2021年6月16日 09:06

先日閉幕した企画展「ソシエテ・イルフは前進する 福岡の前衛写真と絵画」(以下「イルフ展」)(2021年1月5日~3月21日)では、会期中に2回の記念講演会を開催しました。登壇者には近現代写真の専門家であるお二人のゲスト(名古屋市美術館学芸員の竹葉丈氏、インディペンデントキュレーター[現・東京ステーションギャラリー学芸員]の若山満大氏)をお招きしました。2回の講演はいずれもイルフの活動した1930~40年代の写真家たちが向き合っていた時代状況や複雑な立場を明らかにする内容で、イルフ展で紹介した作品・資料への理解を更に深められるものでした。ここに、担当者による講演会のレポートをお届けします。前回の竹葉氏の講演会に引き続き、今日は、若山氏の講演会のレポートです。
「趣味と報国:ソシエテ・イルフをもっとよく知るための写真史 1920-1942」(登壇者:若山満大氏、開催日:2021年3月6日14:00~15:30、会場:ミュージアムホール)
若山氏には、アマチュア写真家が台頭する明治中期から戦時下にかけて、つまり1880年代末から1940年代までの半世紀の写真史を、幅広い事例や資料とともにお話いただきました。各時代における表現様式の変化や写真家たちの活動はイルフの活動とリンクしており、イルフのメンバーが時代と社会の状況に呼応しながら活動していたことが見えてきました。
冒頭では、国内の写真団体・写真愛好家にどのような特色があり、それがどのように変遷していくかをお話しいただきました。明治中頃の写真団体は、写真師・旧華族・お雇い外国人などの富裕層に限られていたようです。初期の写真愛好家たちの関心は、夜に鮮やかな写真を撮る手法、大判写真を撮る手法の研究など技術面にあり、その後変化していきます。1893年に開催された「外国写真展覧会」の出品作は、明確な主題、前景・後景の被写体の写し方、セピア色の諧調など、“オーソドックスな風景画”のような作品です。海外の作例からの影響を受け、日本の写真愛好家たちも絵画を模範とする写真表現に取り組むようになりました。
1910年代から1920年代にかけて、写真愛好家の裾野は広がっていきます。この変化には、雑誌を通し情報が地方都市にも届くようになったこと、第一次世界大戦後の経済の動きによってカメラや写真材料が富裕層でなくとも買えるようになったこと、新聞社がメディアイベントを開催する機運が生まれたことなどが複雑に絡み合っています。1926年-1927年刊行の『日本写真年鑑』に掲載されている地方のアマチュア写真団体は476団体、加盟者は13889名に上りました。イルフメンバーの田中善徳が所属していた「福岡白光会」も掲載されていました。
写真趣味が流行する中で、アマチュア写真家の中から雑誌編集に携わったり、投稿作品を審査したりする、特別な地位の人々が登場します。講演の中で例に挙がったのは1921年に写真芸術社を主催した、福原信三です。福原は「写真とは光と影のグラデーションである」「自然から受け取った情感を写し取るものだ」といった写真観を発信していました。若山氏は、ヒエラルキーの上部にいたオピニオンリーダーも重要だが、写真産業を作り上げその権威を下支えしていたのはフォロワーたちであるという点を指摘しました。お話を聞きながら思い出したのは、1930年代にイルフメンバーの高橋渡が安易なアマチュアリズムに抵抗し始めたことです。カメラ雑誌に論考を発表し、存在感を表し始めていた高橋は、アマチュア写真界のヒエラルキーを地方から突き崩す狙いがあったのでしょうか。
1930年代は、雑誌『光画』を嚆矢として、新興写真と言われる新たな傾向の写真が登場します。カメラに特有の現象であるブレによる表現や、レンズを通して何気ない風景に新しい視線を投じた作例など、作品のスライドを見ながら、移り変わる表現傾向を確認しました。新興写真がシュルレアリスムの傾向を持つ前衛写真へと進化していく過程として、ナゴヤ・フォトアヴァンガルド、前衛写真協会、丹平写真倶楽部の作家たちと共にイルフメンバーの作例が紹介されました。
講演の終盤は、戦時下の写真家の動きにフォーカスします。この頃、スパイを防ぐためという理由で撮影場所やアングルが限定され、写真材料が配給制になるなど、アマチュア写真を巡る状況が厳しくなっていきます。限られた資源を戦争のために費やすべきという風潮が強まる中で写真家の活動は制限され、社会に有用である、と認められなければ趣味としての写真を続けることができなくなっていきました。戦時下で許された写真の例が、報道写真です。戦場や植民地を捉えた写真は国威発揚の効果を持ち、対外・国内宣伝のための雑誌に掲載されました。しかし、大多数のアマチュア写真愛好家たちにとって戦地に赴くことは難しく、写真を続けるためのなんらかの「方便」を見つける必要に迫られていたのでした。
こうした状況の中、アマチュアの写真家たちが選び得た“前向きな妥協案”として若山氏が挙げたのが、民俗学的な写真と慰問写真です。民俗学的な写真とは、国内の伝統的な暮らしが残る集落や風土を主題とした写真のことで、濱谷浩の仕事などが挙げられます。郷土を撮影することは当時でいう民族意識の高揚につながり、銃後の暮らしを鼓舞する“草の根の報道写真”としての意味合いを持ちました。
慰問写真とは、戦地の兵士に向けて送られた、故郷の家族を写した写真のことです。慰問写真は、家族は無事だというメッセージとともに、それを手に取った兵士に前線を守り、家族を守るために戦わなければならないことを伝える「督戦装置」としても機能しました。写真家たちは、慰問写真のカメラマンに名乗り出ることで、物資統制の最中において貴重なフィルムや撮影の機会を得ることができたのでした。
ソシエテ・イルフのメンバーは1920年代頃から写真に傾倒し、グループ結成当初は前衛であることを掲げて同人誌や作品制作を行っていましたが、1940年頃に各々の活動の傾向が変化し、熊本・五箇荘の集落や柳川などを主題にした、民俗学的なアプローチの写真を撮るようになります。これは単なる志向の変化だけではなく、当時趣味として写真を撮り続けるための必然的な選択だったのかもしれません。
半世紀にわたる近代写真史を振り返ると、愛好家たちが地方で活動し始める時期、写真専門雑誌のなかでアマチュア写真家たちが活躍し始める時期、そして戦時下の文化統制の中で写真の有用性をアピールすることが求められた時代と、各時代の動向にイルフの活動がリンクしていることが感じられました。具体的な写真技法や時代状況の解説から、一枚の写真に時代ごとの表現動向と社会史が折りたたまれていることが分かる講演会でした。
(学芸員 近現代美術担当 忠あゆみ)
2021年6月9日 17:06

6月8日(火)にプレスの皆さんにお知らせしましたように、ついに、6月7日(月)にインカ・ショニバレCBEによる、大型屋外彫刻作品《ウィンド・スカルプチャー(SG)II》の設置が始まりました。高さ7mの大型彫刻作品は、6月末に設置完了予定。今は、まだ仮囲いのベールの向こうに隠れています。
「待ちに待った」とよくいいますが、本当に待ちました。どのぐらい待ったのかというと…《ウィンド・スカルプチャー(SG)II》の設置が決まって、そのデザインが発表された2019年の秋から1年半以上経っています。2020年度の設置予定は、コロナの影響で制作がストップするなどして延びに延びました。
ロンドンでの制作が完了したのち、船便での輸送も迅速に予約ができたのですが、作品を積んだ船が、コロナで渋滞した英国のサウザンプトン港を中々出港できません。やっとサウザンプトンを出発し、徐々にスエズ運河、マラッカ海峡と、近づいてくるのですが、海上輸送ゆえの遅れもしょっちゅう。最後まで「遅れる」「リスケ」の連続でした。それでも、ついにその日はやってきました。博多港到着、そして、通関を経て、コンテナを開ける日が。博多港の某倉庫のなかで、7mの巨体が「トラベルフレーム」と呼ばれる鉄の黒い「ベッド」に横たわったまま、コンテナから徐々に出てきて、福岡の地に降りたのを見届けました。全身、真白のタイベック(梱包材)に包まれた、「長旅の疲れを感じさせない」美しい姿。大事に運ばれのだと感じました。
さて、それから設置の日まで、約10日。設置状況をロンドンにオンラインで中継するために、設置は朝7時開始(ロンドンは23時です)。倉庫での作品積み込み班は5時30分集合。設置班は現場(美術館)に6時必着。設置班の筆者もなんだかんだで、4時起きです。6時には美術館の公園に面したアプローチ広場で、朝日とともに朝礼開始。設置のためのクレーン車と、作品を積んだトレーラーが入ってくるための準備をととのえました。早い時間に設定したので、人も少ないだろうと思っていましたが、6時の大濠公園のジョガーの多さに驚きました(ジョガーの皆さんも何事かと驚かれたと思いますが)。
6時30分。公園の沿路をしずしずとトレーラーが入ってきます。トレーラーはアプローチ広場下段に停車。7時過ぎに、待機していたトレーラーが誘導されながら沿路にゆっくりと入ってきました。クレーン車は、沿路に添って駐車したトレーラーと設置ポイントの間に位置しています。クレーンを使って、横たわった作品をトラベルフレームごとトレーラーから吊り上げ、90度振って仮置きスぺ―ス(アプローチ広場上段)に降ろしました。

そこで、トラベルフレームを一部解体し、今度は、作品の上方にあるアイボルト(頭にリングのついたボルト)から、作品を吊って垂直に立てます。設置現場へとアームを振って、作品のベースプレートの孔と、受けのボルトを合わせます。これまでの打ち合わせが奏功して、正面合わせは微調整で済みました。7時すぎから8時すぎまでの1時間。作品の立ち位置が無事決まりました。これから先の作業を安全に行うため、こののち仮囲いを立てて、今は外からは見えなくなっています。すべての工程が終了するのは、6月末。お披露目は7月1日になります。それまで気を許すことはできませんが、最大の難所を乗り越えました。作業をして下さった皆様、本当にありがとうございました。

長年、展覧会の展示に立ち会ってきましたし、よく文章には「ドキドキ」とか「バクバク」とか書いてきましたが、今回「いままでのドキドキとかバクバクは、気分の問題だったんだ」とわかりました。トレーラーからトラベルフレームが浮き上がる刹那を見極めようとしている時、鼓動が早くなって、肩で息をしていることに気づきました。本当に胸はどきどきする。展示立会では初めての経験でした。たぶん、もう二度とないだろうと思います。
(館長 岩永悦子)
2021年6月2日 11:06

日に日に陽ざしが強くなってきました。黄砂のせいかなかなか青空が見られないのが残念。
福岡も緊急事態宣言が延長され、特別展『高畑勲展 日本のアニメーションに遺したもの』を除いて、コレクション展示やカフェ・レストラン、ミュージアムショップなどはまだ、静かなままです。

いろいろな街のいろいろな美術館が、開いていたり閉まっていたりしていて、微妙な気持ちになります。日々大量の情報にさらされていると、不安とか批判とかが、ふと口をついて出てくるのですけれど(それが求められているようにも感じたりして)、できれば、よいことを発見して、気持ちをポジティブな方に持っていきたいなと思っています。
嬉しかったことのひとつが、都倉俊一文化庁長官が5月に「文化芸術に関わる全ての皆様へ」と題して出された、下記のコメントです。
文化芸術に関わる全ての皆様へ
本年四月二十五日から開始された三度目の緊急事態宣言においては、対象地域におけるすべての文化芸術関係の公演や施設についても無観客化や休業をお願いすることとなり、大変な混乱と御負担をおかけしました。練習や準備を積み重ねてきた関係者の方々、そして心待ちにされていた皆様のお気持ちを考えると非常に心苦しく思います。皆様のご理解とご協力に改めて深く御礼申し上げます。
この度、緊急事態措置を延長するに当たって、催物や一部の施設に関する政府の目安を緩和し、業種別ガイドラインに基づく感染症対策の徹底など、新型コロナウイルス感染症対策へご協力いただくことを前提に、宣言下においても一定の活動を継続いただけることとなりました。
感染拡大のリスクをできる限り抑えながら、文化芸術活動を続けていくことは、不可能なことでは決してありません。したがって、文化芸術活動の休止を求めることは、あらゆる手段を尽くした上での最終的な手段であるべきと考えます。
皆様におかれては、これからも文化芸術に関する活動を、可能な限りご継続ください。文化庁長官として私が先頭に立って、そのための支援に全力を尽くしてまいります。
文化庁に設置した感染症対策のアドバイザリーボードの提言 では、クラシックコンサート・演劇等の公演は、観客が大声で歓声、声援等を行うものではないため、観客席における飛沫の発生は少なく、感染拡大のリスクは低いとされています 。これらの公演については、消毒や換気、検温、マスク着用の徹底はもちろん、観客席で大声を出さないことの周知徹底を行い、入退場時やトイレ等での密が発生しないための措置の実施や感染防止策を行ったエリア以外での飲食の制限、公演前後の練習や楽屋等での対策等を業種別ガイドラインに基づき行えば、リスクを最小限にしながら実施することが可能です。
また、来場者が静かな環境で鑑賞を行う博物館や美術館、映画館等においても、飛沫による感染拡大のリスクは低いと考えられ、消毒や換気、検温、マスク着用の徹底に加えて、予約制の導入等による入退場の適切な管理を行い、展示の種類や態様に応じて密が発生しないような措置を講じるとともに、トイレやレストラン、カフェテリア等における感染防止策を業種別ガイドラインに基づき徹底すれば、リスクを最小限にしながら開館することが可能だと考えられます。
実際に、このような感染症対策が適切に講じられている公演や展示において、来場者間で感染が広がった事例は報告されていません。
これまでの新型コロナウイルス感染症との過酷な闘いの中で明らかになったことは、このような未曽有の困難と不安の中、私たちに安らぎと勇気、明日への希望を与えてくれたのが、文化であり芸術であったということです。
文化芸術活動は、断じて不要でもなければ不急でもありません。このような状況であるからこそ、社会全体の健康や幸福を維持し、私たちが生きていく上で、必要不可欠なものであると確信しています。
令和三年五月 文化庁長官
都倉俊一
i 「文化芸術活動の継続・発展に向けた感染症対策の在り方について」(2021年2月19日新型コロナウイルス感染症対策の推進による文化芸術活動の継続・発展に関する専門家会合)
ii 「クラシック音楽・鑑賞に伴う飛沫感染リスク検証実験報告書」(2020年7月 クラシック音楽公演運営推進協議会 日本管打・吹奏楽学会)では、高性能クリーンルームにおける実験であるものの、マスク着用下であれば、「1席あけた着席」でも「連続する着席」でも、飛沫などを介する感染のリスクに大きな差はないことが示唆されています。)
文化庁のトップがわかりやすい文章で、気持ちもこめて、その意志を明らかにされたことは、とても良かったと思いました。こうした意見の表明があったからといって、すべての美術館が開いたわけではありません。けれど、それぞれの街で開閉館の判断の自由が与えられていたことも、いいことだと思っています。
今、福岡市美術館で見ていただける展覧会は、『高畑勲展』だけなのですが、これだけはいえます。とっても、いい展覧会です。多分、どんな世代の方がいらしても、必ず心に響くもの、残るものがあります。楽しんでいただきたいと思います。

そして、福岡市美術館のすべてが開館できる日を待ちたいと思います。館内では、その準備を着々と進めています。
(館長 岩永悦子)