題言いましたが、松浦さんは労を厭わず綿密な取材と数々の提案を重ね、素晴らしい結果に導いて下さいました。松浦さん自身お茶をなさっておられるからか、今回のお仕事はいつにも増して情熱的で、展覧会準備の疲れを吹き飛ばすようなパワーをお裾分けしていただきました。
*
では、このポスター・チラシのデザインについて、解説しましょう。
背景の深緑色は、高山寺境内の茶園の茶樹の葉とお濃茶の色に合わせ、わずかにグラデーションをつけて空間的な広がりが生まれています。
上方、鳥獣戯画のウサギのオマージュのような絵柄が描かれた白い皿は、野村得庵(野村証券の創始者)という数寄者が絵付をした作品(出品番号50)で、今展の目玉の一つ。最初のレイアウトではもっと下の方にあったのですが、上司から「このお皿、お月様みたいだからてっぺんにもってきたら?」と言われ、ハッとしました。明恵上人は数多くの和歌を詠んだことで知られますが、なかでもよく知られた一首「心月の澄むに無明の雲晴れて 解脱の門に松風ぞ吹く」(『明恵上人歌集』88)は、高山寺の裏山の松林の中で日が暮れるまで坐禅修行をした明恵が、月を見上げ、松の梢を吹く風の音を聞きながら、自らの菩提心(悟りを求める心)に向き合う、そんな情景を偲ばせる歌です。本展には近代数寄者の重鎮・益田鈍翁が自作・寄進した「松風」という名の竹花入(出品番号10)がありますが、私はその命銘の由来が、この歌にこそあるのではないかと思って調べていたところでした。お皿を月に見立てることが、明恵が詠んだ和歌と繋がり、深い意味を込めることが出来ました。
下方、遺香庵の「遺」の文字が記された茶碗と、その横に配される茶杓は、遺香庵寄進を主導した数寄者・高橋箒庵の自作品です。茶碗は、遺香庵開庵の茶事当日に、高山寺開山堂に鎮座する明恵上人坐像への献茶の儀式に用いられたものです。
さて中央、茶碗と茶杓の間に縦に大きく白抜きで表されている二行の文字、気になりますよね。これは茶杓の共筒に高橋が墨書した歌銘を抜き出したものなのです。
実物がこちら↓↓
「栂山の尾上の茶の木分け植て あとぞ生ふべし駒のあしかけ」という和歌が書かれています。「栂山」は高山寺の山号・栂尾山、「駒」は馬、「あしかけ」は蹄影(あしかげ)つまり馬が歩いて出来る蹄の痕のこと。
伝承によると明恵は、栂尾の茶樹を、より温暖に移し植えようと馬に乗って宇治(京都府宇治市)の地を訪れ、一園地を得た、と(村上素道『栂尾山高山寺 明惠上人』1929年)。この和歌はその時に明恵が詠んだとされるもので、馬上の明恵が、植え方を知らない里人に対し、馬の蹄の跡に植えよと教えたという伝説とともに、宇治茶の発祥を物語る歌として知られています。
“日本最古の茶園”たる栂尾の茶樹が宇治に移植され、全国に茶が広まっていった、その功労者として讃えられる明恵に対し、高橋はこの歌を選んで茶杓に命銘し、捧げたのでした。まさに遺香庵の寄進、本展の趣旨を象徴するような作品なのです。
*
以上すっかりマニアックなお話をしましたが、こうした依頼者のこだわりを一つ一つ拾い集め、通りすがりの人々の目を引くビジュアルを作り上げるデザイナーさんの仕事に、改めて頭が下がる思いです。このデザイン案をお寺様にお見せしてお喜びいただけた時は、心の中でガッツポーズをしました。
ポスター・チラシが完成すると、間髪入れず図録のデザインです。
こんな感じ↓↓
手取りの良いB5版にこだわりながら、出来るだけ多くの文字情報を載せたいため、おのずと小さくなる文字サイズ。それを出来るだけ読みやすくしたいがために、私は図版と余白を犠牲にしてでも文字サイズを大きくしたいとお願いしたのですが、松浦さんの答えは異なりました。単に全体の文字を大きくすれば良いのではなく、最初に目に入る作品のタイトルを極端に大きく、その分、キャプションと解説は小さく、というメリハリをつける方が効果的なのです、と。提案されたレイアウトを見て、なるほど!と老眼をパチクリしながら感嘆しました。
出品作品の写真はほぼ全て、当館所蔵品の撮影の殆どをお任せしているフォトグラファー・山﨑信一さん(STUDIO Passion)の撮り下ろしです。たくさんの撮影機材をもってお寺様にうかがい、数日かけて撮影されたものです。同じ時に、同じ光の下で撮影された、統一感のある美しい図版です。作品の底裏、箱書、作品解説はもちろん、お寺様や便利堂様からご提供いただいた風景写真も充実しています。ご鑑賞の記念に是非!
(主任学芸主事 古美術担当 後藤 恒)
2022年9月29日 12:09
9月3日(土)から開催中の特別展「国宝 鳥獣戯画と愛らしき日本の美術」。27日(火)から後期展示が始まりました。
《鳥獣戯画 乙巻》(京都・高山寺蔵)展示風景
前期では、《鳥獣戯画》の甲・丁巻を展示していましたが、後期からは乙・丙巻をご紹介いたします。(10月4日(火)からは場面を変えて展示します。詳しい展示場面についてはこちら
(https://www.fukuoka-art-museum.jp/uploads/chojugiga_scenechange.pdf)
「ウサギ、カエル、サルが出てくる有名な甲巻は展示されていないんでしょ?」なんてお思いのあなた。本展のみどころは鳥獣戯画だけではありません!(もちろん、「鳥獣戯画」もご覧いただきたいですが)ということで、今回のブログでは鳥獣戯画以外の出品作品の魅力をご紹介いたします。
黒田家と動物
本展では、鳥獣戯画にちなんで動物を表した美術作品を数多く紹介しています。中でも私が関心を持ったのが、福岡の人びとがどのように動物を表した作品を楽しんでいたのか?ということ。そこで、福岡藩を治めていた黒田家に関わりのある動物関連作品及び資料を調べてみることにしました。まず、ご紹介したいのが《黒田忠之像》です。福岡藩黒田家第二代藩主・忠之(1602~1652)の肖像画で、白い犬と視線を交わすように描かれるのが特徴です。
狩野探幽筆《黒田忠之像》(福岡市美術館蔵)
殿様の肖像画といえば、武具甲冑に身を固めた勇ましい姿や、貴族の正装である束帯姿で威儀を正した様子で描かれる場合が多いです。こうした一般的な肖像画とは大きく異なる本作がどういった経緯で描かれたのか、ついつい妄想が膨らんでしまいます。「オレの肖像画はこの犬と一緒がいい!」「見つめ合っているところを描いてくれ!」などなど、絵師に注文をつける忠之の様子が目に浮かぶようです。残念ながらこの妄想を裏付ける資料は全く見つけることができていません。ですが、忠之がこの犬に深い愛情を注いでいたからこそ、本図のような作品が生み出されたのではないでしょうか。
妄想ついでにこの犬についてもう少し見て見ましょう。
《黒田忠之像》(部分)
そこまでリアルに描かれてはいませんが、垂れ耳にシャープな顔立ちというのは、例えば、イタリアングレーハウンドのような洋犬の姿を思わせます。「江戸時代に洋犬なんていたの?」なんて声が聞こえてきそうですが、当時、洋犬は唐犬とも呼ばれ、外交や貿易を通して海外からもたらされていました。忠之をはじめ、黒田家の藩主たちは、海外との窓口であった長崎の警備を任されていた関係で舶来の動物に接する機会は多かったようです。忠之の時代に黒田家で唐犬(洋犬)が飼育されていたのかどうか、やはり、資料がなく不明と言うほかありません。ですが、忠之よりは時代が降るものの、ある時期より黒田家で唐犬が飼育されていたことは確かです。
それを物語るのがこちらの《カワウソのヒゲ》。
《カワウソのヒゲ》(福岡市博物館蔵)
かつて、福岡藩士の子孫のお宅に伝来したもので、現在は福岡市博物館に所蔵されています。このヒゲの包紙には発見の経緯が記されており、慶應2年(1866)の9月4日、昼の12時から14時の間頃に福岡城の庭で唐犬とカワウソが戦って採取されたそうです。
福岡城の庭とは、地図にもお示ししている通り、福岡市美術館からもほど近い、舞鶴公園三の丸広場と思われます。
福岡城周辺の地図。赤枠の外側はかつてはお城を巡るお堀でした
どうです?だんだんと他にどんな動物についての作品があるか気になってきたのではないでしょうか?あとはどんな作品が展示されているか、ぜひ美術館にいらしてご覧いただければと思います。そして、展覧会場で動物たちをご覧いただいたあとは、広場にもお立ち寄りいただき、動物たちでにぎわっていたかつての様子に想いを寄せていただければ幸いです。
宮田太樹(福岡市美術館 学芸員)
2022年9月22日 18:09
今年は、福岡市が福岡市美術館やアジア美術館のこれまでの取組みをさらに発展させ、彩りにあふれたアートのまちをめざす「FaN(Fukuoka Art Next)」の元年。
市民にとってはアートに親しむ機会が増え、アーティストにとっては活動、交流がしやすくなる、そんな街を目指してさまざまな取り組みを行っています。
そうした取り組みが、ぎゅぎゅっと集中しているのが、9月23日(金祝)~10月10日(月祝)のFaN(Fukuoka Art Next)Week。福岡市美術館では、参加型ワークショップ(9月23,24日)やアート・マルシェ(9月23~25日)が開催されますが、なんといっても、ぜひ皆さんに見ていただきたいのが、家入一真氏、榎本二郎氏、小笠原治氏、熊谷正寿氏(50音順)の四人のコレクターの方々が出品してくださっている「コレクターズ アートと生きる四人」展です。
通常美術館では、テーマを立てて展示を考えるか、一人のコレクターに集中して紹介するか、どちらかなので、4人のコレクターを一度に紹介する、ということに関わるのは、新しい経験でした。FaNを統括する福岡市経済観光文化局の仲間や、キュレーションを引き受けてくださった佐賀大学の花田伸一准教授、運営スタッフがそれぞれ役割分担をするという仕組みも初めて。その、どのチームが欠けてもてきなかったのが、この展覧会です。
美術の世界、ことに展覧会は、アートコレクターの存在抜きには、成立しないというのが実情です。作品を収集し、さまざまなリスクから作品を護り、後世に伝えるということを、個人の力で行っているコレクターの協力なくしては、展覧会の開催はできません。
いままで、どちらかというと、コレクターの皆さんは、スポットライトを作品に譲り、図録には「個人蔵」とだけ記されることが多い存在でした。ですが、この展覧会は、展示される作品とそれを所蔵するコレクターの皆さんの両方が「主役」です。アートファンであっても、作品を買うなんて考えたこともない、という方も多いでしょう。その対極にある「コレクター」は、どんな人たちなのか?を垣間見るチャンスでもあります。
本展で紹介するコレクターの方々は、みなさん新しい分野で活躍されている経営者で、ご存じの方も多いのではないでしょうか。親子2代で美術コレクターの方もおられれば、美大を目指していた方、全くの畑違いだったのに⁉という方も。みなさん「コレクションをはじめたきっかけ」「コレクションのポリシーや楽しみ」「今回の出品作について」という質問にも答えてくださっています。仕事とアートと人生について、ストレートに語られているので、ぜひ、会場で作品とともにご覧いただきたいと思います。
展示は、コレクションごとに、4つの壁面に展開しています。つまり、本来的には関連のない4つの個人コレクションが一つの空間に並ぶわけですが、結果として、ピカソなどの巨匠の作品にはじまり、イギリスを代表する現代美術アーティスト、ジュリアン・オピーへ、そして、日本の若手作家による2020年代の表現へと、4つの個性的なコレクションが、あたかも次々とバトンを渡していくような流れになっています。
さて、「本来的には関連のない4つのコレクション」からなる今回の展示には、実はある共通点がありました。それは「福岡市美術館のコレクションにはない!」という点です。あの人の作品もこの人の作品も、残念ながら当館には所蔵されていません。ですので、ぜひ、この機会に多くの方に見ていただきたいと思います。そして、四人のコレクターたちの世界観にふれてください。会場を出る時には、自分だけの作品を探しに行きたくなるかもしれません。
「コレクターズ アートと生きる四人」
9月23日(金祝)~10月10日(月祝)
福岡市美術館 近現代美術室B
*要コレクション展観覧券
★おしらせ
FaN Week 期間中には、Artist Café Fukuoka(旧舞鶴中学校内)にて、今年アジア文化賞を受賞された、シャジア・シカンダー氏による大迫力アニメーション《視差》をご覧いただけるほか、9月23日13時~17時は、アーティスト・イン・レジデンス専用の制作スタジオの「オープンスタジオ」を開催します。
福岡市美術館から徒歩5分!ぜひ、どちらにもお運びください。
(館長 岩永悦子)