2020年5月27日 09:05
4月半ばより開催予定だった「春の名品展」(~6月14日(日))。新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、会期の半分以上が休館となってしまいましたが、ようやく皆様にご覧いただく機会が訪れたことを大変嬉しく感じています。
本展出品作品の中でも特に人気が高いのが、宮本武蔵《布袋見闘鶏図》(ほていけんとうけいず、タイトルが長いので以下《闘鶏図》と略します)です。
宮本武蔵《布袋見闘鶏図》
争う二羽の鶏を布袋がじっと見つめる様子を描いたもので、ドラマや小説でもおなじみの宮本武蔵のイメージに相応しい緊張感あふれる作品に仕上がっています。ところで、当館には同じ主題の作品がもう1点所蔵されていることをご存知でしょうか?それがこちらの《鶏骨図》。
伝・梁楷《鶏骨図》
中国・南宋時代の画家・梁楷がてがけたと伝わります。実際の制作は元時代に下ると思われますが、少ない筆数で対象を捉える手法などは梁楷の画風を伝えるものです。
武蔵は《闘鶏図》の制作にあたって、この《鶏骨図》もしくはそれに類する作品を参考にしていると思います。ですので、今回の展示では2作品を並べて展示することによって、それぞれの違いを比べていただけるようにしています。そこで、本ブログではこの2作品の違いをご紹介いたします。
まずは《鶏骨図》から。この作品、控えめに言ってかなり変です。本作では闘鶏をみつめるのは、布袋ではなく数珠を持ったお坊さんになっていますが、顔には笑みを浮かべています。
つまり、この絵は殺し合う鶏を見ながら、にやにやしているお坊さんを描いているんです。完全にホラーです。ちなみに、闘鶏を描く作品として有名なものに六道絵があります。六道絵とは、人が死後に生まれ変わる六つの世界(天・人・修羅・畜生・餓鬼・地獄)を描いたもの。すごく平たく言うと、「悪いことすると地獄に落ちますよ」ということを伝えるための絵です。もちろん悪いことをした人が全員地獄へ落ちるわけではなく、罪の重さに応じて生まれ変わる世界が変わるというシステムになっています。闘鶏が描かれるのは「畜生道」、六道のうち、上から4番目(下から3番目)です。地獄に落ちるほどの重罪ではないけれど、そこそこの悪行といったところでしょうか。まっとうなお坊さんであれば笑って見ている場合ではないことは確かです。正直、どうしてこのような絵が描かれたのか全く見当がつきません。本図の作者はよほど屈折した感情を抱えていたのだろうか、とわずかに想像するのみです。
このようなよく分からない《鶏骨図》と比べることで、武蔵の《闘鶏図》の個性はより明瞭に捉えることができます。まず、武蔵の《闘鶏図》では闘鶏を見つめるのはお坊さんではなく神様である布袋です。最初からフィクションとして構想されているので「どうしてお坊さんが…」といったマジのツッコみは必要ありません。それから一番の違いは表情でしょう。
布袋は眉間に皺を寄せてなにやら考え事をしている様子。口元は若干微笑んでいるようにも見えますが、《鶏骨図》に描かれたお坊さんとは明らかに趣が異なる表情です。《鶏骨図》が「なんだかよく分からない絵」だとすれば、武蔵の《闘鶏図》は「なにか意味ありげな絵」ということもできそうです。
例えば、《闘鶏図》を所蔵していた松永耳庵翁は、争う二羽の鶏に当時の政界の主導権争いを重ね合わせ、布袋のような強力なリーダーの登場を熱望しました。このような「分かりやすさ」も《闘鶏図》の人気を支える要因の1つではないかと思います。
展示は6月14日(日)までです。是非会場で2作品を見比べていただき、その違いを実感してください。
(学芸員 古美術担当 宮田太樹 )
2020年2月20日 16:02
茶碗にしろ、茶入(ちゃいれ)にしろ、古い茶道具の価値をつくるのは、モノ自体に備わる美的魅力だけではありません。その魅力に惹かれ、大切に守り、次代に継いできた人々の思いの積み重ねでもあります。
ある茶道具を大切に守るために作った箱を、次の所有者がその箱ごと守るために新しい箱を新調する。さらに次の代の人も…、そうして受け伝えられた結果、茶道具を守る箱は、マトリョーシカのように入れ子式になることがあります。箱以外にも、茶道具を直に包む袋やその替え、歴代の所有者や鑑定家が記した書き付け等、あらゆる付属物が伴います。それらを総称して「次第(しだい)」と呼びます。
現在、松永記念館室で開催中の「茶道具の『次第』」展は、松永耳庵旧蔵の茶道具の中でも特に次第が充実した茶道具を選び、伝来の紹介とともに、次第まるごと展示する試みです。
普段は最大20件は陳列できる展示室が、今回は6件で一杯になりました。
目玉といえば《唐物肩衝茶入 銘「松永」》(中国・明時代)。戦国武将・松永久秀が所持したことに由来する名物茶入です。片手のひらに収まる程度の小さな陶器を、五重の箱が守っています。一番外側の箱は、本器に付属する盆を守る三重箱も一緒に収めるため、両手を広げて抱えるくらいの大きさになっているのです。そうです、冒頭のタイトルは、それを分かりやすく?表現したものです。
展示作品は、まず作品本体を置き、続いて本体に近い付属品から順番に、内箱から外箱へ整然とわかりやすく配置しました。箱の蓋は殆どすべて、開いた状態にしました。蓋というのは、閉じていれば開けたくなるし、開いていれば閉じたくなるもの。開いた状態で展示すると、展示空間が全体に雑然としてしまうデメリットがあるのですが、何はなくとも箱内をご覧いただけることと、茶道具を袋に包み、幾重もの箱に収めてゆくプロセスをより実感をもって辿っていただけるのではという思惑から、あえてそうしました。同時にその実感が、代々の所蔵者たちが道具に込めた愛情を追体験することにも繋がれば幸いです。
ある茶道具が、いかに過去から大事にされ、価値が高められてきたかを眼で見て実感していただける内容です。4月12日(日)までです。是非ご来場下さい!
(主任学芸主事 古美術担当 後藤 恒 )
茶入「松永」の次第を一挙陳列!画面に入りきらない…
2019年11月19日 11:11
1階の松永記念館室で、毎年恒例の「秋の名品展」を開催中です(12月1日まで)。当館所蔵の松永コレクションの中から、秋から初冬の時節に相応しい「名品」を展示紹介しています。
ご存じの通り松永コレクションは大半が「名品」といえるものである上、季節感を重んじる茶の湯の世界で用いられた美術品が多いので、出品作品の選定にあたって困ることは殆どありません。しいていえば、出品候補が多すぎて20点以内に絞り込むことに頭を悩ませることであり、球界一の選手層の厚さを誇るソフトバンクホークスのスタメンを決める首脳陣の苦労を想う時でもあります。それにしても、こんな贅沢な出品作品選定に携わることが出来る幸せを感じずにはいられません。
さて問題は、作品選定を終えてからです。本当の難しさはここからです。リストアップした名品群をどのような順番で並べるか、という問題です。これが実に難しい。すべて名品なのだから、ただ並べるだけでいいのでは?というわけにはゆきません。長距離打者をただ9人並べるだけで最強打線が成り立つわけではないのと同じです。シンプルに絵画、書、彫刻、工芸というジャンルに分けて並べるやり方は無難です。しかしそれは、ジャンルという枠にはめ込むことで、ひとつの作品がもつ魅力が、隣の作品がもつ魅力によって相殺されてしまう勿体なさもはらんでいるのです。
「燃えよドラゴンズ!」の歌詞にあるように、一番打者が塁に出て、二番打者が送りバント、三番打者がタイムリー、四番打者がホームラン…といった理想の流れと同様に、ひとつの作品がもつ魅力が、次の作品の魅力につながり、さらに次の作品を引き立てる。そんな魅力の連鎖を生む、全体としてバランスのとれた名品展こそが、理想の名品展であると思っています。それを実現するためには、最初にリストアップした作品を何度も入れ替えることも必要となります。本展では茶の湯の世界をベースにして、出品リストと展示プランを考えました。
本展の四番打者?それは他ならぬ尾形乾山筆《花籠図》(重要文化財)です。まずは四番打者に良い仕事をしてもらうため、そしてスタメン全員が輝けるよう、精一杯組みました。会期も残りわずかですが、ご高覧いただければ幸いです。
(主任学芸主事 古美術担当 後藤 恒 )
尾形乾山《花籠図》(重要文化財)