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海と人々のつながりをつむぐ― 「山内光枝展 潮ノ記」開催中です

《山内光枝展 潮ノ記》のメインビジュアル

 真っ黒の背景に銀色の文字が光るシックなポスター。目にされた方はいらっしゃるでしょうか?チラシはぜひ手に取って斜めにしてみてください。銀色が光る様子を間近で見ることができます。

《潮ドローイング》の細部

 メインビジュアルになっているこの作品は、《潮ドローイング》という山内光枝(やまうち てるえ)さんの作品です。しぶきのような箇所は、海水と塩のみで描かれています。当館では、9月8日から山内さんの個展「山内光枝展 潮ノ記」を開催しています。
 山内さんは福岡県に生まれ、高校を卒業した後、イギリスのロンドン大学ゴールドスミスカレッジで、「絵画」や「彫刻」といった分野にとらわれず「美術」について学びました。帰国した山内さんが制作のテーマとしたのが「ナメクジ」です。私はナメクジというと梅雨の時期などに地面でうねうねしている生き物というイメージでしたが、私たちの身近にいながら実は詳しいことがあまり分かっていない生き物なのだそうです。山内さんはその部分に、社会という枠組みからするっと(ナメクジのイメージからするとぬるっと?)はみ出していて、縛られていないという性質を見出しました。
 そして、ナメクジに生き方そのものを学ぶような姿勢で制作活動をしていた頃、褌(ふんどし)のみの素の身体で海辺に立つ海女の写真を目にし、衝撃を受けました。システム化され、監視、管理されている現代からそう遠くない時代にこのような人たちがいたのだ―という衝撃だったといいます。
 その写真は、長崎県対馬の曲(まがり)という地域の海女さんが写ったものでした。初めて知る海女、海士として生きていた、そして生きている人々。そのしなやかな生命力に強く惹かれ、ひたすら調べるうちに、日本海側の海女の祖先が自身の地元福岡の宗像市、鐘崎という地域につながることを知った山内さんは、鐘崎に足を運びます。さらに鐘崎海女が渡った対馬の曲、鐘崎に潜水技術を伝えたとされる済州島、海女の祖先とのつながりがあるとされるフィリピンのダバオなど、潮の流れによってつながる各地に赴き、そこで生きる人々のコミュニティに身を置いて関係を築いていきました。人々と同じように潜るため、済州島に開校したハンスプル海女学校に入学して素潜りや水中での撮影技術を習得し、制作を続けています。

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 さて、今回の展示室は大きく二つのゾーンに分かれており、まず《つれ潮》と《泡ひとつよりうまれきし》の映像作品に映っている、曲の現役最後の海女であった「おばちゃん」こと香月ツルエさんにフォーカスしたゾーンを見ていただけます。《つれ潮》は当館の所蔵作品で、曲の海女の祖先とされる鐘崎に行ってみたいというツルエさんのつぶやきをきっかけに、鐘崎への旅を山内さんが記録者としてだけでなく、同じ時間を共にする者としてとらえた映像作品です。《つれ潮》と《泡ひとつよりうまれきし》は上映時間を設定していますので、時間をご確認の上、鑑賞していただければ幸いです。また、映像作品の近くには、民俗写真家の芳賀日出男さんが1962年に撮影したツルエさんの写真をライトボックスに仕立てて展示しています。ツルエさんは昨年亡くなられ、私は、映像や写真、山内さんのお話を通してしかお会いできませんでしたが、ツルエさんの人生を辿れるような、存在を感じられるような空間になっているのではないかと思います。

鐘崎の海に潜る前のツルエさん

 生きることの根源である「呼吸」という行為に着目した映像作品《潮汐 2012-2021》のゾーンでは、出演者6名のダイバーと山内さんのエピソードとともに、出演者にまつわるものも展示しています。山内さんがもらったものや、それぞれが漁で用いる道具など、6名の方のゆかりのものたちです。タイトルが示す「潮の満ち引き」のように、「呼吸の達人」である素潜り漁のダイバーたちが放つ呼吸が岸から岸へとつながり、循環している様子は、私たちの息づく世界が呼吸によってつながっていること、この世界に生きる上ですべてはつながっていること、さらに、山内さんが人々と関係を築き制作するなかで思い至った、自分という存在が過去からつづく人々の営みによってつむがれているということ、まで想起させるようです。

《潮汐 2012-2021》は二つのスクリーンに鏡面のように映し出されています

タペストリーの裏に吊るされたものの影が浮かび上がっています

本展では、これまでの山内さんの活動や、人々とのつながりをたどるとともに、これからの活動の出発点となる作品《눈(ヌン)》も展示しています。ぜひ実際に目にしていただき、これは何を表しているのだろうと考えてみてください。つながる言葉がキャプションにあります。そこから調べ、知っていただく方々が増えたらよいなと思います。

天井から吊るした《潮ドローイング》。長さが6mあるため、下を巻いています。

 ところで、展示作業の期間を1週間取っていたのですが、「うんうん順調に進んでる!」と思いきやあれやこれやのちょっとしたハプニングが出てきて、ドキドキしながら顔には出さないということを頑張りました(何を頑張っているのやら)。上の写真のように天井から《潮ドローイング》を吊る作業は初めて見るもので、(出来ることを手伝いながら)興味深く観察していました。そのほかにも色々あったのですが、展示作業の様子はつきなみ講座でお話したいと思います。

 今回、初めて担当する企画展ということで、山内さんをはじめ色々な方のお手を煩わせながら何とか進められました。改めて、この場を借りて、ご協力いただいた皆様に感謝申し上げます。出来上がっていく会場を見ながら、作品が放つエネルギーを肌で感じていました。山内さんが追い求め、模索していることは「人間と世界の流動的な在り方」です。画一的ではない、縛られないような在り方を表しているのが海であり、その流動的でしなやかな在り方を海に生きる人々の姿にも見出しました。ご来館いただいた方々にとって本展が、枠組みにとらわれず自身の生き方や世界の在り方を考えるきっかけとなり、また、海と人々の関係を知り、見つめ直すことにつながれば幸いです。

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 10月12日(月・祝)には、《つれ潮》と《潮汐》に出演されている宗像・鐘崎の海女、松尾美智代さんと、《潮汐》に出演されている輪島の海女、早瀬千春さんにお越しいただき、山内さんがモデレーターとして、作品に出演することや自身の生き方が作品に用いられることについてどのように考えているのか、また、海の状況や暮らし、能登半島で起きた地震の影響について、話していただく場を開催します。ぜひ足を運んでいただけると嬉しく思います。詳しくはコチラ

 そして図録をミュージアムショップで販売しています!山内さんが本展に際して書かれたテキストが満載です。また、芳賀日出男さんが設立した芳賀ライブラリーの棚木晴子さん、山内さんの活動をずっと見てきた国立国際美術館の正路佐知子さんにも寄稿していただきました。ぜひお手に取ってご覧ください。

(学芸員 近現代美術係 花田珠可子)

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