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こぶうしくんのゆるっとブログ: 夏休みこども美術館「これなぁに?謎がいっぱい、古い美術」お手紙紹介~続

みなさん、こんにちは。こぶうしくんです。

前回のゆるっとブログでは、夏休みこども美術館「これなぁに?謎がいっぱい、古い美術」という展覧会のなかで募集していたお手紙を紹介しました。
展覧会は福岡コロナ特別警報と緊急事態宣言により会期途中で閉室となってしまいましたが、届いたおたよりはなんと全142通。ほんとうにどうもありがとう!
お手紙には作品を見て、気づいたことや考えたことを書いてもらっていたんだけど、ひとりひとり違う視点で作品をみていて、いろいろな意見があってとってもおもしろかったです。

前回のゆるっとブログを読んでいない人はぜひ読んでみてね。
こぶうしくんのゆるっとブログ: 夏休みこども美術館「これなぁに?謎がいっぱい、古い美術」お手紙紹介
それでは今日も引き続き、いただいたお手紙を、ほんの一部ですがご紹介します。

夏休みこども美術館「これなぁに?謎がいっぱい、古い美術」に設置していたお手紙専用用紙とポスト

今日の1通目、めいめいさんからのお手紙です。お手紙の一部を紹介します。
『こくゆう人めんもんへいはふつうの住んでいる人か、王さまが、そそぐときにつかわれた物なんじゃないかな?と思いました。』

《黒釉人面文瓶》陶器 / カンボジア / 12-13世紀 / 高29.2 胴径14.8 底径8.0 cm

めいめいさんは、《黒釉人面文瓶》の使い方を考えてくれました。おもしろい意見どうもありがとう。これは何かをそそぐために使われていたものなんじゃないかと想像してくれました。使っていたのは平民か王様、どんな人が使っていたのかも想像してくれたんだね。

めいめいさんがかいてくれた絵

絵もありがとう!顔の特徴がよくとらえられているね。

この作品について、古美術専門のG学芸員に聞いてみました。
実はこの作品、使い方はよくわかっていないそうです。同じようなものがたくさん見つかっていて、その多くは、上の部分がわざと割られているものばかり。なので儀式かなにかで、割ったりして使っていたのではないかと言われています。でも、この作品は上の部分が割れていないめずらしいものなんだそうです。
ちなみにこの作品、今回の展覧会チラシでも使われてました!作品のかたちがとっても目立つね。

チラシ

続いては、はるこさんからのお手紙です。

『わたしはじざいかにがいちばんおどろいたよ!!
わたしだったらじざいかにをおにんぎょうとしてあそびたいな~?
こぶうしくんは、どうやってじざいがにをつかうん?
さくしゃはわからないみたいだけどみらいは、ハイテクいっぱいでわかっちゃうかもね♡いろいろなとりくみがんばってね!?』

《自在蟹》鉄 / 日本 / 江戸時代 / 縦3.5 横8.6 cm

はるこさんは《自在蟹》について書いてくれました。本物のカニみたいだけど、実はこれ、鉄でできてます。関節やハサミ、目も本物そっくりに動くんだよ。
はるこさんは《自在蟹》をお人形にして遊びたいんだね。ボクもお人形にして遊びたいな。それで、本物のカニと対面させて、どんな反応をするのか見てみたいな~。
『ハイテクで作者がわかる』っていうのは、どんな技術なんだろう?
ボクは過去へもどれたりすることだと想像したよ。タイムトラベルできるのは少しこわいけど楽しそう。おもしろいお手紙、応援もどうもありがとう!がんばります!

続いて、223てんこうさんからのお手紙です。一部紹介します。

『がっきか何か水を入れる容器、わたしは花びんかなぁ?
私ならお花入れたいなって思ったよー♡』

《へーヴァジュラ法螺貝》青銅 / カンボジア / 11-13世紀 / 総高25.2 高さ22.9 胴径10.3 cm

223てんこうさんは《へーヴァジュラ法螺貝》について書いてくれました。
この中にお花を入れたいと思ったんだね。なるほど、たしかにお花が入ると、色も加わってきれいかもしれません。もしお花を入れるとしたら、どこにかざろう?ボクだったら、ベッドの横の、見るとほっとできる場所に置きたいな。

ちなみにこの作品についてもG学芸員に聞いてみました。
これは水やお酒を入れるための容器だったとも、楽器だったとも言われているそうです。でも本当はどうやって使っていたのかよくわかっていませんとのこと。
それで、233てんこうさんは使い方を考えてくれたんだね。どうもありがとう!
作品をみるときに、使い方を考えるのも楽しいね。

続いては、大牛ママさんからのお手紙です。
『女性5人組グループは、5000才~4500才?ぐらいですか!??
どうやったら、そんなにオキレイで生きられますか!?

おしえて下さい
みんなかみ型がちがうんですねー』

《女性土偶》土器 / パキスタン / 紀元前3000-前2500年頃 / 高4.4~11.6 cm

大牛ママさん《女性土偶》について書いてくれたようです。
みなさん、何重にもなっている首かざりをきっちりまとって、まっすぐ前を見つめるすがた、とってもおきれいですよね。きっと彼女たちは、今日までひとびとに大切にされてきたから、今もこの姿なんだと思います。これからも美しくもっともっと長生きしてほしいです。
それから、大牛ママさんが見つけてくれたかみ形のちがい。ロングだったり、むすんでいたり、もこもこしていたり、ほんとにぜんぜんちがうね。

大牛ママさんがかいてくれた絵

楽しい絵もかいてくれました。どうもありがとう!土偶アイドルという発想もとってもおもしろいです。ボクの推しは・・・、この絵のいちばん右かな!頭の横のお団子がちょっとだけツノみたいみえるから、ボクとおそろいだなと思ったよ。

さて、いよいよ、最後のお手紙をご紹介します。

ふくしまゆかさんからのお手紙です。

『わたしはここに来るのは初めてですが、
いろいろなものを見ているつもりなのに心がふわふわして気持ちが楽になりました。
わたしはこぶうしくんのことが大好きになりました。
そしてなぜかこぶうしくんが家族のように思えました。
わたしもいつかこぶうしくんにあえたらうれしくてないちゃうかもしれません 
こぶうしくんもコロナにまけないでください』

ふくしまゆかさん、心温まるお手紙どうもありがとう。
気持ちが楽になったのならよかったです。ボクのことも大好きになってくれたんだね。なんだか少し照れちゃうな。でもすごくうれしいです、ありがとう。
今回の展覧会は福岡コロナ特別警報および緊急事態宣言のため閉室になっちゃったけど、美術館の活動はこれからもずーっと続きます。ボクもコロナに負けないようがんばります!

夏休みこども美術館「これなぁに?謎がいっぱい、古い美術」のお手紙紹介は今回のゆるっとブログで終わりです。全部を紹介することはできなかったけれど、みなさんからいただいたお手紙はどれも目を通して大切にしまっています。本当にありがとうございます。

終わってしまうのはちょっぴりさびしいけれど、またみなさんとお会いすることがあるかもしれません。それでは、そのときまでまたね!

こぶうしくん(代筆:教育普及係 上野真歩)

 

コレクション展 古美術

コレクション展のつくり方

本日から「秋の名品展」が開幕いたします!と言いたいところだったのですが、福岡コロナ特別警報、緊急事態措置に伴いコレクション展示室は閉鎖中(~9月12日)。皆様に展示をご覧いただけるのはもう少し先になりそうです…。
コレクション展示室にお客さまをお迎えできないことは大変残念ですが、あえて前向きなことをあげるとしたら、展覧会準備にいつも以上に時間をかけられるようになりました。

 ということで、今回のブログでは「コレクション展ってどういうふうに作っているの?」という疑問について、今準備を進めている「遊びと笑いの日本美術」展(9月14日から開催予定、以下「あそわら」展)を例にお答えいたします。

① 前年度:年間スケジュールの作成
 当館では毎年3月頃を目途に次年度の展覧会のラインナップを公表しています。コレクションを展示する部屋は全部で6室。1年間ほぼ展示替えをしない部屋もありますが、多くの展示は2~3か月ごとに展示替えを実施します。

年間スケジュール

ちなみに今年度実施するコレクション展の数は全部で22本。学芸員1人あたり4~5本程度のネタを考える必要があります。ですから、場合によっては「とりあえず、タイトルだけ決めて中身は後で考えよう」なんてことも。「どうしてこんなテーマにしたんだろう…」と過去の自分をぶっ飛ばしたくなるくらい後悔することもしばしばあります。

② ~1カ月前:展示プラン・作品リストの作成
タイトルが決まったらいよいよ実際にどの作品をどのように展示するのかを考えます。プランをどういうふうに作っていくのかは学芸員によって様々でしょうが、私の場合は根幹となる作品を最初に決めてその後に枝葉を繁らせていく、という作り方が多いです。
今回の「あそわら」展では、《異代同戯図巻》という絵巻物をメインに据えることにしました。この絵巻は江戸時代に描かれたものですが、人びとを救済する観音様が銃を構えていたり、仏教の守り神である韋駄天が凧あげに興じていたりと、全編にわたって小ボケが散りばめられています。すべて広げると13m以上にもおよぶこの絵巻の魅力をあますことなく紹介したい、というのが本展のテーマです。

銃を構える観音様。

凧あげを楽しむ韋駄天

ただし、300年以上前に描かれた作品ということもあり、現在の我々には笑いどころが伝わりづらいボケも少なくありません。そこで、当時の人々がどのようなことに遊びや笑いを見出していたのかを感じられる作品で脇を固めることにしました。
さて、展示する作品がおよそ決まってきたら、展示室の図面上に落とし込んでみます。この作業の詰めが不十分だと、実際の展示してみた時に、「作品の間隔が詰まりすぎてる」「この作品同士が隣り合ってるの、なんだか気持ち悪い…」などなど様々なトラブルに見舞われてしまい、過去の自分をぶっ飛ばしたくなるくらい…(以下略)

③ ~1週間前:キャプション・パネル類の作成←今ここ
作品が決まったら次に待っているのが作品情報や解説を記載したキャプション作成です。解説文は過去に作成したものを転用する場合もありますが、「あそわら」展のようにテーマ性の強い展示の場合はすべて書き下ろした方が全体の統一を図りやすいです。キャプション以外にも、展示のテーマに沿った章解説や学芸員の小ネタを盛り込んだおもしろキャプションを作ることもあります。

「あそわら」展で掲示予定のおもしろキャプション。内容よりもキャッチコピーを考えるのに苦労することが多いです。

ちなみに、当館のキャプション・パネル類は担当学芸員が書いたものをそのまま掲示するのではなく、複数の学芸員が内容を確認するようにしています。

ダブルチェックを終えた原稿。思ったよりは修正が少なくて一安心。

文章が専門的になりすぎていないか、だれが読んでも意味が分かるか、などをチェックすることが目的です。場合によっては、おびただしい量の訂正が入った原稿が返ってくることもあります。これが展覧会直前となると事態はより深刻です。「もっと早くとりかかれば良かった!」と、過去の自分を…(以下略)

④ ~前日:展示作業・開幕!
以上の準備作業をへて、いよいよ展示作業です。

展示作業については、過去にYoutubeの動画でご紹介したことがあるので、興味がある方はご覧ください。

13m以上の絵巻を広げた展示室がどのような空間になるのかわくわくします。

「遊びと笑いの日本美術」展、どうぞご期待ください!

(学芸員 古美術担当 宮田太樹 )

 

 

 

 

 

その他

インカ・ショニバレCBE《ウィンド・スカルプチャー(SG)Ⅱ》設置記念シンポジウム 「新しい美術館像~コロナ禍の中で考える」を終えて

 7月1日に当館のアプローチ広場にインカ・ショニバレCBE《ウィンド・スカルプチャー(SG)Ⅱ》が設置されたことは、このブログでも何度か紹介されています。それを記念して、7月31日(土)にシンポジウムを開催しました。基調講演には、2016年、リニューアル前のシンポジウム「これからの美術館」にもご登壇いただいた逢坂恵理子国立新美術館長をお招きしました。このブログでは、簡単ではありますが当日の内容についてご紹介したいと思います。参加できなかった方も、その時の様子を味わっていただければ幸いです。
 
 シンポジウムは、まず当館の岩永悦子館長による「リニューアル後の福岡市美術館」で始まりました。最初に語られたのは《ウィンド・スカルプチャー(SG)Ⅱ》が設置されミッション・ステートメントが公開されたことで、当館の「リニューアルオープン期間」が完了し、新しい段階に入ったということでした。そこからリニューアルオープン展から現在までの振り返りがなされました。リニューアルオープン展が、所蔵作品をじっくり見てもらう「コレクション展」と、日本ではあまり知られていないインカ・ショニバレCBEの個展という二つの軸があり、「これまで」を大切にしながら新しい事柄にも挑戦するという館の意気込みを表すようなものであったこと、しかしその1年後にはコロナ禍となり、中止になった展覧会やさまざまな催しがあったこと、だからこそチャレンジしたオンラインでの試みや地元のアーティストのKYNEによる壁画作成などが紹介されました。そして、《ウィンド・スカルプチャー(SG)Ⅱ》設置に寄せたインカ・ショニバレCBEの言葉を引用しながら、このコロナ禍でも誰もが見ることができるパブリック・アートの平等性と重要性を訴え、それは当館の未来を象徴するものであると話し、逢坂館長の基調講演へとつなぎました。

 続いて逢坂館長による基調講演「新しい美術館像~コロナ禍の中で考える」ですが、その冒頭は、2016年のシンポジウムで逢坂館長自身が最後に紹介した、ニコラス・セロータ(当時のテート・モダン館長)の「美術館は生きた学びの架け橋」という言葉で飾られました。それから5年、「架け橋」となるべく、美術館はさまざまな活動を行ってきたはずなのですが・・・その後に続いたのは、コロナにより、日本社会の分断や亀裂、格差というものが明るみになったというもの。しかし、世界的には、デジタルが発達したからこその実体験が重要視されるようになったこと、Black Lives Matterに代表されるような人権への自覚、そして、地球環境への関心の高まりや、自己責任だけで片付けるのではない助け合い・チームワークの重要性に気づくといった良い面もあるという指摘もありました。また、このコロナ禍での「文化活動は断じて不要不急ではない」という都倉文化庁長官の言葉は、文化芸術に携わる人間に、社会における文化芸術の役割を自覚させ、勇気と希望を与えたと述べられました。
 さらに、実はコロナ禍以前からミュージアムをとりまく社会が変化しているという話が続きました。例えば、国際博物館会議(ICOM)が2019年に出した新しい博物館定義案。そこには、単に博物館の機能を示すのではなく、「対話」「社会正義」「全体の幸福」などの言葉が盛り込まれ、ミュージアムが社会課題に向き合うことについて大きな期待がよせられていることが語られました。そして「SDGs」という世界的な目標もまた、ミュージアムが意識すべき社会の動きであること、さらには、「VUCAの時代」と称されるまでに、社会が変動し不確実で複雑で曖昧になってきていることがあげられました。
 
 ですが、そのような希望と不安がないまぜになるような社会においてこそ、アートが持つ潜在的な力が必要であると、逢坂館長は述べられます。効率や画一性とは無縁である、対象をよく観察しなければわからない、五感をフル活動させるアナログ的コミュニケーションを促す、価値の異なる人々との共生をうたうなど・・・中でもアートが必要とする「想像力」は、この曖昧で予測できない社会を乗り切るためにとても大切だとおっしゃったのは印象的でした。そして、そのような「アート」を扱う美術館が、今後持続可能であるためには(もちろん課題もたくさんあることは述べられたうえで)、美術館で働く人間が、「美術を介して思考と対話を重ね、人間としての幅と深さを施行する場」であることを自覚することが重要であると言われました。そして、その自覚から来る活動が、人々に、対立・暴力・戦争といった社会課題を自分事として受け止め、回避する行動を促すと、トルストイの言葉を引用しつつ述べられました。この言葉は、我々美術館関係者だけでなく、会場にいる参加者にも強く響いたのではないかと思います。さらには、美術館がそうあるために、学芸員だけでなくすべての美術館職員に、美術作品やアーティストへの敬意と愛情と、内にも外にも開かれた自由な意識がなければならないということを述べられました。
 そして、冒頭の「美術館は生きた学びの架け橋」に呼応して、最後にアーティスト、アイ・ウェイウェイの言葉「アートは人とかかわるための架け橋」という言葉で講演を締めくくられました。


 さて、休憩をはさみ、シンポジウムの後半は、逢坂館長と岩永館長に加え、中山喜一朗総館長によるパネルディスカッション「コロナ禍後の福岡市美術館を描き出す」です。最初の話題はまずはコロナ最中の話から、「このコロナで大変だったこと」でした。海外からのアーティストが来られなくて、すべてリモートで作品設営をしたことや、特別展が中止になり担当者ががっくりきていたこと、そして、もっとも衝撃だったのは、コロナ禍のために永遠に閉館する美術館が出てくるだろう、という話でした。また、デジタル化が加速化していることについての希望と懸念も語られました。次に、そのような困難な中、今後、人々とコミュニケーションを保つために美術館は何ができるのか、ということが話題になりました。それについては、なかなか答えは出ないものの、まずは来館してきた人たち一人一人と向き合う事が肝要ではないかということが話され、さらには、人々がなんということはない自分の時間を過ごせる場を、ちゃんと美術館が提供できるということが大事なのではないか、という話になりました。最後に、一人ずつ、締めくくりの言葉を述べてもらいました。岩永館長からは、人々のために美術館は開けておくべきということ、中山総館長からは、こういう時だからこそ保守的になってはいけないということ、そして逢坂館長からは「皆さん、選挙に行きましょう」という意外な言葉が発せられました。つまりは、「一人一人が自分事として社会に関わる」ことの大切さをこのように言われたのでした。
 「コロナ禍後」を明快に描き出すことはできませんでしたが、おぼろげながら未来への希望が見えてきたところでシンポジウムは閉幕となりました。

 思うに、決して明るい話題ではなかったにも関わらず、希望と勇気のもらえた2時間でした。参加者の皆さんの顔も、心なしか来た時よりも帰りは晴れやかだったように思います。筆者を含め聞いていたスタッフも、ここで語られた事柄を一つ一つかみしめ、気持ちを新たにすることができたのではないでしょうか。
 今、私たちは、コロナ禍という未曽有の体験をしているわけですが、結局はそれを乗り越え、社会の変容にしなやかに適応しつつ対抗するのも自分たち次第なのだと改めて気づかされたシンポジウムだったように思います。

(主任学芸主事 教育普及専門 鬼本佳代子)

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